石垣をよじ登る

この「オカ・デウス」コーナーの記事を振り返ると、「よじ登る」という言葉がよく出てくる。僕が弊息子タケの成長をもっとも感じるのが彼の「よじ登る」という行為だからだ。

これまで、彼は様々なものをよじ登ってきた。2022年1月の記事だと、高さが低い、座椅子のようなソファに登ったというだけで僕は驚いている。

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しかしそれから1年4か月で、自分の身長に近い高さがある石垣をよじ登るようになった。

まだオムツを履いているので、よじ登っている際のボディシルエットは可愛い。でも、動きは立派にダイナミックだ。

こういう成長は日々続いているが、だいたい1年くらい前(つまり、タケが生後1歳2か月くらい)からは動作に大きな変化がなくなってきたと僕は感じている。ダイニングテーブルの上に設置しているAmazon Echo Showは、最近のタケの写真と、ちょうど1年前のタケの写真、ちょうど2年前のタケの写真を交互に映し出す。それを見ていると、1年前に公園などで遊んでいるタケの写真は、すでに基本形が出来上がっている印象だ。1年前の時点で滑り台を滑っていたし、アスレチックをよじ登っていた。ただ、もちろん今の方が動きがキビキビしていてスマートだ。

もっぱら最近の彼は、言葉やコミュニケーションの成長が著しい。ずいぶんと、親が話しかけていることを理解するようになってきた。そして親子で会話っぽいことができるようになってきた。

しかし、そういう言語の発達はなかなか記録として残らない。行動の発達なら、写真を撮って記録にしやすいのだが、それとは異なる。

いっとき、彼が何月何日にどういう新しい言葉を覚えて口に出したのか、スプレッドシートで記録を取っていた。しかし、その試みは半年もしないうちに断念した。なぜなら、当たり前だけど子どもははっきりとした発音で喋ることができないし、意味を理解しているのかしていないのかわからない状態で喋るからだ。彼の言葉をその場で聞いた大人たちが、それぞれ違う聞き取りをする場合もあった。「じぃじ、と言っている」という意見と「とーちゃん、と言っている」という全く違う見解が出てくる有様だ。

「この言葉を覚えた!喋った!」と明確に判定できないグレーゾーンがとても多く、結局彼の言語能力の発達を記録する試みは断念した。残念だけど、これは仕方がない。

(2023.05.25)

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