5歳児、バケツプリンの快楽と血糖値急上昇による凶暴化の罠

5歳の誕生日を目前に控えた弊息子タケが、殊勝にもこんなことを宣うた。
「誕生日ケーキのかわりに、プリンがいいなぁ」と。

普段、彼は英才教育という名のアッチコッチへの連れ回しによって、それなりに過密なスケジュールをこなしている。
そのため、自発的に物欲や明確な願いを口にすることが滅多にない。

彼が言い出す前に、やれ美術館へ連れていくだの、SLに乗せるだのと、僕が先回りしてフルコースのエンターテインメントを過剰供給し続けているからだ。

そんな彼が珍しく自己の希望を提示する、というのは親としても(義務感抜きで)嬉しいものだ。
当初は「ケーキなんて自分たちで手作りすれば、製作工程も含めてプライスレスな思い出になるだろう」などと目論んでいたのだが、プリンのご指名とあっては軌道修正をかけるしかない。

もちろん、プリンを自宅のキッチンで作ることなど造作もない。
これまで僕は、一体どれほどのプリンを作ってきたことか。
独身時代など、「プリンを作ったから食べにおいで」という極めて即物的な口実で、いしを何度も自宅へ誘っていたものだ。いしはいしで、「プリン!」と目を輝かせて、家に食べにやってきていた。

それくらい、僕にとっては手慣れた、馴染み深すぎる食べ物だ。

しかし、彼が「食べたい」と渇望していたプリンは、そんな家庭の温もりを感じさせる優しげな代物ではなかった。
プリン専門店というプロの戦場で売られているものだった。

先日、たまたま横を通り過ぎ、彼の視線を文字通り釘付けにしたお店。
その名も、「プリンに恋して」。

看板に偽りなし、というべきか。
ここのプリンに、彼は一目惚れならぬ「一見恋」をしてしまったのだ。

いや、単に小洒落ただけの普通のプリンなら、彼もさほど気に留めなかっただろう。
4歳児の足をその場に縫い付けたのは、その狂気じみた商品ラインナップだった。

このお店のプロダクトは、デフォルトの時点で「プッチンプリン」比でどれも明らかにデカい。
大人一人が1回で挑むには明らかに無理がある、というレベルの巨躯までが鎮座している。

さらに、店頭サンプルこそ飾られていないものの、ショーケースには、まさに夢にまで見た「バケツプリン」が販売されていた。

タケの心を完全にときめかせ、物欲の回路を発動させたのは、このバケツプリンに他ならない。

「誕生日なんだから、バケツプリンが食べたい!」と、彼は執拗にリピートし続ける。

5歳児の野望だ。
その場の思いつきで大言壮語を吐くことなど日常茶飯事であり、次の日、いや数分後にはケロリと忘れることがよくある。
今回もその手の刹那的な熱病かと思ったが、彼は繰り返しこのプリンを食べたいと言い続ける。
どうやら、今回の恋は本気らしい。

5歳という節目の誕生日だし、彼の日頃の頑張り(親の連れ回しへの付き合い)に報いるため、という大義名分を掲げ、ついに我が家はこのバケツを買い付けることに同意した。

池袋の地下で調達したその兵器の名は、「バケツdeレトロプリン」。
お値段、税込2,200円。

https://i-love-pudding.com

「この圧倒的な質量に対して、2,200円はデカい割には安いな!?」という印象を、コスト意識過剰な僕は思わず抱いてしまう。
だが冷静に考えれば、ケーキのように複雑な地層構造や高度なデコレーション技術を必要とせず、原材料も牛乳・卵・砂糖という極めてシンプルな構成なのだから、原価計算としてはこれくらいが妥当といえば妥当なのだろう。

一般的なバースデーケーキの価格帯に比べれば、子どもは夢の実現に狂喜乱舞し、親は出費が少なくて済むやらで、実利ベースで良いことづくめだ。

プリンの頂点に厳かにローソクを突き立て、バースデープリンとして形ばかりの儀式を執り行ったのち、彼は一人でスコップ(スプーン)を握りしめ、ムシャムシャとバケツプリンを食べ始めた。

