保育園の玄関に、ひな祭りに向けてひな壇が飾ってある。そしてその脇には、お内裏様とお雛様の顔はめボードが用意されていた。昨年まではなかったものなので、今年新たにこしらえたニューカマーだ。
保育士さんのバイタリティにはほとほと恐れ入る。よくぞまあ、こんな手間のかかる大掛かりな飾りを手作りするものだ。アイディア出し、レイアウト検討、部材調達、作成、設営といったすべての工程に一体何人日を要することやら。
しかも、顔はめボードを思いつきで作っただけではだめだ。安全性が確保されていないといけない。特に顔はめだと、子どもがボードに体重を預けてしまい、バターンとボードが倒れてしまって子どもが転倒するおそれがある。そのため、見た目以上にこのボードは頑丈に作られており、足場もガチガチにかためてあった。
そういう目に見えない配慮が見えるからこそ、保護者としてはいちいち恐縮してしまう。
で、この顔はめボードを発見した弊息子タケは、嬉しそうにボードから顔を出す。
「穴があったら入りたい」という言葉があるが、子どもにとって穴という存在は、「顔を出してみたい」ものだ。本当に、まんまと彼は穴から顔を出して、「どうだ」と得意げな顔をしている。
最近の彼は、僕がカメラを向けるとすっかり顔を背けるようになってしまった。「なんで?」と聞くと、「恥ずかしいの」と言う。恥ずかしいわけなんてないのだけど、親の言いなりになりたくない、反抗したいというおふざけ心が今の彼には芽生えているようだ。
しかし、顔はめに関してはそんなそぶりを一切見せない。むしろ、穴から顔を出して、「ほら、早く写真を撮れ」といわんばかりの顔をしてこっちを見ている。こんな体験は滅多にない。
保育園の玄関にあるものだから、これが毎日だ。
で、僕は彼の顔はめ写真を撮るのだが、案外彼は写真そのものに興味を示さない。「親がカメラを構えて、自分を撮影した」という行為そのものに満足しているようだ。
記録媒体としての写真よりも、今この瞬間、親が自分のほうに注目を向けてくれているという事実が子どもにとっては嬉しいのだろう。
(2024.02.07)
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