胃袋至上主義なんである

・・・って大げさなこと言い出しちゃったけど、別に何も宣言することはなかったりする。

そりゃその気になればごめんなさい食い逃げしたことがありますとか面倒だったのでパンツ一週間履き替えないで過ごしたことがありますとかそんな事を羅列したっていいんだけど、ってここまで考えておいちょっと待てこれは宣言じゃなくて自虐的告白でははないかと気づいたが後の祭り。

ただ単に「宣言」ってつければカッコエエっていうかしまりがよいっていうか、そういう単純な発想で名前をつけただけなので、あまり肩の力を入れないように。

一字一句聞き漏らすまい、とメモの用意なんてする必要はないし、この宣言が何か思想の世界に影響を及ぼすのではないかと評論家のセンセイがたが目の色を変える必要なんかもない。っていうか、ここで肩の力を入れられて日本国民みなさんの体調が崩れ、そのために病院通いが増えて国民健康保険が破綻、なんて事になったら前途有望のワカモノであるこの俺が何かと不都合だ。ってことで肩の力を抜いて、何かスナックでもつまみながらこの文章を読んでほしいと切に願ってやまないのである。

最近のキリンビール「一番絞り」のCMは「うまいが一番」をキャッチコピーにしている。なるほど、食べ物はうまいに越したことはない。あなたうまいのとまずいのとではどっちがいいですか?って該当アンケートとってみたら、100人中100人が間違いなく「うまい方がいいです」って答えるに決まっている。ここで「まずいのがいいです」って答えるヤツがいたら、よっぽどのひねくれ者か「まずいもの」という概念を全く知らない純血ブルジョアなヤツだろう。かーッ、そんなヤツは一カ所に集めてマシンガンで皆殺しにした方が世のためヒトのためにいい。

っと、話がずれた。しかし、「うまい方がいい」というのと、「うまいが『一番』」ってのはまったくニュアンスが違ってくる。「うまい」をNo.1の位に鎮座させるというのは時代だなあ、とは思わないか?思い出してみよ、たった数年前は日清カップヌードルのCMで「hungry?」ってキャッチコピーが使われていたということを。「腹減ったか・満腹か」という事を世に問うていた時代はすでに終わりを告げ、「うまいか・そうでないか」っていう時代になってしまったのだ。満腹である事は当然、なのだな。

世の中、不況だ不況だって声が渦巻いて日本列島をめろめろにしてしまっているけど、「うまいが一番」ってキャッチコピーが幅を利かせているって事は不思議なもんだ。結局、景気華やかなりし頃の生活を維持するためにはキツいご時世だけど、生体維持するための最低限の事は問題がないからこそ、こういうコトバが出てくるんだろう。本当に不況で失業でお金がなかったら、「うまい」は「二番」であり、一番なのは「腹いっぱい食えるか」ってことになるはずだ。そう、まさしくカップヌードルのCMの世界なんである。

一番絞りのCM戦略を調べてみると、「一番絞りのまじりっけのないクリアな味が、いろいろな料理に合うということをPRする」という趣旨らしい。だから、カニの甲羅焼きが出てきたり巾着ナスが出てきたり、もうありとあらゆる料理がブラウン管を飾っている。ここまでグルメなCMも珍しい。「こんな料理にも合いますよ」的なCMは、最近では大塚製薬ジャワティが試したことがあるが、せいぜいお好み焼きとかだもんなあ、料理の「格」がちょっと違うような気がする。

ただ、これが本当にしゃれにならない不況になってきたら一番絞りのCMが「ねこまんま」「目玉焼き」「タコさんウィンナ」なんて食べながら一番絞りを飲み、「うまいが一番!」ってやるようになるのかもしれない。そういう意味じゃ、あのCMは景気のバロメーターかもしれない。どこまで、グルメさを維持できるか、要注意だ。

「うまいが一番」から見てもわかるように、今は脳みそ先行型。胃袋は後回しにされてしまっている。そこで俺は胃袋先行型・脳みそ後追い型に世のスタイルを改めるべく、ここに胃袋至上主義宣言を出すことにした。・・・っていっても、やっぱりなーんもコンセプトがありゃしないんで、とりあえず「宣言した」って事にしといてほしい。いずれその宣言の内容を考えるから。

ってな感じで今後食べ物に関する雑文を書き倒して行こうというワケだ。うんちくを語る江川卓や川島なお美みたいなのはイマイチ好きになれないので、「うん、あれは実はネうんぬん・・・」的な話はいっさいするつもりはない。っていうか、そんなうんちくを語るだけの知識がないだけじゃん、っていうツッコミはしないで頂きたい、その通りなんだからなんて事で、不定期に連載していく予定だ。期待するなら勝手にしてください、その期待を裏切る内容をお届けするから。

(1999.04.18)

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