
以前の記事で、僕と弊息子タケがペアを組んで寝るようになった話を書いた。
理想を言えば、夫婦が同じ布団で眠り、子どもは子どもで自立して別室へ・・・というのが、健全な家庭運営の仕様だろう。
しかし、現状はそうはいかない。いしは新生児という名の24時間営業ミッションにフルコミットしており、そんな理想を語る隙など1ミリもない。
僕にとって子どもという存在は「いつか僕の手を離れていく、愛おしき裏切り者」だ。
「裏切る」という表現は、僕の被害妄想的な語彙力が選んだ大袈裟なものだが、要は「親がかけた手間暇は、等価で返ってくることはない」という諦観である。
彼らはあっけなく、親元という滑走路から飛び立っていく。
特に息子が、老いた父親に深いシンパシーを寄せ続けるなんて、僕には到底信じられないのだ。
ましてや、下の子は僕が52歳になる年に産まれた。
人生後半の僕の体力をすべて子育てに突っ込み、彼が巣立った後に「僕の人生には何も残らなかった」と脱力するのは、あまりにも寂しい。
そう思えば思うほど、僕はこの激動の育児期を共に生き抜く「戦友」としてのいしと、良好な関係を維持したいと願っているのだ。
僕の中期計画では、数年後には「子どもペア(タケ&赤ちゃん)」と「大人ペア(僕&いし)」に寝室を分ける体制へシフトしたいと考えている。
しかし、いしの母性特有の「深い愛着」という防壁を前に、その計画は難航しそうな予感がぷんぷんする。
「子どもにはあんなに手厚いのに、僕は相手にされていない」と、いじけたくなる夜も増えるというものだ。
さて、話を戻す。
赤ちゃん生誕により、ひとまず「親子が2部屋に分かれて寝る」という体制が生まれたことは、僕にとっては次なるステップへの光明だった。
これでようやく、父子の絆を深めつつ、寝室の独立性を保てる・・・と思っていたのだが。
数日もしないうちに、いしから驚きの提案が飛んできた。
「タケと一緒に寝るのを、一日おきに交代制にしたい」
はあ?何を言っているんだ。
ようやく手に入れたタケとの時間を手放せというのか。
赤ちゃんの面倒はどうするんだと問えば、「私の横に寝かせるから大丈夫」と、こともなげに言う。
またしても僕がソロ活動(一人寝)へ引き戻されようとしている。
先日、「子どもを独占しないでくれ、僕の疎外感も考えてくれ」と切々と訴えたばかりなのに。
彼女の耳には、僕の切実な願いはどうやら聞こえていないらしい。
さすがに、また「僕の一人寝」は断った。あくまでも2対2だ、と。
いしは「タケが寝付くまで横にいるけど、寝たら赤ちゃんのところに戻るから1日おきにタケと一緒に寝たい」と強弁する。
しかし、独身時代から「寝落ち」をアイデンティティとしてきた彼女に、そんな離れ業ができるのだろうか?
結局、一週間ほどこの不安定な運用が続いた。
いしがタケの枕元で夢の世界へ旅立つまでの間、僕は赤ちゃんの横で待機する。
だが、母乳育児を貫くいしの前では、僕は無力だ。
オムツを替え、抱っこをしても泣き止まない赤ちゃんを前に、僕は武器を持たずに戦場へ放り出された兵士のような絶望感を味わった。
「お願いだ、文明の利器であるミルクと哺乳瓶を解禁してくれ、僕に使わせてくれ。これでは赤ちゃんに太刀打ちできない」と、僕はいしに懇願した。
完全解禁とはいかなかったが、いしは搾乳した母乳を哺乳瓶に貯め、僕に「予備弾薬」として渡すようになった。
これでようやく、僕も赤ちゃんを落ち着かせる「戦力」になれたわけだ。
観察していて面白いのは、産まれたばかりの赤ちゃんより、数年共に過ごしたタケに対して、いしが強い愛着を示していることだ。
これまでの歴史があり、言葉が通じ、意思疎通ができるタケの方が、今の彼女には愛情を注ぎたい対象になるのだろう。
対する第二子は、24時間体制で手間がかかる存在。
母の愛着形成にも、それなりの時間が必要なようだ。
結局、しばらく経ってから、親が部屋を行ったり来たりするのは効率が悪い、という結論に達した。
そこで、僕の仕事机を別室にパージし、もともと6畳足らずの部屋にマットレスを持ち込み、既に置いてあったダブルベッドとセットで家族4人が「川の字」で寝ることになった。
人口密度は極限に達し、酸欠になりそうな部屋となったが、これによっていしはタケの傍にいられ、僕は一応の「家族の輪」に加われる。妥協点としては妥当なところだろう。
配置は、ベッド左から僕、タケ。その下のマットレスに、いし、赤ちゃん。
当初、いしは「夫婦交代でベッドに」という案も出し、実際に数日間実践されたが、赤ちゃんがぐずった際に「おっぱい」という即時解決手段を持つ彼女がベッドへ移動するのは無理があった。
結果として、僕がタケの左隣、というフォーメーションで固定された。
ただ、一つ懸念があった。
ベッド慣れしていないタケが、時々落下する。
もし真下のマットレスに赤ちゃんがいたら、一大事だ。
そこで僕は、安全のために「僕がタケの右(マットレス側)に入り、クッション代わりになろう」と、極めてロジカルな提案をしたのだが・・・。
「ダメーーーーーッ!!」
いしは、僕の提案を即座に否決した。
隣り合っている今の配置を崩し、僕が間に挟まることで、タケとの距離が物理的に離れるのが嫌だというのだ。
・・・そこまで言われるか。
「安全第一」という僕の理屈は、彼女の「タケへの愛着」という巨大な感情の壁に跳ね返された。
こうも露骨に、優先順位の最下層へランク付けされると、僕はもう、歯ぎしりをしながらやさぐれるしかない。
この家庭内格差にどう抗議すればいいのか、そのマニュアルはまだどこにも存在しないようだ。
今日も僕は、タケの寝相という名の攻撃を耐え忍びながら、少し遠くにいる妻の背中を眺めて眠りにつく。
「川の字」の端っこは、なかなかに風通しが良い。
(2026.01.17)

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