
弊息子タケは5歳児ならではの趣味やこだわりを持っていてほしいものだが、我が家ではテレビやYouTubeをほぼ見せていない(見せる時間がない)せいで、ポケモンだのドラえもんだのアンパンマンといった、世間一般の幼児がハァハァと息を荒げる定番キャラクターへのこだわりは一切ない。
それはそれで親としては楽だ。おもちゃ屋の店頭で床に寝転がって「買ってくれー!」とせがまれるような、あの家庭内テロリズムに怯えることがないからだ。
とはいえ、何に対する執着も薄いというのは、親から見るとやや残念というか、没個性な造形に見えて少しばかり物足りなさを感じるのも事実だった。
そんなタケも、唯一野生のカンを剥き出しにして反応するのが恐竜だった。以前、僕が登山からの帰りにお土産として、半ば気の迷いで買った「恐竜のたまご3Dパズル」を与えてみたときから好きになり、今ではなにかイベントが発生するたびに、執拗に「恐竜のたまご」を欲しがるようになった。
最初は健気にパズルとして組み立てを楽しんでいたのだけど、恐竜の匹数が増えてくるにつれて、次第に「誰が一番強いか」を決める最強王決定戦のような、乱暴なおままごとが主体になってくる。これならパズルではなく、フィギュアを買い与えたほうが安上がりだったのではないか?とも思う。
しかし、もともとは立体パズルなので、激しい戦闘(おままごと)を遊んでいるうちに、パーツ同士の噛み合わせがどんどん緩んでくる。そして、恐竜たちの激闘の歴史のなかで、真っ先に外れて戦線離脱していくのが、あのチャームポイントである「尻尾」だ。
おかげで、我が家のリビングに転がっている恐竜たちの姿は残酷なものだ。大半が、尻尾をもぎ取られたただの「巨大なトカゲ」のような、締まりのない状態に成り下がっているのだった。
「探せばそのうち、ソファの裏あたりからでてくるかもしれない」という、甘い期待は1ミリも持っていない。我が家は毎朝、ロボット掃除機が家中を無慈避に掃除して回るスケジュールが厳格に組まれている。
そして奴が吸い上げたゴミは、ベースステーションの機械的な轟音とともに、紙パックのダストボックスへ容赦なく移送される。「気が付かずに、その辺に落としていた」おもちゃの微細な部品など、ロボットの吸引力の前には確実に助からない仕様なのだ。
「捨てられたくなければ、ちゃんとおもちゃは片付けなさい。」
どこの家庭でも使われるであろう、親から子へのメッセージ。それが我が家のばあい、容赦なく実行される。落ちたままだったおもちゃは、確実に吸われて二度と戻ってこない。子供は「取り返しがつかないことがある」ということを身を持って学ぶことになる。
(2026.05.27)

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