
今回の次男出産における最大のトピックは、産後初日から母子が自宅にいる、ということだ。
第一子のときはコロナ禍の面会制限で、わずか15分しか会えなかった。
退院後も産後ケアや里帰りが続き、一ヶ月検診の直前にようやく「完成された母子」が帰宅したとき、正直に言えば、そこには埋めようのない「情報の断絶」があった。
母親は病院という閉鎖環境で、新生児の呼吸、排泄、泣き声のパターンを独占的に学習する。
一ヶ月後に合流した父親は、いわば「仕様を全く知らない中途採用の新人」のような状態だ。
この情報の非対称性は、家庭内に「一番くわしい人」と「二番目にくわしい人」という固定的な権限構造を作り出す。
この構造は一度定着すると、なかなか覆らない。
しかし今回は違う。
初日から自宅に新生児がいる。
泣き声の変化や、独特の匂い、そして妻・いしの肉体的なダメージの深刻さを、説明を介さない「一次情報」として同時に受け取る。
病院というブラックボックスを経由せず、家族というチームの再編プロセスにタイムラグなしで参画できるメリットは、情緒的な感動以上に、合理的判断において極めて大きい。
もっとも、妻は「二人目だからか、案外動ける」と出産ハイ気味に笑っていた。
ならば、僕の役割は家事育児のサポートに血道を上げることではない。
授乳というフロント業務を妻が担う以上、僕がすべきはインフラの維持だ。
長男を積極的に外に連れ出して家の中に「静寂」を作り出し、妻が少しでも細切れの睡眠を取れるよう、環境のノイズを物理的に除去することに徹した。
そして外出のついでにケーキやおやつを買い、親鳥が餌を運ぶように帰宅する。ずっと家にいるいしの気晴らし用だ。
キラキラした育児参加ではないが、これもまた一つの現場最適化だろう。
出生届を出し、健保の手続きや会社への連絡といった事務処理を片付けた後、僕は半月ほど、ひたすらExcelとAIに向き合っていた。
なにせ、僕が52歳になる歳で迎えた0歳児だ。60歳で定年を迎えるとき、彼はまだ小学校低学年・・・。
なかなかにシビアな現実がそこにある。
この子たちが成人するまで、あるいは僕がいなくなった後のいしの生活まで含め、貯金が尽きないようにするにはどうすればよいか?
そんなシミュレーションを、家族全員が寝静まってから明け方まで、毎日延々と繰り返した。
おそらく、僕がどれほど計算に頭を悩ませ、将来の土台を整えたところで、子どもたちから感謝されることはないだろう。
僕自身がそうだったからだ。
親から受けた多大なる金銭と教育機会を「当然の権利」として享受し、その原資を作るための親の苦労など想像もしなかった。
社会人になってようやく大変さに思いを馳せることができたが、そんな後付けの「感謝」は論理的な記号に過ぎない。心底感謝しているというより、道徳的に「感謝すべき」という義務感に近い。
一方、心から滲み出る「ありがたい」という感情は、リアルタイムで手間をかける母親にのみ向けられる特権だ。
それでしかたがない。
僕は子どもにべったりできる性格ではないし、感謝されることを目的に計算機を叩いているわけでもない。
「一番くわしい人」にはなれなくても、彼らが「親の苦労」など一切意識せずに済むほど、盤石な基盤を裏側で構築しておく。
それが僕に課せられたタスクだと認識した。
産後初日から始まった、この「情報の連続性」。
本当なら、フィジカルな家事育児で発揮すべきところが、理屈とパソコンに向かっていってしまったのは誤算だった。まあ、僕らしいと言えばそれまでだ。
【補足】
冒頭の画像は、エアコン霧ヶ峰の「ムーブA.I.」による熱センサー画像だ。
ダイニングテーブルに向かって夫婦ふたり、そして弊息子タケが間に挟まって食事をしているのが見える。
一方、リビング中央の床にも赤くて丸い熱源があるのが見える。
これが次男だ。
こういう画像を見ると、「ああ、家族が4人になったんだな」としみじみ感慨深い。
実物の次男を見ると「あれをしなくちゃ」とタスクがあれこれ思いついて落ち着かないが、赤外線センサー越しの方が、家族として暮らしている実感を素直に喜べる。
おそらく、僕という存在がこの画面に写っていることにより、「四人家族」という状態を客観視できるからだろう。
少し不思議な感覚だが、これが僕なりの「納得」の形だ。
(2026.02.02)

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