【育児の匂い】生後数か月の次男がもたらす「乳臭さ」と「生乾き臭」の回帰

第二子リョウを育てていて、「ああ、そういえば第一子タケのときもまったく同じだったなあ」と、不意に鮮烈に思い出すことがある。

子育ての記憶なんて大抵のことは忘却の彼方に消え去ってしまうというか、日々アップデートされる子どもの成長スピードに圧倒されて、古いデータがどんどん埋没してしまうものだ。

だが、いまこうして第二子と24時間体制でともに暮らすなかで、理屈ではなく五感を通じて、ありありと脳裏に呼び覚まされた記憶がある。

それは、洗濯を終えたはずの自分の服をクローゼットから手に取ったとき、妙に「乳臭い(ちちくさい)」ということだ。

赤ちゃんという生き物は、おっぱいをガブガブと豪快に飲む一方で、驚くほど頻繁にそれを吐き戻したり、口の端からツーっと垂らしたりする。

そうした不可抗力の液体を拭き取ったタオルやシーツ、ハンカチといったものが、僕ら大人の普段着と一緒に洗濯機へ投入されることにより、洗剤や柔軟剤の香りをすべて無力化し、家族中の衣類がもれなく「乳臭さ」という共通のユニフォームを纏うことになるのだった。

ついでに言うと、「こぼれた乳をタオルで拭き取ってから、実際に洗濯機が稼働するまでには相応のタイムラグがある」という不都合な真実がある。

そのため、我が家のファブリック全体から、うっすらと発酵しかけたような「生乾き臭」がコンボで漂ってくるおまけ付きだ。これがなかなかに手強い。

クローゼットを開けるたびに、これはそろそろオキシクリーンでも投入して、臭いの根本から徹底抗戦したほうがいいな、と真剣に思う。

今回の話には、ドラマチックな事件もなければ、これといったオチがあるわけでもない。

しかし、「におい」によって突如として脳内に強制召喚される思い出というのは、なぜか写真や動画を見るよりも、ずっと深く心に響くものがある。

かつてタケを抱っこしていたあの頃の記憶と、いま目の前でミルクを垂らしているリョウの現実が、この「乳臭いTシャツ」の香りで地続きにつながった。そんなちょっとした感慨に浸ったので、匂いが消えないうちにこうして文章として記録しておく。

(2026.05.15)

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