
「陣痛、来たかも」といういしの宣言。深夜1時過ぎ。
2時間弱で助産師さんがやってきた。
2日前にも状態確認をしてもらったばかりなので、「そろそろですね」という共通認識はあった。
わざわざ正月早々の深夜に自宅まで駆けつけてもらう。
冷静に考えれば、これほど手間のかかる贅沢な話もない。
一方で、助産師という仕事の凄絶さを思う。
自宅出産を請け負うということは、24時間365日、いつ何時でも「現場」へ急行する覚悟があるということだ。
これでは旅行も、親戚の冠婚葬祭さえも行けたもんじゃない。
よっぽど腹をくくったプロでないと、務まらない仕様だ。
助産師さんは自家用車で近くのコインパーキングに現れた。
荷運びを手伝ってほしいと言われ、僕は深夜3時の冷え切った街へお迎えに上がる。
渡された重たい箱を抱え、並んで歩く道中、会話の正解がわからない。
「今日は冷えますね」は緊張感に欠けるし、「夜分にすいません」も仕事相手には野暮な気がする。
結局、「よろしくお願いします」という、無難すぎて面白みのない挨拶に落ち着いた。
今回のLDR(分娩室)は我が家のリビングだ。
既に布団を敷き、弊息子タケがかつて愛用していた防水シーツ(おねしょ用)を配備して迎撃態勢は整えてある。
さっそく助産師さんによって先ほどの謎の機器が設置された。
後で知ったが、これは「胎児モニター」という、心拍と子宮収縮を監視するものだった。
この時の僕はそんな観察をする余裕すらなく、ただただ「おっと、なんだこれは」と圧倒されるばかり。
はっきり言って、ここから先の記憶はひどく断片的だ。
せっかくの大舞台なのに、僕の脳は完全に処理落ちを起こしていたらしい。
まず、部屋が暗い。
新生児への配慮でリビングの明かりは消され、遠くのキッチンの照明でかろうじて視界を確保している状態。
そして何より、「どの程度、僕が首を突っ込んでいいのか」が測りかねた。
よくある「陣痛で苦しむ妻の横で、夫が的外れなことを言って一生の恨みを買う」という不祥事だけは避けたい。
その防衛本能が働きすぎて、いしにも助産師さんにも話しかけるのが憚られたのだ。
最近の僕はテレワークと子供の送迎だけで人生が完結している。
いわば「予定調和」の温室育ちだ。
そんな僕にとって、刻一刻と状況が変わり、未知の専門用語が飛び交う「鉄火場」は、あまりにOSの負荷が高すぎた。
せめて「頑張れ!」と応援もしてみたが、いしは助産師さんとのやり取りに忙しく、僕の入る隙間がない。
それどころか、「ソファをずらして」「水を用意して」「そろそろタケを起こしてきて」「黒糖アメを舐めたいから口に入れて」と、日常生活の延長線上にあるタスクが次々とやってくる。
僕の役割は、感動の伴走者というより、御用聞きだった。
正直なところ、産まれてくる瞬間を目にしても「全米が泣いた!」的な感動に浸る余裕はなかった。
いつものリビングに、全く異質な光景が展開されていることへの困惑。
「あれ、僕の家、こんなことになっていいんだっけ?」という静かな呆気にとられ感だ。
自宅出産というのは、男にとって「スペシャル感」が薄いのかもしれない。
病院なら、ソワソワしながら待合室で待つという「イベント性」があるが、自宅だとそうはいかない。
いつも寝ている布団、隣で寝ぼけている4歳の息子、そして不慣れなことにテキパキ動かなくちゃいけない自分。
がんばれと叫ぶより、「何か御用はございませんか」とキョロキョロしているうちに、事態は進行していく。
助産師さんは、もう一人応援がやってきた。
胎児の様子から「分娩近し」と判断された上での召集だ。万全を期すためのルールらしい。こういう時のために、助産院同士で連携していて、分娩のときは協力しあうことになっているんだって。
後から来た助産師さんは、主に記録担当。
二人体制の安心感は凄まじいが、現場の緊張感も跳ね上がる。
「よし、この瞬間を映像に残さねば」という使命感はあった。
だが、いざスマホを構えようにも、雰囲気に飲まれて「あのぅ、撮ってもいいですか?」と聞き出せない。
自宅出産のメリットは「自由」なはずなのに、現場の空気はそれを許さない。いや、許しているんだけど、僕が呆気に取られちゃって、自由に立ち振る舞えなかった。
そしていよいよ「じゃあ、脱ぎましょうか」と助産師さんがいしに声をかけ、下半身の装備が解除されたとき、僕の動揺はピークに達した。
いしによれば、夫は普通「頭側」に陣取るものらしい。しかし僕は、指示によりお股側にスタンバイだった。僕が彼女の片方の足の裏をぐーっと押しあげることで分娩を促進するとかなんとか。
目の前に広がるのは、生命の神秘か、あるいは?
この画角で動画撮影ないし写真撮影をする、というのはこれまでの常識や概念上、とても躊躇した。自分自身の良識に対して躊躇しただけではない。そういう撮影をしようとしていること自体が、助産師さんからたしなめられるんじゃなかろうか?
ローカルのストレージに動画を保管している限りは問題ないとは思うのだが、間違ってクラウドストレージで保管してしまったら、アカウントがBANされるんじゃなかろうか?
でも大事な場面だから撮ってもよいのではないか?などと、悩む。
狭いリビングに大人4名と子供1名がひしめいている。三脚を立てるスペースなどない。
苦肉の策でテレビ台の端にスマホを設置したが、いかんせん部屋が暗い。
画角が合っているのかも不明だが、「たぶんこの辺だろう」と投げやりな気持ちで録画ボタンを押した。

