11月に、自宅でしいたけ栽培を行った。

かわいいしいたけが日々、涙ぐましく、少しずつ成長していく様を愛でる・・・つもりが、モリモリと育ちやがって、菌類というのは人知を超えた恐怖の対象でしかない、ということを思い知らされた。
僕は一度に大量に収穫されたしいたけに困惑し、恐れおののき、その全てをジップロックに詰め込んで冷凍保存にした。まるで、アキラの力を恐れた第三次世界大戦直後の日本人が、アキラを東京の地下深くに冷凍保存したかのように。
しかし、その恐怖から1カ月ちょっと。
おせわになっているカフェの忘年会に参加したのだけど、その際の参加条件が「一人一品、料理を持参してください。手作り料理に飢えていますので、手作り歓迎。」というものだった。これ幸いと、冷凍庫に100個近く保存されていたしいたけを使った。使い切った。
そのとき作ったのは、豆苗としいたけを味噌とみりんで炒めたものだった。
「このしいたけは、自分の家で栽培したんですよ」
というエピソードトークも添えて振る舞うと、忘年会に参加した方々やスタッフの皆さんは、みな一様に驚いてくれた。そして、「コイツ何者なんだ」感を強くもたれた。
なにしろ、そのカフェでの僕の存在というのは、「房総半島の方でいのししのワナを作ったりしかけたりしている人」だったり、「島原の野鍛冶から、包丁を買う人」みたいな断片的な変なイメージばかりついているからだ。
それはともかく、年が明けてからもカフェのスタッフさんから「あのしいたけ料理、おいしかったですよ」と社交辞令混じりとはいえ言われると、すごく気分が良かった。つい、「また作りますよ、菌床はまだあるので、もう一度か二度はしいたけ栽培ができる筈なんです」と気軽に答えてしまった。
しいたけの成長を見守る会第二回、開幕。
2019年01月06日 1日目
しいたけの菌床は、前回収穫後そのまま玄関先に転がしてあった。
マニュアルによると、収穫後2週間くらい休ませてから、菌床に十分水を吸わせてやるとまたしいたけが発育するのだという。
前日のうちに、バケツに汲んだ水に沈めておいて、浸水は済ませてある。
さあ、椎茸よ、今度はこちらの心の準備ができている。思う存分育つがいい。
2019年01月08日 3日目
しいたけは、一度発育を始めると猛烈なスピードだ。でも、いきなりヨーイドンでニョキニョキ生えるとも思えない。毎日写真を撮るのは大げさなので、1日あけて3日目の様子をパシャリ、と。
今のところ、なんの変化もない。
2019年01月10日 5日目
さすがに5日が経過しても、びくともしない状態に焦りを感じるようになってきた。
温度のせいだろうか?
しいたけは20度を下回る季節になると、発育するのだそうだ。だから、むしろ気温・室温が高いと育たない。その点では問題無いはずだ。仕事に行っている昼間、室温が低すぎる?いやそんな馬鹿な。しいたけの原木栽培をやっているところなんて、原木は野ざらしだぞ。
一点心当たりがあるとすれば、最近猛烈に乾燥している、ということだ。
毎日、菌床の表面が乾いてしまう。これでは良くないだろうから、朝晩1日2回、菌床に水をかけている有様だ。この乾燥が、育ちを悪くしている可能性はある。
で、霧吹きでやさしく水を補充してあげるなら問題ないのだろうけど、がさつな僕の場合、流しに菌床を持っていき、水道水でじゃばーっと水をかけている。もちろん直接菌床に水流が当たらないように、手の平で水をブロックしつつ「うまいことやってる」つもりだ。でも、ひょっとしたら菌床の表面に出てきた菌を、馬鹿みたいに1日2回洗い流してしまっている可能性は否定できない。
うーん、どうしよう。
2019年01月17日 12日目
数日間家を留守にすることがあったりして、しばらく間があいた。
「ちょっと見ない間に、すくすくとしいたけが!」
なんていう都合の良い話は全くなく、びくともしない菌床を眺める日々。これが癒やし効果にでもなればよいのだけど、菌床を見ても何一つ癒やしにならない。いらだちが募るばかりだ。
やめろやめろ、もう一度根本に立ち返るんだ。浸水からやり直しにしよう。
というわけで、前日から菌床をバケツの水に漬け込んであった。上には土鍋のおもしをして、まんべんなく菌床全部に水が浸かるようにしてある。これを24時間以上実施済み。乾燥に対抗するには、これしかない。
