自宅出産、事後の平穏と「新生命体」への違和感。そして消えた撮影記録

自宅出産から4時間弱。
つい先ほどまで戦場だった場所の、現在の様子だ。

いし(妻)は僕が作ったお雑煮を黙々と食べ、朝4時に叩き起こされたタケ(息子)はソファに座って恐竜図鑑を読んでいる。
驚くほど、平穏な時間だ。

しかし、リビングに敷かれた布団には、今日から我が家の一員となった「赤ちゃん」という物体が横たわっている。

赤ちゃんという未知の生命体が、この慣れ親しんだ空間に存在している。
その事実に、家族一同、猛烈な違和感を感じている。
まだ、全くしっくりきていない。

特に12月は僕の仕事が殺人的な忙しさで、名前を検討する余裕など皆無だった。
結果、産まれてからもこの新生命体は「赤ちゃん」という、極めて他人行儀な仮称で呼ばれ続けることになった。

自宅出産というのは、出産そのものも不思議な体験だったが、終わった後がまた奇妙だ。
いつもの日常生活が継続していながら、そこに当然のような顔をして新しい家族が混じっているのだから。

もちろん、出産直後の母体はボロボロだ。
しばらくは体の痛みや不調と向き合わねばならず、「日常生活だなんて冗談じゃない」と怒られても文句は言えない。
こればかりは男の僕が代わってあげることはできない。
せめてできることは、「お雑煮のお餅、もう一個食べる?」と声をかけることくらいだった。

ちなみに、写真左側には「事件現場」が写っている。
分娩の決定的瞬間を動画に収めるべく、ミニ三脚を立ててスマホを設置したテレビ台だ。

結果は既報の通り、無情にも「インカメかつタイムラプスで、ひたすら真っ暗なテレビ画面を映し続ける」という残念すぎる記録に終わった。

音声や画像を改めて見ると、テレビ台の前には三脚を立てるスペースなどほとんどない。
仮にスペースを確保したとしても、格闘中になにかのはずみで脚を蹴飛ばしていただろうし、低すぎて布団しか映っていなかった可能性も高い。

要するに、準備不足だったのだ。

今更ながら、いしにもっと綿密に分娩時のシミュレーションをお願いしておくべきだった。
陣痛が来たら誰がどこに陣取るのか、写真は撮っていいのか、動画はどの角度でどのように撮るのか。
赤ちゃんが出てくる瞬間のお股の撮影についても含め、いしと協議しておくべき事項は山ほどあったはずなのだが、後の祭りである。

(2026.01.02)

コメント

コメント一覧 (2件)

  •  文中の「お雑煮」がいつかの記事に出ていた・・・

     ブリの代わりに魚肉ソーセージを使った、言う、アレですか?

     元々、インパクト大でしたが、更に大きくなりました。

     もし、私が間違ってて、「お雑煮」はもっと前の記事でしたらごめんなさい。 

  • ばびぶべバサラさん>
    そうです、出産後一段落したところで、体力回復のために食べてもらったのが「魚肉ソーセージ入りお雑煮」です。一度、
    「高級魚肉ソーセージ」を買ってみたいものだなあ、と思いましたが、それは単なる蒲鉾ではないのか?ということに気が付きました。そう思えば、魚肉ソーセージって謎な存在ですね。

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