豚児の親は豚かつ食べ放題のご時世

わはは!やってくれたぜ、ひげおやぢ!

その日、ニュースステーションのトップで報道された内容を見て、俺は手を叩いてその英断を褒め称えた。それだけじゃ物足りなかったのでスタンディングオベーションしようかと思ったけど、そんな事やってもブラウン管の向こうで自慢げに笑顔を浮かべるおやぢに気持ちが伝わるわけでもないので、やめにしてココロの中で密やかにスタンディングオベーションしておいた。

何がそんなにこの俺を喜ばせたのか。それはとんかつ食べ放題だったからだ。とんかつ食べ放題!腹ぺこなキッズにとってなんたる麗しきコトバか!いけないわ、小腹が減ったらパニーノ・・・なんかじゃねぇ、おとなしくとんかつ食いやがれこの小娘おいこら船頭さんと空飛んでるんじゃねーよドラえもんかよそれだったら暗記パンでも食ってろよと、ついつい口から泡を飛ばして興奮してしまうくらい、ワカモノ特に野郎どもにとっては「とんかつ」と「食べ放題」という組み合わせは最強に魅力的なんである。水素と酸素を組み合わせたら水ができるわけだが、そんな組み合わせなんて目じゃない。

・・・とっとっと、解説しているこの俺の方が興奮してしまった。何を書いているのかわけがわからんぞ。とまあ、それくらい、この「とんかつ」であり「食べ放題」ってコトバは魔力を感じるわけだ。まあ文章上大げさに書いてはいるが、この感情、「うんわかるなあ」ってヒトは決して少なくはあるまい。そうじゃなけりゃ、ここまで巷に「とんかつ屋」であるとか「食べ放題のお店」が多いわけがない。

さて、俺が冒頭で大喜びした「とんかつ食べ放題」ってのは何か。何せ、ニュースステーションの冒頭で放送された内容だ、知っているヒトも多いとは思うけど知らないヒトのためにおさらいをしておこう。

ぶっちゃけた話、地域振興券ブームに便乗した企画ってヤツだ。鹿児島のとんかつ屋が始めたサービスで、「65歳以上のじっちゃん・ばっちゃんで地域振興券2万円分丸ごと献上してくれたヒト」に対して一生涯店のメニュー何でも食べ放題(ただし飲み物はのぞく)という事をおっぱじめたのだ。

ワカモノなら「食べ放題」ってコトバはものすごくしっくりくるんだけど、いくら高齢化社会で65歳なんてまだまだ若造ぢゃ、なんて息巻くご時世であっても、やっぱり「食べ放題」ってのは似合わない。「医療福祉受け放題」とかがよく似合う。せいぜい「芸者遊びし放題」あたりでエロおやぢぶりを発揮、ってのが関の山か。それに輪をかけて「とんかつ」というおいおい年寄りがそんな油っぽいもの食べんのかよ、っていうかそんなの腹いっぱい食べていたらよけい寿命縮むんじゃないのかよ的な食べ物ががっちゃんこしているのだから、痛快以外の何者でもないではないか。

「じっちゃん・ばっちゃん」+「食べ放題」+「とんかつ」=???

こんなに魅力的な計算式が果たしていままであっただろうか、いやない。果たしてイコールの先に何が見えるのだろう。考えれば考えるほど、奥が深い。人間の進化の1ページはこの世紀末に刻まれた、って天を仰いで神に感謝したくなる気持ちを持つのは間違ってますか。っていうか頭おかしいですか。

こんな愉快な企画を考えた、とんかつ屋のひげおやぢに「よくやったで賞」をひとまず進呈したところで、次に気になるのは損得勘定の具合である。すんませんねえ、せっかくの崇高な企画だっつーのにゲスの勘ぐりやっちゃって。しかし、気になるモノは気になるんだからしゃーないじゃないの。とんかつ食べ放題の栄光に預かれないわれわれガキどもは、せいぜい脇で指をくわえながら、そのおこぼれをちょうだいするしかないんだから。

「トシとってるんだから、とんかつなんてそんなに食べられるもんか。結局、元をとるのはとんかつ屋の方だ」ってのが俺のファーストインプレッションだった。なんせ相手はとんかつだ。いくらヤングでフレッシャーでマッスルでアナーキーなヤツだって、毎日立て続けにとんかつ食べたい、ってヤツはあまりいるまい。そんなヤツがいたら、とんかつ教団の一員に違いない。きっとそうだ。ましてや、今回の相手はお年寄り相手。一週間に一回食べるってのがやっとなんじゃなかろうか、と考えたワケだ。

しかししかし。とんかつ定食を800円として、それを毎週一回食べにいったとしよう。2万円の地域振興券の元を取ろうとたくらんだ場合、たった25週間・・・半年強・・・で達成してしまうんであった。案外、簡単な話だ。死ぬのが先か元を取るのが先か、というその人の人生をかけた激しいデッドヒートなんかする必要がないくらい、あっけないんである。いくらなんでも、半年先に死ぬような弱り切ったヒトが、「とんかつ食べ放題じゃああああ」と地域振興券を散財して張り切るわけがない。

