
世の中は常に時間との戦いだ。
かつて定時退社を至高の美徳とし、「短距離走の生産性」を自負していた僕でさえ、今や深夜におよぶ激務と24時間営業の育児ミッションに追われ、白目を剥きながら生きている。
そんな中、我が家にはもう一人、時間という概念を完全に超越した男がいる。
弊息子タケ、お前のことだぞ。
朝の着替え、ご飯、歯磨き、お出かけの準備。
そのすべてにおいて、彼の動きは遅い。
5歳児だからしかたがないのだけど、マルチタスクという概念が未実装なため、なにか一考に値しないような些細なことに気を取られると、その瞬間にすべての手がピタリと止まる。
そして、その脱線した世界線に夢中になり、本来やらなくちゃいけない本線の任務をすっかり置き去りにして宇宙の彼方へ旅立ってしまうのだ。
「早くしなさい!」と1日に50回くらい叫ぶのにも、いい加減疲れてきた。
もはや限界寸前である。
そもそも、言葉で「あと10分!」と言ったところで、数年前までこの世に存在すらしていなかったピチピチの幼児にとって、10分などという抽象的なデジタル単位は理解できっこない。
そこで我が家では「ピタゴラスイッチ1回分!」という、NHK Eテレ特有のローカル通貨に換算して彼を急かす作戦をとっていたのだが、これはこれで彼を混乱させてしまうようだった。
というのも、ミニコーナーが目まぐるしく続く「ピタゴラスイッチ」は、大人であっても全体の時間感覚が得られにくい構造だからだ。
しかも、隙あらば5分のショートバージョンである「ピタゴラスイッチ ミニ」が不意打ちのように編成に紛れ込んでくるため、幼児のタイムマネジメント基準としてはあまりにもボラティリティが高すぎる。
通用しない子供だましに早々に見切りをつけ、僕は現代文明の利器を頼ることにした。
ソニック(Sonic)の「時っ感タイマー トキ・サポ 時計プラス(ミントブルー LV-3521-MB)」である。
届いた。
爽やかなミントブルーの筐体が、生活感で満ち溢れた我が家のリビングにおいて、妙にまぶしく浮いている。
この製品の素晴らしいところは、タイマーをセットすると、時間の経過とともに「色がついた面積がじわじわと物理的に減っていく」点だ。
つまり、残された時間が時計の文字盤の上で、視覚的に一目で、かつ直感的にわかる仕組みになっている。
これなら、どれだけ時計の長針と短針の関係性が読めない幼児であっても、「あ、青いところがなくなっていく!ヤバい!」と、本能的な生存危機を覚えるに違いない。
無機質な数字が淡々とカウントダウンされていくデジタルタイマーなどより、よっぽど人間の原始的な感覚に訴えかける優れたデザインだ。
これで僕ら夫婦の朝の怒号は過去の遺物となり、タケは自発的にキビキビと動くスマート幼児へとトランスフォームするはずだ。
僕らは勝利を確信し、甘い未来予想図を描いていた。
さっそく実戦投入だ。
「タケ、この青いお山が全部なくなるまでに、歯磨きを終えて保育園にいく準備を終わらせるんだ。よーい、スタート!」
静かに、しかし確実に時を刻み始めるタイマー。
じわじわと削られていくミントブルーの面積。
「ほら、もう半分減ったぞ!」
「あと4分の1だ!まだか?まだ終わらないのか?」
・・・おかしい。
時間という目に見えない恐怖に戒められているはずのタケはといえば、1ミリも動じていない。
相変わらずのペースで、焦りが一切見られない。
むしろ、タイマーが可視化する圧倒的なカウントダウンの前に追い詰められ、ジリジリと焦り、今まで以上に語気がきつくなっているのは、購入者である僕の方だった。
ピピッ、ピピッ、と無情にもタイムアップを告げる電子音がリビングに虚しく鳴り響く。
大人が勝手に焦り狂い、子どもは平然といつもどおりという、完全に主客転倒した謎のタイマーと化していた。
購入初日にして、マシンの敗北である。
でも、これを毎日使っていれば、だんだん彼にも「あ、時間が消滅した」という感覚が芽生えてくるはずだ。
焦らず、長い目で見ていきたい。
だって、身銭を切って文明の利器を導入した親としては、もはやそう思わないとやっていられないのだから。
【余談】
この時計の存在を教えてくれたのは、保育園の担任の先生からだった。
聞けば、弊息子タケはお昼ご飯を猛烈な給食泥棒さながらの勢いで爆食する悪い癖があるらしく、それを戒めるために園でこのタイマーが使われているのだという。
その用途は我が家の作戦とは真逆で、「タイマーがゼロになるまでに食べ終わったらダメだからね?」という、ブレーキをかけさせるための目的だった。
我が家では行動が遅すぎるということで常に家宅捜索並みの怒号を浴びている彼なのに、なぜ保育園ではマッハの速度で行進しているのか。
内弁慶の逆張りなのか何なのか。
(2026.02.05)

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