パンダ優先

児童公園の片隅に、よく「ゆらゆら揺れる乗り物」が設置されている。多くの場合、動物のデザインだ。

僕が子どもの頃、こういう遊具があった記憶がない。平成令和のご時世になって誕生したものなのか、それとも僕の出身地である広島には存在しなかった遊具なのか、それとも僕が記憶喪失になっているだけなのか、正解はわからない。

傍から見ていて何が楽しいのかさっぱりわからないんだが、子どもたちはこれにまたがって自力でユラユラさせている。

弊息子タケもそうで、自らよじ登る筋力と身長を手に入れたら、公園に着くとまずこいつで一発ユラユラすることを習慣にしている。

ただ、やっぱり子どもといえどもこの遊具にはすぐ飽きるようで、ものの10秒20秒程度ユラユラさせたら、もう降りてしまう。「揺らしてやったぜ!」という達成感を味わうためのものなのかもしれない。

「パンダ」という言葉が言えるようになった弊息子タケは、「自分が知っている言葉を喋ることが嬉しい」ということでパンダに執心している。公園のユラユラ遊具も、他の動物を差し置いてパンダに乗りたがる。

ある日の夕方公園に行ったら、そこにはワンカップの酒を飲みながらパンダにまたがっているおじさんがいた。一人でたそがれていたらしい。酒とつまみとパンダ。渋い。

ただ、そういう空気を全く読めない1歳児タケは、パンダの近くまで歩いていって指差し、「パンダ!」と叫ぶ。乗りたい気持ちを隠そうとしない。

するとそのたそがれおじさんは気が優しい人だったようで、「パンダに乗るかい?じゃあいいよ、乗りなよ」といってパンダを明け渡してくれた。そして自分は隣のクマのユラユラに移動して、引き続き酒を飲んでいた。

タケは嬉しそうにパンダにまたがり、ユラユラしていた。人に立ち退いてもらってまでパンダが良かったのか。

パンダにすぐ飽きたタケはそのあとアスレチックに向けて走り出し、たそがれおじさんはお酒を飲み干したようで、チャリンコに乗って帰っていった。残されたパンダは、無表情のまま夕暮れ時の公園に立ち尽くしていた。

(2021.10.21)

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