カメラとレンズをオンラインで発注したのち、相当に精神をすり減らした僕は、当初、1日ないし2日は何もしないでゆっくり休みたいと思っていた。
しかし、のんびり枕を高くして休もうにも、手元に残された「売れ残りのカメラシステムをどうするんだ問題」が気になって、どうにも気分が落ち着きそうにない。
なにせ、もし買い手がつくのであれば、数万円のキャッシュが手に入るかもしれないからだ。これは決して「儲け話」が気になるわけではなく、身も蓋もないことを言えば、高額なカメラを勢いで買ってしまった罪悪感、そして何よりも我が家の支出と家計へのダメージを少しでも相殺して減らしたいという、切実な防衛本能だった。
そうでないと、とてもじゃないが夜も枕を高くして眠れない。いや、もうソニーのカメラを注文してしまった時点で、僕の枕は低くなりっぱなしで、これ以上高くなりようがないんだけれど。
こういうとき、「さて、これからどうしようかなぁ」とゼロから作戦を考えるところから始めると、腰が重たい中年の身としてはずいぶんと億劫になる。
だけど、これまで僕の右往左往に散々付き合ってきたAI相手に、「お店で断られた機材をメルカリで売ろうと思うのだけれど、どうすればいいだろうか? 確実に売るための作戦を考えたい」と相談を投げかけると、そこからの展開は驚くほどスムーズだった。

何しろ、画面の向こうの計算機は、これまでの僕のドロドロした苦悩も決断もすべて把握しているし、いま手元にあるX-T20がどれほどな状況であるかも熟知している。
なので、それらの文脈をすべて踏まえた上で、メルカリに向けて的確に出品する方法をロジカルに提案してくれた。
とりわけ、面倒な出品用の紹介文案を勝手に考えてくれるのだから話が早い。
このブログ「アワレみ隊OnTheWeb」の記事は、僕自身がキーボードを叩いて文章を書かないことには始まらないが、メルカリの出品ページに限っていえば、AIに文章作成を丸投げしたところで僕の自尊心は傷つかない。
というより、これまで深夜に蓄積された「カメラをどうしようか議論」のログが膨大にあるので、そこに僕の思考のエッセンスはすでに濃縮されている。
口述筆記を器用にまとめる敏腕ゴーストライターよろしく、AIは僕の代わりに紹介文をひねり出してくれた。
もちろん、購入希望者と売買成立後に「こんなはずじゃなかった」と認識の齟齬が出るのは絶対に嫌だ。
少しでも高く売りたいという色気よりも、とにかくこの面倒な案件を終わらせたい、売れてくれればラッキーという引き際を想定している。
その僕の意図を汲んで、AIは商品名の先頭にあえて【ジャンク品】という記述をあえて入れてきた。

「おいおい、まだ現役で動いている相棒をジャンク品扱いにするのは酷だろう」と僕はひるんだのだが、AIが言うには、こうして最悪のステータスを最初から提示しておけば売買成立後の無用なトラブルを防げるし、たとえジャンク品扱いであっても「完動品であること」を説明文できっちり明示すれば、ある程度の値段を払ってでも手に入れたいという層は確実にいる、という。
へえー、カメラの中古世界ってそういうものなのか。カメラを使い始めて四半世紀になる僕だが、まったく知らなかった。完全にAIに世の中の仕組みを教わっている。
さらに、AIに「メルカリの画面に掲載する写真は、何を、どの角度から、何枚撮影するのがもっとも効果的か?」と質問を投げかけると、これまた実に具体的な撮影ディレクションが返ってきた。
その助言に沿って、僕はボロボロのカメラやレンズをいろいろな角度から撮影した。

撮影した画像を一度AIに読み込ませてチェックしてもらうと、
「外観の傷や塗装が剥離している箇所は、後から購入者からクレームが入らないように、あえてはっきりと見せたほうがよい」
とか、
「カメラの底部の傷を気にする人もいるので、底面の三脚ネジ穴周辺もきっちりと撮影したほうがよい」
といった、まるでプロの査定士のような厳しいアドバイスが返ってきた。
僕はその指摘に基づき、何枚かの写真を撮り直して差し替えた。