そこからは、側臥位(そくがい)で寝るいしの右足裏を受け止め、グーッと衝撃に耐える時間。
以前に聞いていた「蹲踞位(そんきょい)」での出産案はどこへやら。以前から、「あなたと私が向かい合わせになって、私があなたの両肩に手を乗せながらしゃがんで産む」と言われていた気がするんだが、今回は一切そんなムーブメントはなかった。
状況に合わせて戦術が変更されるらしい。
そして、僕の混乱は残念な結果となった。
後で見返した動画。そこには、スマホのインカメラで録画された、ただの「真っ暗なテレビ画面」が映っていた。なんと、アウトカメラで撮影していたつもりが、インカメラになっていたのだった。
画面を見ながら画角調整ができるインカメラで動画を撮ろうかと思ったが、画質が悪いのと、暗闇耐性が弱そうなのでアウトカメラで撮る方針に急遽変更していた。しかし設定を変え忘れていて、撮影はずっとテレビの画面を映し続けていたのだった。
それだけならまだ、出産のドタバタの音だけでも録音できているはずだが、この動画はあろうことか「タイムラプス」で設定されていた。音声もなく、ただ真っ黒なテレビ画面が高速で流れるだけの無意味な画面だった。時々、部屋の中の人が動くことによって黒いテレビ画面に写り込んだ明かりが少しまたたく程度だった。
つまり、動画も音声もまったく記録としては役に立たなかった。
ごめんなさい、完全に僕のミスです。
こういう「記録を撮る系」の作業は、二重三重のバックアップ体制を取っておくことと、いざ!という時から始めるのではなく相当前から記録開始することが大事だと改めて学んだ。今更遅いし、次回はさすがにもうないけれど。
ちなみに二人目の出産、かつベテランの支援のおかげで、陣痛開始からわずか4時間弱というスピード安産だった。

産後、ようやく緊張が解け、助産師さんが「これが胎盤ですよ」と見せてくれた赤黒い胎盤を撮影する余裕が出てきた。
しかし、生まれたばかりの赤子の体温調節はシビアだ。
保温パックが数センチズレただけで体温が急降下し、慌ててリカバリーする場面も。
助産師さんは産後2時間半ほど母子の様子を見て、夜明けとともに帰っていった。
その後も4日連続で訪問ケアをしてくださるという。
自宅出産を支える助産師さんの労力は並大抵ではない。これを受け入れられる施設が激減しているのも、当然の帰結だろう。
ちなみに僕は、感動も冷めやらぬうちから来年の確定申告が気になり始めている。
「助産師さんが停めたコインパーキング代・・・これ、医療費控除の対象になるよな?」
まだ正月2日目。僕の「世俗的な仕様」は、新しい命が誕生しても、そう簡単にはアップデートされないらしい。
(2026.01.02)

コメント
コメント一覧 (3件)
おやまぁ~ おめでとうございます!!!
そんな状況とは露知らず、ノンキなコメントしてしまい申し訳ありません。
また、改めてじっくり読ましてもらいますね。
第二子こ誕生おめでとうございます。
とても臨場感のある文章で私も出産に立ち会ったときのことが思い出されました。
(もちろん頭側で。下半身のほうは怖くてよう見れませんでした。ましてや胎盤なんて。。。)
在宅であっても病院であっても24時間365日対応くださる助産師さん、医療関係のみなさんには本当に感謝です。
ばびぶべバサラさん、GUYさん>
お祝いメッセージありがとうございます。子どもが二人目ともなると、育児のほうはともかく事務処理や雑務が増えて大変です。このサイトの更新頻度が落ち気味になると思いますが、ご容赦ください。
先日は、なんと僕の遺言書を作成し、法務局に預かってもらいました。あれこれ考えすぎる性格なので、遺言書まで作る羽目に。(いずれこの顛末は記事にします)