一人焼肉の悲劇

ふと気まぐれで自宅で焼肉を焼いた。

電熱の「グリルなべ」をリビングの卓上にセットし、肉を焼く。

グリルなべで焼肉を焼いたら

グリルなべはAmazonで適当に買ったものなので、予想以上に小さい。口コミで「ちょうど良いサイズです」と「小さすぎる」という意見が拮抗していたので「?」と思ったのだが、案の定小さかった。まさに一人鍋用。一人鍋だって、かさが大きい葉物野菜を入れたら、あっという間にオーバーフローする。鍋の周囲がナイアガラの滝だ。

そんなちびっ子で焼肉を焼く。一人でマイペースに、気ままに食べるんだ。鍋ほど容量は必要ない。今まさに食べたい肉と野菜を、必要十分量焼ければいい。グリルなべ、いいじゃないか。

・・・と思ったのだが。

最初のうちはまだいい。肉が目の前でじうじう音を立てている様は、たとえ安い肉であっても贅沢感満点。一人で食べるからなおさらだ。ほらご覧、日常空間に非日常が割り込んできているよ、と静かに興奮。

しかしその後がいけなかった。肉を何口か食べたところで野菜を投入したのだが、この野菜ってえのが相当床面積を食う。カロリー低い分際で何を偉そうに、と思わず苛立つ。

で、その結果鉄板が見えなくなるまで肉と野菜を敷き詰めてしまうのだが、それらを反転させたあたりでわちゃわちゃになってしまう。最終的には、「単なる野菜炒め」に落ちぶれてしまうのだった。

焼肉だって、胃袋の中に収まってしまえば肉野菜炒めと一緒だ。しかし、少なくとも鉄板の上において、「焼肉(肉と野菜を分離して焼く)」と、「肉野菜炒め(肉と野菜がごちゃ混ぜ)」とでは格が全く違う。トンビと鷹を比較するようなものだ。

野菜炒めになってしまったグリル鍋を前に、とても残念な気持ちになった。

しかも、「冷蔵庫に残っていた野菜の在庫一掃セール」と称して、大根を入れちゃったものだからますます侘しくなった。大根、「1/4本くらいなら入れても問題ないだろう」と思ったのだけど、1/4本も入れたら焼肉業界では相当なインパクトだった。見た目もさることながら、胃袋に与える影響は甚大。あっという間におなかがずっしりしてしまった。こりゃダメだ、焼肉で大根はいかん。

上の写真を見て、「なんか色が悪いな」と気づいたかもしれない。正直言うと、この写真を撮影したのは翌日朝。そう、食べきれずに翌日まで取り残された肉と野菜たちだ。一人焼肉。あの肉もこの肉も食べたい、なんてやりだすと、とてもじゃないけど食べきれないのだった。

やっぱり、焼肉を一人で食べるのは難しい。「空しい」とかそういうんじゃなくて。

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