編集後記2015年09月期

9月の更新記事について

屯田兵になった

全25話となった、北海道ハタケ遠足の二回目。前回第一回目が48話だったので、同じ一泊二日の旅行でも記事量は約半分に減ったことになる。8月の編集後記に書いたとおり、同行した人たちの個別エピソードを殆ど書かず、マメヒコに関してのあれやこれや紹介や考察も書かなかったからだ。単に、「観光気分半分でハタケ仕事をしにいきました。」という立ち位置で文章を書いた。

マメヒコがハタケを北海道で無農薬野菜をやっていること、そしてカフエの客にハタケ仕事を手伝ってもらっていることの意義や展望というのはいろいろあるのだが、そういうのをここで書いてもくどいのでばっさりやめた。また、僕が中途半端に書いて、本来井川さんが持っている熱い思いが劣化コピーとなってしまうことは避けたかった。なので、単なる観光旅行記としての文章にしてある。

時系列的には、すぐに第三回目のハタケ遠足の記事を書くべきなのだが、少し後回しにするつもりだ。ずっと北海道とハタケの話では、書くほうも読むほうも疲れる。

なお、2015年もハタケ遠足は行われたようだが、僕は一切参加していない。渋谷/三軒茶屋にあるマメヒコは職場からも自宅からも遠く、なかなか足を運ぶことができないからだ。時折イベントには参加しているのだが、結局ハタケ遠足に行きそびれてしまった。

マメヒコは矢継ぎ早にいろいろな企画を立ち上げる。それは刺激的である反面、一つ一つのイベントや井川さんがしゃべることそのものの相対的価値が下がっている気がしてとても惜しい。「今回でなくても、また今度でもいいかな・・・?」ということを移り気な客に思わせてしまったら、そのままずるずるとイベントに参加するタイミングを失ってしまう気がする。マメヒコに対する「飢餓感」がもっと欲しい。でもそれは自分勝手な消費者意見なんだとは理解しているが。

法事と登山と深夜バス

伯耆大山登山の話。登山がメインの話なのだけど、深夜バスと法事に挟まれていろいろ配慮したりすることを文章にしたかった。しかし、いざ書いてみるとぜんぜんそんな展開にはならず、やっぱり単なる登山話だった。喪服を着て登山とまではいかないまでも、せめて喪服をザックに詰めて登山、くらいになっていないと、記事タイトルどおりの内容にはならない。

サイト運営について

旧サイトからの移植は順調に進んでいる。一度にどかっとやろうとしないで、毎日少しずつやっていくつもりでいれば、日々の僕の余暇を圧迫しない。気長にやってこうと思う。たぶん完全移植終了は来年夏以降。

台湾、上海、台湾からの来客を日本でおもてなし・・・という記事が続くが、僕が未体験の場所や人とのあれこれ、というテーマはとても楽しい。今読み返しても、生き生きしているなと思う。最近は、歳を重ねた上に「非日常空間」に飛び出していないので、刺激の少ない文章が多いのは残念だ。とはいえ、さすがに今から外国!とか未体験のあれやこれや、というのに飛び込むのは自分を取り巻く環境としてむつかしいと思う。

ただし、9月に移植した過去記事(2009年頃のできごとを文章にしたもの)は、そのいずれもが何か強迫観念にとらわれているように見える。「こうあるべき」という枠組みをガチガチに作り、それにのっとって完璧にこなそうとする様子が強くうかがえる。息苦しさを覚えるほどのその「べき論」は、活動の原動力になったのは間違いないが、今考えると精神に随分負担をかけていたな、と思う。今では随分まろやかになったはずだ。

過去記事の移植は、当時では掲載しきれなかった写真を多数追加している。なので、見たことがない写真も結構ある。

その他

先月の編集後記で「俺の引越し2015」を記事にしようか思案中、と書いたが、何らかの形で書くことになると思う。ただし、内見した家の写真をあれこれ掲載するという形ではなく、総論といった形かもしれない。「書かない」方向に気持ちが傾きつつあったのだけど、いざ新居の契約をするにあたって、相変わらず不動産屋から理不尽な要求が立て続けにあったので気が変わった。そのあたりのモヤモヤを書ければ、と思っている。

あと、「激辛グルメ祭り/ガーリックパラダイス」には予定通り合計4回訪れたので、この記事もおいおい書いていくつもり。しかし、タイミングとしては相当先になりそうなので、先にFacebookで簡単な記事を書いている。

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