東京ステーションギャラリーで開催されている「小林徳三郎展」、非常に良かった。
何が良いって、タッチもテーマも明快で、4歳の弊息子タケも食い入るように眺めていたことだ。
「おうちに帰ってから描く!」
と、創作意欲が爆発しているようなので、チラシを拝借して自宅で「模写大会」を開催してみた。

すると、どうだ。
タケが描き上げた絵を見て、僕は感心した。
興味深いのは、彼の「理解のプロセス」だ。
例えば、原画では大きなワイングラスのような水槽に金魚が泳いでいるが、彼はこれを「グラス」としては認識していない。
構造を理解して描くのではなく、見えた線をそのままなぞる、純粋な模写なのだ。
金魚だってそうだ。
「魚」という概念を原画に寄せたのではなく、ただそこにある色と形をキャンバスに描いている。
少年の頭がヘルメットかキノコのようになっているのも、人体の構造がまだ彼の中で定着していないからだろう。
そういえば以前、四角の中に対角線を描かせたときも面白かった。
大人は斜めに2本線を引いて終わらせるところを、彼は中心から4本の線を放射状に伸ばして完成させたのだ。
結果は同じだが、アプローチが全く違う。子供の世界の見え方というのは、なかなかどうして奥が深い。
翻って、僕の作品がこちらだ。

いろいろな物の構造は理解しているので、破綻していない絵を描くことができる。しかし、すっかり自分の手癖が染み付いてしまい、原作者の描いたものを真似することができなくなっていた。
結論。
「理解」というフィルターを通さず、剥き出しの感性で描いたタケの模写の方が、断然面白くて出来が良い。
知識という名の贅肉がついた大人には、もう逆立ちしても描けない世界がある。
(2026.12.27)

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