お年寄りなんて、結構習慣的な行動パターンをとるので「毎週月曜日はとんかつの日」なんて決めた日にゃ一分一秒の狂いもなく雨の日も晴れの日もとんかつ屋に通い詰めるに決まってる。ましてや、そのとんかつ屋を年寄り仲間の集会場として活用するようになった日にゃ毎日だって入り浸るかもしれん。年寄りに占拠されたとんかつ屋。想像しただけでほほえんでしまう。なんたるパラダイスな光景だろう!中世ヨーロッパの写実主義画家にその光景を書かせて、ルーブル美術館かどっかに飾っておきたいくらいだ。

こうなってくるととんかつ屋は生き残りをかけたタタカイを年寄り軍団に挑まなくてはならないだろう。じじばばが死ぬか、とんかつ屋が死ぬか。だから、地域振興券食べ放題の常連じじいが来店なんてしようモンなら、こっそりとカツのころもを通常の倍くらいにして、「これでもかこれでもか」とラードをしみこませてこってり仕上げたりなんかして。ふつうのお年寄りだったら、「うはあ、わしゃやっぱこのトシになると油っぽいのは苦手じゃのぉ」ってあきらめるんだけど、何せお上から授かった地域振興券を投げ出してまで勝ち取った食べ放題の権利。無理してでも食べちゃうのが戦前戦中戦後を生き抜いた誇りってもんだ。「負けてはいられん、鬼畜米英!」なんて叫びながら通常より油っぽいカツをわっさわっさと食べるに違いない。なんと激しく、なんと神々しい光景だろう。

・・・と客観的に笑って見ていられればいいんだけど、実はそうでもないかもしれない。カツを食べすぎて血圧あがった、とか脳溢血になった、とかいうお年寄りが病院に運び込まれてみろ、そのお金は誰が面倒を見るんだ?国民のぜーきんですよ、ぜーきん。老人の医療は無料なんだから、日本じゃ。「老人福祉」の名のもと、とんかつ食べ過ぎてぶっ倒れた年寄りの面倒を国民全員がみてやらにゃならんっていう実にファニーな話が現実に起きるかもしれないんである。しかも、その元凶たるとんかつ食べ放題ってのが「地域振興券」っていう名の税金なんだから、ファニーすぎる。床に落ちているバナナの皮で滑ってこけるのが怖いので避けて通ったらマンホールの穴に落ちた、ってくらい愉快だ。

ここまで税金を巧妙に食いつぶす可能性を秘めた企画を考えたあのとんかつ屋は、ひょっとすると国賊なのかもしれない。おのれ。ひょっとするとどこか日本に敵対意識を持つ国のスパイかもしれない。まさかとんかつ屋にスパイが扮しているとは、誰も思うまい。

いや、そんなネガティブなコトを考えていては良くなる景気も良くならない。堺屋太一センセも、いい加減「景気の胎動」だとか「夜明け前」なんて表現を使うのは苦しかろう。もっと、ポジティブシンキングしなくちゃ。

そうだ、きっとそれもこれも地域振興券による景気浮遊策に違いない。地域振興券でどうぞ豪遊してください、万が一体調崩したなら、税金で医療は面倒みてあげますよ、お年寄りは懐がちーとも痛まないし、お医者さんは診療報酬と薬代を国からちょうだいできて儲かりますよね、ってカンガエがあるに違いない。さすが公明党だ。そこまで考えて地域振興券を配ろうと主張したとは!

・・・って、絶対違う気がする。

竹下総理大臣の時の「ふるさと創生1億円」って時は、村民全員にブランドもののベルトを買い与えたとか、使い道に困って1億円分の金塊を作ったはいいが金相場が暴落して何もしないうちに1億の価値が激減しちまったとか、日本一の長さを誇る滑り台を作って観光の目玉にしようとしたけど、すぐに別の場所でさらに長い滑り台ができてしまい目玉になり損なったとか、ろくな話を聞いちゃいない。それを考えると、今回の地域振興券ってのはまだマシだったのかねえ??

でも、こんなんじゃだめですぞ、景気はよくなりまへん。せっかくだから、もっとごっついコトやらんと。俺は考えついたよ、スケールがでっかいコト。釧路湿原上空から、お金をばらまくっていう企画。1兆円くらいをどばーっと飛行機からばらまく。で、日本国民はみんなわらわらと手を伸ばしてつかみ取り。この企画のポイントは、釧路湿原という日本のはじっこの方にある場所、ってとこにある。1兆円つかみ取り大会が開催される、となると日本各地から一攫千金を目指してヒトが集まるだろう。ゴールドラッシュだ。これに伴う交通費、宿泊費、食費等莫大なお金が一度に流通することになるわけだ。ちったぁ景気浮揚になるだろう。まあ、釧路湿原を持ち出したのは僻地で(失礼!)広い場所、ってことで上げただけの話。別に沖縄だっていい。沖縄だったら、嘉手納基地かどっかをアメリカ軍から奪い返して、その滑走路で開催したっていい。これはこれでなかなかナイスだ。

ま、どっちにせよこの世の中アイディア勝負。ほっといてもモノが売れて景気が良い、なんて時代はおわってるんだからちったぁ頭使いましょうよ、ばかばかしい企画でもいいんだから。ほら、各ニュース番組で大々的に取り上げられた、鹿児島のなんの変哲もなかったハズのとんかつ屋のように、さ。

(1999.4.21)

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