報道によると、実際に今年の乾燥はそうとうひどく、プロのしいたけ農家さんに被害が出ているという。ほら!やっぱり!極度の乾燥は、しいたけに悪いらしい。プロの農家さんでさえ困るのか。
僕がいくら素人とはいえ、言い訳にはならない。
なにしろ、カフェのスタッフさんたちに「大量に採れ過ぎちゃったしいたけを、苦笑しながらお裾分けする」という絵を頭の中に描ききってしまっているから。「大量に採れて困るんですよネ」なんて言う以前に、なめこサイズのきのこすら生えてこないぞ、おい。どうするんだよ。
2019年01月19日 14日目
浸水やり直し後も、しいたけが生えてくる気配がまったくなかった。
春の息吹どころか、しいたけの寝息さえ聞こえてきやしない。まいったな、また無駄に時間ばかりすぎていきそうだ。
空気の乾燥は相変わらずだ。加湿器をフル稼働させている家だけど、コントロール不可な強力な24時間換気機能のせいで湿度が上がらない。また菌床が乾いてきはじめた。
これはいかん、ということで、やむにやまれず菌床をジップロックの中に入れた。
これまで、大きな卵形のドームのようなフタの中に菌床を入れていた。このフタはメーカー純正品で、湿度をある程度キープしつつもしいたけの生育を鑑賞しやすい状態にするためのものだった。一方、ジップロックに菌床を入れると、これはもう・・・はっきり言って、生ゴミにしか見えない。
こんなのがリビングにあるのが悔しいけれど、育ってくれないとお話にならない。我慢して、ジップロック菌床で様子を見ることにした。少なくとも、これで乾燥はずいぶん防げるはずだ。
2019年01月22日 24日目
さすがジップロックだ。換気用の隙間を作っておいても、湿度がキープされている。
これなら・・・!と期待させてくれたのだけど、やはり変化が起きない。
ここまでに時間を掛けすぎてしまったのかもしれない。もう、完全にボタンの掛け違いの予感しかしない。
かといって、今更僕に何ができるという?
電子レンジで菌床をチンしてみるとか、軽く魚焼きグリルで炙ってみるとか、してみる?
やめろやめろ、菌虐待だ、それだと。
2019年02月04日 37日目
数日前から、「あ、これはもうダメだな」とうすうす気がついていたけど、まだ「ひょっとしたら」という気もしていた。というのは、ジップロックごしに、菌床が白くなっているのが見えたからだ。
しめた!菌が表面についてきた!
と一瞬思ったが、待て、それはしいたけ菌ではなくて単なるカビではないのか?と。
怖くて結果を見るのがイヤで、そのまま放置しておいた。しかし、このまま放置しっぱなしだとまるで我が家がゴミ屋敷じゃないか。それは困るので、おかでん45歳の誕生日、ハッピーバースデートゥーユー、ということでジップロックを開けて見ることにした。おめでとうおかでんくん、君への素敵なプレゼントだよ。
うわあ!嬉しいなあ。
ジップロックを開けて見て、思わず手が止まり、黙り込む。
ううむ、これは見たことがある光景。
なんだっけ。
・・・そうだ、カマンベールチーズだ。
うまそう!
違う違う、これは完璧な白カビだ。しいたけの菌床の筈なのに、白カビにのっとられてしまっていた。お前、なんてことすんねん。
しいたけ菌の出る幕がなかった、ということだ。
前回、「呆れるほど生えたしいたけ」の回では、白カビなんてまったく生えてこなかった。それを思い起こせば、今この状況が絶望的なまでに失敗であることがわかる。
というか、菌床そのものがもうダメじゃん、これだと。
すげえ誕生日プレゼントだな、おい。
しかもこの日、僕はA型インフルエンザにやられてしまっていて、医者から「周囲にうつしたら迷惑だから、1週間家にいろ」診断書が出たばかりだった。
自分の体内にはインフルエンザウィルスが蔓延。そしてしいたけ菌床には白カビが蔓延。
菌まみれのハッピーバースデー。
おめでとうおかでん。
もうしゃーない、まるで菌が増殖するように、今年1年僕にも福がたくさん増殖しますように。
そう思うことにして、菌床を台所の生ごみダストボックスに捨てた。
(2019.02.04)
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