おかでん的「栄光の日」

以前、会社で受けた研修で「キャリアプラン研修」なるものを受けたことがある。自分が理想とするビジネスマンの姿、現在の自分、そしてその理想と現実のギャップをあらいざらいさらけ出すという、トラウマになりそうな研修だった。

自分一人でやる研修ならともかく、数名でチームを組んで「僕の理想と現実のギャップは・・・」なんて語らなければいけないので、苦しいったらありゃしない。しかも、研修が進むにつれ、「ではそのギャップをどうやってこの先埋めていくの?」という問いかけにかわってきて、今度は「○年後の自分のあるべき姿」「そのあるべき姿に向けて取り組む対策」なんて中長期計画を作らなければならなくなって。

もう、逃げ出すことができるならば音速のスピードで逃げたいくらい、ココロの内面をえぐりまくるものだった。

しかし、研修の最初っからはそんなヘビーなオーダーは出されない。徐々に泥沼にはめていくように、最初は当たり障りの無い実習から始まった。

「あなたが理想とする人のイメージを絵に描いてください」

という実習では、みんなが軒並み「島耕作」みたいなビシッとしたサラリーマンを描く中(しかし、何でみんな絵が下手な奴はビシっとしたサラリーマンって眼鏡をかけて七三分けになった人物を描くのだろう?)、おかでん一人だけが「ルパン三世がヘリコプターからぶら下げられた縄ばしごにつかまり、『あばよとっつぁーん』と言ってる絵」を描いた。同じ班の人間全員がこの絵を見て一斉に首をひねった。一体どういう意味だ、と。

・・・いや、カッコいいじゃないですか、計算尽くで相手の裏をかき、作戦を大成功に導くというその手腕。理想です。この発想、何か変ですか?

で、この「ルパン三世」を描いた直後に出た実習課題。

「あなたにとっての『栄光の日』とは何ですか?文章で書きなさい」。

栄光の日、ねぇ。普通だったら、実習の趣旨から考えても「新規のお客から受注を取った日」とか「新しいビジネスモデルを開発し、それが世に受け入れられた日」とかそういう眠たい事を記述するのが妥当なんだろう。でも、おかでんにとってはハッキリ言ってそんなのにはあんまり興味がないわけで。

おもむろに、鞄からノートパソコンを取り出し、タイピングを開始した。猛烈にアイディアが沸いたからだ。実習の制限時間はせいぜい10分、ならば鉛筆で研修テキストに書き込みをしていたのでは間に合わない。

・・・10分後、テキストが完成。そして、発表。また同じ班の人間から「はぁ?」という顔をされてしまった。「一体そのどこが栄光の日なんだ」、と。

で、あんまりにも理解してもらえなかったので、悔しさまぎれに以下に当時執筆した文章をそのまま転載する。なお、あらかじめお断りしておくが、今回webネタ用に加筆修正は一切していない。原文そのままだ。

栄光の日

200X年○月▲日 天気:くもり  名前:おかでん

「大変です!おかでんさん、奴が、奴が裏切りました!」

慌てふためいた声で部下のSが駆け込んできた。朝から騒々しいやつめ。

「お前には前から言ってるはずだぞ、もう少し地に足をつけろと」
「そうなんですけど、そんなこと言ってられないんです!Aが敵陣営に寝返ったんです!」

A君といえば、昨日も一緒に仕事をしていた、私の部下のことだ。

「ほう、それは一体どういうことだ?詳しく説明したまえ」

せっかくの朝のコーヒーがまずくなることを覚悟の上、彼の話を聞いてやることにした。まあ、朝はこれくらい活気がある方が良い。たとえそれが悪い知らせであったとしても。

「おかでんさんが今取り組んでらっしゃる、コンペ案件ありますよね」
「ああ、Xカンパニーの新規システムだな。やってるぞ」

実は、今私はこの案件にかかりっきりとなっている。その案件にはA君にも当然タッチしてもらっている。

「Aの奴、コンペの提案書と共にトンズラしやがったんですよ、しかもよりによってN社のところに!今日、部長の机の上には辞表が置いてあって、初めて発覚したんですよ!畜生、最初っからこの事に気づいていたら!」

なるほど、そういうことか。
同じコンペティターのN社に寝返ったか、奴は。

「やっぱりな・・・」

「えっ、やっぱり、っておかでんさん気づいていたんですか?」
「まあ薄々はな。日頃の奴の行動パターンを見てれば、こういう事態もいくつかの選択肢の一つとして想定していなくちゃダメだろう。まあ、結果的に最悪の選択肢をひいてしまったようだがな」

はぁ、とため息をつく。
こういう選択肢しかなかったのだろうか、彼には。惜しい奴だった・・・。

「おかでんさん!どうしてそんなに余裕なんですか、コンペ明日じゃないですか!?相手に情報洩れてしまって、コンペに勝てるわけないじゃないですか。大体、寝返る事がわかっていたんならなんで最初から・・・」

うるさい奴め。いくら朝は活気があった方がいいとはいえ、おしゃべりのしすぎだ。

「ちょっとは黙れ。寝返ることすら分からなかった奴は大人しくしてろ。あんな情報、相手に喜んでくれてやるよ。ケチケチする気はさらさらないからな。情報公開、情報開示のご時世だ」
「えっ?」
「最初から、奴には本当の事なんて教えちゃいないよ。彼が持ち出した資料は全部ニセの資料だ。価格算定根拠なんかはでたらめもいいとこだし、システム構成図だって全然似てもつかないものだ、ほら」

私は、手元にあった裏切り者が作成した資料をSの手元に放りなげた。

「あれっ、あれれっ。本当だ、全然違いますよこの資料!一緒なのは、業界動向や提案の趣旨を説明したページだけです」
「そういうことだ。奴の挙動がここ最近怪しかったので、ニセの情報を与えていたんだ」
「す、凄い・・・」

この程度の事で凄いと驚かれてもこちらとしても困る。防御をしたまでのことだ。防御は、何ら生産しない不毛な行動だ。攻撃に転じなければ、何にもならない。

「ついでに、わざとうちの提案システムはセキュリティホールや設計思想に欠陥があるようにしておいた。きっとNの連中はこの提案書を読んで、対抗策としてそこら辺の資料を強化してくるだろう。ひょっとすると、他社よりもここは力を入れてます、なんて宣伝するかもしれない。でもな、結局はそれが的はずれなものになるんだよ。一人で踊ってるようなもんだ」

Sは、先ほどまでのがちゃつき具合がすっかり影を潜め、あっけにとられている。
彼の手元に、先ほどまで私が飲んでいたコーヒーカップを押しやって

「よし、これから忙しくなるぞ。明日はライバルが一社減ったと考えていい。受注、絶対にするぞ。キアイ入れていけよ。受注とったら、売上の1%はお前の物だ」

「やった!」

最後に、立ち上がり振り向きざまに彼に言い残した。

「後な、われわれを裏切ったAは当社社員規則第36条2項『守秘義務』に乗っ取って追い込みをかけるぞ。すぐに法務部に連絡だ」

どうです?おかでんは自信をもって、この文章を「栄光の日」として推挙したいんだけど、読者の方は理解してもらえるだろうか?

これを読んだある友人は言った。「栄光の日、じゃなくて敗北の日、じゃないのか?これって」。

まったくもって違うってば!!

(2002.12.19)

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