布団からはみ出て寝ることは自由の証かもしれない

弊息子タケの朝は規則正しい。当たり前だけど、週末だからといって朝寝をすることはなく、平日と同じ06:30頃には目を覚まし「あゝ!」と声を上げている。ニワトリのようだ。

なるほど、彼にとって「目覚まし時計で起きなくちゃいけない大人の世界」というのは意味不明だろうし、「週末」とか「平日」という概念さえ理解できないだろう。あと1年もすれば、なんとなく「ははーん、世の中というのは5日保育園に行って、2日は自宅で過ごすようになっているんだな」と察するようになるのだろうけど。

そんなタケでも平日朝寝坊をすることがたまにある。

そういうときは僕が布団を片付けても起き上がることなく、薄目を開けてぼんやりとしている。まだ夢と現実の区別がついていないっぽい。

彼を置き去りにして布団だけ片付けられるのは、彼が布団から転がり落ちて寝ているからだ。

添い寝しているいし曰く、「暑がりだから、布団よりもフローリングのほうが涼しくて気持ち良いんじゃないかな」と言う。

とはいえ、そのままだと風邪を引いてしまうので、ビブスのような形をした「スリーパー」と呼ばれる服をかぶせている。

また、床で寝ていたらさすがの子どもとはいえ、身体が痛くなるだろう。リビングに敷き詰めたジョイントマットの余りパーツを持ってきて、布団と壁との隙間を埋めるようにしてみた。

子どもの寝相を見ていると、つくづく感心する。ベスポジがないことの自由さ。むしろ大人の我々は、「布団」というフレームに自分の身体を窮屈に押し込め、熟睡中でさえそのフレームからはみ出ることを恐れているのではないか?しっかり休息がとれていないのではないか?と思えてくる。

(2022.05.02)

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