
紀尾井町の要塞、ニューオータニ。
今や高級ホテルといえば欧米資本が幅を利かせているが、ニューオータニや帝国ホテルが放つ「歴史と格式」の重厚感は別格だ。外資系には出せない、あの独特の威圧感というか、安定感がある。
年始早々、僕と弊息子タケはこの要塞を訪れていた。
第二子が産まれた、まさにその日のうちに、だ。
出産当日だからといって、僕にできることなど、実はさほどない。
母親であるいしは、何よりも休息を必要としている。男親がワチャワチャとそばにいたところで、気の休まる暇もないだろう。
おむつやミルクに関しても、僕の出る幕はなかった。
できるだけ母乳で、という意向のいしは、初乳が出るこの時期、赤ちゃんにつきっきりだ。僕が哺乳瓶を構える隙など、微塵も存在しない。
むしろ当の本人は「産後ハイで比較的元気」とまで言い切る。
自分たちのことは気にせず、つきっきりにならなくていい、というお達しだ。
一方で、放置できないのが「お兄ちゃん」になった弊息子タケである。
深夜の緊急事態で寝不足なうえに、目の前で「赤ちゃん誕生」という衝撃体験。興奮はピークに達し、ソファをよじ登っては飛び降りるという、謎の儀式を繰り返している。
このままでは、いつか赤ちゃんを「踏んづける」か「よろけたはずみで押しつぶす」かの二択になる。
そうでなくても、階下への騒音被害がシャレにならない。ここは一刻も早く、彼を隔離し、クールダウンさせる必要がある。
そんなわけで、出産祝いのケーキ調達という大義名分のもと、タケを連れ出すことにした。
第一子誕生のとき、僕は「ズコット」を買って面会に行った。
その味が我が家の定番となり、記憶に深く刻まれている。

兄弟で差をつけてはいけない、という謎の公平性が働き、今回もケーキの準備は僕の最優先任務となった。
いしからは「イナムラショウゾウのチョコレートケーキが食べたい」とのリクエストも受けている。
これから過酷な育児に身を投じる彼女に、2個や3個のケーキで足りるはずがない。やらないならやらない、やるなら「オーバースペック」が僕の流儀だ。
前回の教訓もある。
2個差し入れて「今日1個、明日1個」と伝えたつもりが、彼女は一度に2個を平らげた。
出産直後のエネルギー消費を、僕は完全に見誤っていたのだ。彼女たちは病人ではない。戦士なのだ。食べられるときに、食えるだけ食わねばならんのだ。
しかし、問題は「時期」だった。
年末年始の真っ只中。街のケーキ屋は軒並みシャッターを下ろしている。デパ地下や駅ナカは開いているだろうが、クオリティはどうなのか? 流通が止まった正月、フルーツの鮮度は維持されているのか?
業界事情に疎い僕の脳内に、懸念が渦巻く。
駅ナカを彷徨って「やっぱりダメでした」と手ぶらで帰るのだけは避けたい。
早く出かけ、早く帰らねば、家で留守を守る(?)妻に申し訳が立たない。
そこで閃いたのが、ホテルのケーキショップだ。
偶然にも数日前、SNSで話題になっていた記事を思い出した。
https://togetter.com/li/2643468
パティスリーSATSUKI。
ニューオータニ内にあるその店では、1ピース5,000円を超えるショートケーキが売られているという。
もはやケーキという概念を超越した何かだ。
普段なら「誰が買うんだよ」と鼻で笑うところだが、一世一代の大仕事を終えたパートナーへの感謝と思えば、むしろ「ちょうど良い」のではないか。
いや、金銭的には全くちょうど良くないのだが、「そこそこのケーキ」を買って微妙な空気にするよりは、こっちの方が正解な気がしてきた。
本音を言えば、ただ僕がその「5,000円超えの物体」を見てみたかっただけ、という説もある。

玄関入ってすぐの場所にあるはずの店に気づかず、広大な館内を延々と彷徨うハメになった。
迷路のような廊下は正月客でごった返し、タケを連れての行軍はなかなかの苦行だ。
「どうやら間違えたっぽいぞ」と踵を返し、ようやく辿り着いたそこには、噂通りの光景があった。
「エクストラスーパーダブルショートケーキ」。
一切れ、5,616円。
立派なディナーが食える。いや、格安店なら数回分の食費だ。
それが三角形のスポンジとクリームの塊に凝縮されている。なんという密度のコストだろうか。

店頭には順番待ちの列。20分ほど待たされたが、列の進みは遅い。
スタッフが一つひとつ、箱の中に緩衝材の「工作」を施しているのだから、時間がかかるのも当然か。
高級品を無事に持ち帰るための儀式のようなものだ。
ショーケースの中でスポットライトを浴びる選ばれし甘味たち。
正月の流通不安などどこ吹く風、完璧なラインナップが並ぶ様は、流石ホテルと言うほかない。