その独占欲に満ちた姿を見て、いしが「みんなでシェアしないの?」と咎めるように言ったが、僕はそれを制した。
「いや、この巨塊を独り占めして食べるという背徳的な快楽、それ自体を体験することにこそ、人生における意味はあるだろう。中途半端にシェアしたら喜びの総量が減ってしまう」と、そのままにさせた。

そして彼は、ほんとうに嬉しそうな笑顔を浮かべ、胃袋が限界を迎えてお腹がいっぱいになるまでプリンを貪り食った。

もちろん、いくら5歳児といえど、その質量を一度に胃袋に収めることはできず、プリンは翌日へと持ち越しとなった。

で、翌朝。
朝ご飯をきっちり平らげた後、贅沢にも朝のデザートとしてプリンを嬉々として摂取したのちに、タケは意気揚々と保育園へと向かっていった。

・・・が、しかし。
物語は、ここで美しき思い出としては終わらなかった。

夕方、僕がいつものようにタケをお迎えに保育園へ赴いた際、担任の先生から、妙にトーンの低い声で声をかけられたのだ。
「実は今日、おともだちと喧嘩になって、相手を爪で引っ掻いてしまって・・・軽く引っかき傷ができたんです」と伝えられたので、僕はひっくり返りそうになった。

3歳児や2歳児のクラスで、「自分の思い通りにいかなかったので手が出た・噛みついた」という事例は仕様の範囲内として有り得る。

しかし、君は5歳になったんだ。

言語による交渉手段を身につけているはずの個体が、なぜこの期に及んで物理攻撃、それも相手を引っ掻いた?

一体全体、何をやっているんだ、うちの子は。

保育園の床に額を擦りつける勢いで平身低頭するとともに、帰宅後に弊息子を呼び出して事情聴取(尋問)を敢行してみたら、
「おままごとをやっていたら、相手がこっちを見てきたから手が出た」
などと、意味不明な供述に終始する有様だ。

なんだそれ。
「あぁ? ガン飛ばしてるんじゃねーよ」と絡む、昭和の駅裏に生息していたヤンキーみたいじゃないか。
温室育ちのはずの我が子が、なんでそんなに喧嘩っぱやい修羅の仕様に変貌してしまったのか。

現場の文脈がさっぱりわからない。
また、保育園側も「園で起きたことは園で解決する」というスタンスのため、相手が誰だったのかなどは一切伏せられて教えてもらえなかった。
ただただ、保護者としては相手の御家庭と怪我をした園児に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

その話を夜、いしにしたところ、彼女はうーん、と唸ったのち、
「朝にプリンを食べて血糖値が急上昇したのがいけなかったんじゃないかな?」と言った。

ガタッ、と椅子が鳴った(気がした)。
なるほど、その線は極めて濃厚だ。
インスリンの乱高下が招いた、中枢神経の暴走(血糖値スパイク)。
プリン! お前のせいか!
いや違う、そんな劇物を朝一番から無警戒に与えてしまった、僕らの管理不行き届きか!

そういえば昨晩も、タケはプリンを摂取したあと、「キエー」などと不穏な奇声を上げてドタバタと家の中を走り回り、たしなめられていたっけ。

彼は疲れていても絶対に「眠い」と認めないマンで、そのかわり眠気をごまかすために暴れたり奇声を発することがよくある。
今回も単なる睡眠不足の狂気なのだと思っていたが、血糖値急上昇による性格の凶暴化というのは充分にあり得る話だ。

「こりゃダメだ、彼に大量のプリンをフリーで与え続けては周りに迷惑がかかる」

という結論に達し、この日以降、彼に与えるプリンの配給仕様は「夜限定だけで、かつ小皿に少量」ということになった。
夢のバケツプリンは、我が家に一時の歓喜と、それ以上の社会的リスクをもたらして、厳格な統制経済のもと冷蔵庫の奥へと収束していったのである。

(2026.03.10)

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