塩見岳登頂
YAMAPに掲載した文章へのリンクのまんまだが、2024年7月は塩見岳に登頂した。
日本百名山、67番目。
山に登っていると、自分の「死」や「残された時間」というのをずっと考え続けることになる。そしてどうやって安全に山から帰って来るか、深く考えるようになった。
昔は剣岳別山尾根、穂高連峰大キレットなど、難易度の高いルートをホイホイと気負いなく登っていた。しかし、今ではそれが全く信じられない。「本当に事故らないだろうか?」と数ヶ月前から心配だし、過剰なまでに身を守るための装備や登山が快適になるウェア類などにお金をかけるようになった。
やっぱり、若いって何事においても最強の武器だ。
「老いたなぁ」とため息をついて自分の不甲斐なさを嘆く、という経験。僕はまだそこまで多くはない。でも、「若いときはよく動いていたなあ」と感心することはどんどん増えている。
なにしろ、何一つ運動やトレーニングをやっていないのに、いきなり難易度の高い岩稜尾根のルートを歩けたんだかから。しかも道中、ビールを飲んだりして。
今、山を見渡してみると、登山客のボリュームゾーンは50代後半という印象だ。バブル世代くらいか。山域によって客層は違うだろうが、60代以上の登山客はめっきり少ない。昔は団塊世代がものすごい数いたので、彼らの年齢上昇とともに登山客の年齢層も上がっていったものだ。しかし、団塊世代が70代になったこともあって、すっぽりご年配登山客が減ってしまった。
その結果、僕の観測範囲に限ってだが、爺さん婆さん登山客が減った。つまり、50歳ジャストの僕は、もう登山趣味の終わりを意識しながら動かないといけない世代になってきた、ということだ。
団塊世代の登山を見てきた僕は、てっきり「登山は70過ぎまで余裕でできる趣味。ハードな山を避ければ、75歳くらいまでは余裕」と思っていた。しかし実際は、そうではなさそうだ。団塊世代が力強かっただけで、こんなしんどくて危険な趣味は、60代半ばくらいまでがやっとなのかもしれない。
今回、僕にとって未踏峰の百名山・塩見岳以外の山々を巡ったのは、「せっかくだから以前から気になっていた『蝙蝠岳』も登りたいな」と思ったからだ。そして蝙蝠岳を調べてみると、「日本百高山」の一つであることがわかり、だったら僕のこれからの人生、「日本百名山」だけでなく「日本百高山」も登頂の対象にすると面白いかもな、と思い始めた。その結果、塩見岳から仙塩尾根を北上し、百高山に名を連ねる北荒川岳、新蛇抜山、安部荒倉岳も登っていった。
こうなると南アルプスの奥深くにまで足を踏み入れてしまい、引くに引けない状態だ。結局、日本で標高3番目の間ノ岳、2番目の北岳まで縦走してから下山することになった。40キロ近い徒歩に及ぶ、大縦走だった。
なお、全然ペースがあがらなかったため、予定していた2泊3日では下山ができなかった。急遽ルート上の山小屋に追加で1泊し、3泊4日で下山するということになった。こんな体験は初めてだ。
今回の登山から、昼食を食べるのをやめて1時間おきに100kcal-200kcalの行動食を食べ続ける、というスタイルにした。また、随時アミノバイタルを摂取してアミノ酸補給をしていた。シャリバテをしなくなった分劇的に体はラクになったと思うが、科学技術の進歩によってあらゆるハック術が世の中に溢れている。そういうのをあらかじめあれこれ調べていると、登山がラクになる反面本当に面倒な時代になったものだな、と思う。
(2024.08.01)
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