冷蔵ケースへ近づくにつれ、その価格レンジの凄まじさに圧倒される。
タケに「ケーキはお母さんのだ。僕らはパンにしよう」と提案し、入り口付近のベーカリーコーナーへ誘導した。
・・・のだが、パンとて容赦はない。
安易にバゲットを買ってもただの食事になってしまう。今日という記念日に、それはあまりに味気ない。
結局選んだのは「ハートパイ」だ。
和三盆を使用した、巨大な源氏パイの進化系。お値段、594円。
新家族を迎えた日にハート型。悪くないチョイスだろう。タケと僕、二人で1つだ。分け合え、それが絆だ。

ショーケースは、もはや「スーパー」と名の付く商品の見本市だった。
1,000円以下の商品を探すほうが難しく、四桁の数字が整然と並ぶ光景は、もはや貴金属店に近い。
タケ好物のプリンでさえ、1,000円超え。
4歳の子供にこれを与えたところで、「甘くておいしい」の一言で終わるに決まっている。そんな、豚に真珠のような真似はできない。

「新モンブラン」に「スーパーあまおうシュークリーム」。
一つひとつが拳のような巨大さで、「物理的な正義」を突きつけてくる。
この圧倒的な質量を見せつけられると、ぐぅの音も出ない。

上段右:スーパーメロンショートケーキ 1,944円。
上段左:新エクストラスーパーメロンショートケーキ 4,320円。
価格差2倍以上。その差はメロンの含有量と、そびえ立つ背丈の高さにある。摩天楼!といえる高さ。
そして、その隣に鎮座するのが、今回のターゲット「エクストラスーパーダブルショートケーキ(メロン&あまおう)」5,616円だ。
隣の「新エクストラスーパーあまおうショートケーキ(3,456円)」のほうが大きくに見えるが、メロンが含まれるかどうかが価格の差らしい。

パウンドケーキの棚に踊る「SOLD OUT」の文字。
5,000円オーバーの商品が次々と売れていく空間に、だんだん金銭感覚が麻痺してくる。
下段のシナモンロール(756円)が、「あれ?安いな。」と思えてきたら末期症状だ。
危うく買いそうになったが、間一髪で踏みとどまった。でも、うっかりカルダモンロール(702円)を買ってしまった。ドンマイ。

もうひとつ、僕の目を奪ったのが「スーパーモンブラン 2025」。
2026年になっても続投中のこの逸品、お値段3,780円。
しかし、実物を見れば納得せざるを得ない。圧倒的なのだ、存在感が。

この内部構造を知って、思わず「妥当!」と叫んでしまった。本当にこのお店は、「ちゃんと丹精込めて作ってるぞ、ホテルオークラの看板だけで商売やってるわけじゃないぞ」という気迫がある。
なんだこの地層のような複雑怪奇な作りは。
浄化装置のろ過材でも詰まっているのかというレベルの緻密さだ。こんなモンブラン、他所ではお目にかかれない。
真の金持ちなら「とりあえず一つ」と余裕をかますのだろうが、庶民の僕は違う。
「出産当日でもなきゃ買わねえよ!なら、今日買わなきゃ損だ!」
謎の逆転論法で、あれもこれもと詰め込んでしまう。この「出し惜しみのなさ」こそが、貧者の意地である。

結果、こうなった。
・エクストラスーパーダブルショート:5,616円
・スーパーモンブラン:3,780円
・東京スーパーチーズケーキ:1,188円
・あまおうナポレオンパイ:1,782円
・ハートパイ等
合計、余裕の1万円超え。
1日2個、2日に分けて楽しんでもらおうという算段だ。
(当日中に食べろという店側の注意書きは、見なかったことにする)

帰宅後、いしは目を見開いて喜んでくれた。
子宮収縮の激痛に耐えていた彼女が、一口食べるなり「痛みが引いた」と言い出したのは驚きだ。
ケーキに鎮痛作用があるのか、あるいは女性の体の神秘か。
「食べてみて!」と熱心に勧められたが、僕は頑なに固辞した。
食べたくなかったわけではない。5,000円超えのケーキを、一人でペロリと完食する「贅沢な満足感」まで含めて、プレゼントしたかったからだ。
分け合ったら、その価値が目減りする気がしたのだ。
今回の記事は、単なる「高いもの買った自慢」ではない。
分不相応な代物を前にしたとき、人間(僕)はどうバグるのか、という実録である。
「二度と買わないから、今日全部買う」という暴挙。
「でも、自分は一欠片も食べない」という奇妙なストイシズム。
極限状態における、これが僕なりの誠意の形だった、ということにしておこう。
(2026.01.02)

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