
正月。ハサミとノリで作ったお手製絵馬に、弊息子タケが書いた一枚がある。
「おかあさん おとうさんに ほめられますように」
・・・もうちょっと、こう、夢というものを持てないものか。
宇宙飛行士になりたいとか、せめてケーキ屋さんになりたいとか、そういうキラキラした外向きの野望はないらしい。
神様にまで報告する内容が「家庭内評価の向上」だなんて、あまりに内政重視が過ぎる。
そういえば以前、彼に「将来は何になりたい?」と聞いた際、僕ら両親はひっくり返りそうになった。
「家でゴロンと横になって、スマホをずっと触っていたい」と答えたからだ。
4歳にして、すでに人生の「あがり」のスタイルを確立しているとは、どういうことだ。
というか君、スマホなんてまともに触らせてもらったこともないだろうに。どこでその怠惰の極みな知識を仕込んできたのか、謎だ。
僕はこれまで、タケをいろいろな場所へ連れていき、いろいろな体験をさせてきたつもりだ。
山へ海へ、あるいは動物園へと、親としての義務感も相まって「刺激」を供給し続けてきた。
だが、それが彼の糧になっているかといえば、案外そうでもないらしい。
常に親からフルコースのエンターテインメントが提供されることが、彼にとっては「デフォルトの仕様」になってしまっているようだ。
刺激に慣れきった結果、自ら何かを渇望するエネルギーが枯渇し、手近な「スマホとゴロン」に収束してしまうのだとしたら、これは僕の責任も重い。
体験が終われば、その興奮も瞬時にリセットされて忘却の彼方へ。
そんな彼の様子を見ていると、現代の子育てにおける「与えすぎ」の弊害を感じざるを得ない。
もっと、どうでもいいような小さな出来事を、一週間くらいかけてじっくりと予告し、期待値を限界まで高める工夫が必要なのだろう。
「来週の夕飯は、なんとハンバーグが出るぞ!」
そんな予報を毎日、伝え続ける。
「いいか、あと3日でハンバーグだ」
「ついに明日、肉が焼かれるぞ」
と、執拗なまでに話題を引っ張り、当日を迎えさせるのだ。
4歳児の野望を「スマホ」から「肉」へと引き戻す。そんな低次元な戦いから、僕の教育改革を始めてみるしかなさそうだ。
(2026.01.01)

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