そして最後に最も重要な値付けだが、これもすべてAIに考えさせた。本当に何でもできてしまう。
「この状態のカメラ本体とレンズのセットであれば、市場の類似商品の取引相場を踏まえると、59,800円で出品するのが妥当です」
とAIはいう。しかも「この価格設定であれば、おそらく即決されるでしょう」とまで言い切る。
さらに奴は、
「欲を出せば64,800円でも買い手はつくかもしれません。ただ、この売却案件についてこれ以上時間を引き延ばしたくないのであれば、59,800円で市場に投入するのが最善です」
と、こちらの「長引かせたくない」という心理まで慮った風の、提案まで添えてきた。AIに感情なんてないのに、感心させられる。
もし、本当に5万円台という大金で売買が成立するのであれば、僕としては文句なしで御の字だ。
なにせ、マップカメラのカウンターで「傷が多すぎて査定対象外」という非情な死刑宣告を受け、どん底の気分に落ちていたところなのだ。このAIの提案は、砂漠のオアシスのようにありがたかった。
もっとも、本来マップカメラのワンプライス買取が無傷の満額で実現していたら、総額で93,000円の価値があったはずのものだ。
なので、そこから見ればずいぶんとディカウントしている計算にはなるわけだが、なにしろ一度はプロから「価値ゼロ」と突き返された機材だ。この価格で僕に何ら文句があろうはずもない。買い取ってもらえるだけで、ただただ感謝である。

さっそく、僕はメルカリのアプリにAI謹製の紹介文と、指さし確認で揃えた写真の数々をセットし、市場へと売りに出すことにした。
ちなみに、値段はAIの「欲を出せば」という言葉を都合よく採用し、64,800円で出品した。
すると驚いたことに、出品ボタンを押してからものの30分もしないうちに、スマホの画面に購入希望者が現れたという通知がスパーンと飛び込んできた。
えっ、本当に? 細かい状態確認とかコメントのやりとりを一切挟むことなく、である。
正直、目の前で起きた現実が信じられない。
しかも、僕が一番恐れていた「いくらかお値下げ可能でしょうか?」という、メルカリ独特のあの煩わしい値引き交渉の要請すら一言もなかった。
そういうやり取りが始まると面倒だなー、精神がすり減るなーと思って身構えてはいたのだが、見事なまでに一発で即決されてしまったのだ。
「しまった、これならもっと高値の強気で売り出せば良かった」なんて後悔は、これっぽっちもない。
満身創痍の僕の機材を気持ちよく買っていただいて本当にありがとうございます、この状態でよければぜひ可愛がってやってください、という、ただただスッキリとした気持ちしかない。感謝感謝だ。
それにしても、30分で即決だなんて、一体全体どういうことなのだろう。カメラの中古市場というのは僕の想像以上に飢えているのだろうか。
常にメルカリの海にアラートのアンテナを張り巡らして出物を狙っていたのか、それとも、たまたま僕が掲載したタイミングで、偶然タイムラインで目が止まっただけなのか。
もし仮に「アンテナを張り巡らしているプロ」だとしても、売主自らが【ジャンク品】と自称している怪しい商品を、決して安くはない6万円オーバーの価格で即座に買い取るという心理が、素人の僕にはどうしてもよくわからない。不思議な世界だ。
いずれにせよ、AIのサポートがあったおかげで、僕は新しいフルサイズ機を買うことができたし、古いAPS-C機を売ることもできた。
ここで重要なのは、決して僕がAIの言いなりになって、ロボットのように右から左へロボットのように作業をこなしたわけではない、ということだ。
深夜のリビングで常に対話し、仕様に疑問をぶつけ、AIがのたまうロジックに対して反論したり補足を試みたりした、そのバトルの結果がこれだ。
自分一人で悶々と結論を出すよりも、検証のプロセスを何倍も膨らませたため、むしろ余計に時間がかかったし猛烈に疲れた。
しかし、おかげで様々なシチュエーションの手札を検討することができたので、その点においてはとても良かったと思う。実に納得感のある、売買となった。
カメラとレンズは精密機械なので、厳重にプチプチで梱包され、新しい買い手のもとへと送られていった。
そして僕の手元には、64,800円という売却額から、メルカリの胴元にショバ代としてきっちり10%を差し引かれたメルカリのポイント(売上金)が残った。
さようなら、富士フイルム。
記憶色が本当に大好きだったし、長年一貫して富士ユーザーであり続けたのだけれど、さすがに今後、僕の人生でまた富士のXマウントに舞い戻ってくることは難しいかもしれない。
自分のこれからの財力や、そして何よりも自分自身の残された余命のバランスを踏まえれば、もう一度富士に戻る余力はないかもしれない。
僕の口から「余命」という大げさな言葉が飛び出してくるほど、カメラのシステムを刷新し、長年住み慣れたマウントを変更するというのは、人生の一大決だ。それだけお金がかかる。
今回、その大騒動が「新しいカメラを買うぞと売買を決心」してから、わずか一週間足らずの間にすべてが完了してしまったのだから、我ながら、未だに信じられない。
(つづく)
