編集後記2026年04月期

おかでん近況:AIという名の「仕事増殖マシン」

とにかく、猛烈に多忙な一ヶ月だった。
あまりの余裕のなさに、ブログの更新も「絶滅危惧種」レベルまで落ち込んでいる。

ふと正気に戻ってカレンダーを数えてみれば、22時以降のいわゆる「深夜勤務」をやっていたのが、1か月のうち実に13日。
4月の営業日が21日だったことを考えれば、打率にして6割超え。もはや倒れるのが先か、会社が僕を使い潰すのが先か、というチキンレースの状態だ。

これまでは、弊息子タケから「お父さん、早く寝てね!」と可愛い注意を受けていた。
しかし、ついにその言葉は、「死なないでね」へと昇華された。4歳児に死生観を植え付ける父親。どう考えても情操教育に悪い。

さらに、親、兄弟、妻、子ども。僕を取り囲む全方位360度から「寝ろ」「死ぬぞ」「いい加減にしろ」と心配・・・というか呆れられ続けている有様だ。

僕だって、好き好んでこんなに働きたいわけではない。
よりによって、1年間の社会保険料が確定する「算定期間(4月~6月)」に、これほど猛然と働いてどうするのだ。未来の自分に高い保険料という名の「嫌がらせ」を贈っているに等しい。

昔は、「とっとと目の前の仕事を片付けて、浮いた時間でノンアルコールビールでも飲もう」という、健全かつ不純な動機で残業をしていた。
しかし今はどうだ。仕事が終われば次の仕事が、わんこそばのように無限に投入される。どうしてこうなった。

原因の一端は、仕事で使い始めた「M365 Copilot」にある。確かに業務はラクになった。
だが、ラクになった分だけ「AIを使えばあれもできる、これもできる」と、これまで見逃してきた面倒な業務が、クッキリと視界に入り始めたのだ。

「AIに素案を作らせればすぐ終わるだろ」と、いい顔をして問い合わせに対応していたら、気がつけばインドの会社宛に英語で、しかも難解な税務の内容を書き綴る羽目になっている。
AIという文明の利器を、僕は「自分の首を絞めるロープ」として使っているのかもしれない。

実のところ、僕がAIを使いこなすことで仕事のクオリティはけっこう上がった。
しかし、その上がったクオリティの半分以上は、あってもなくても困らない「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」の領域だ。
そんなに気合を入れなくても誰も文句は言わないはずなのに、AIが生成する「それっぽい資料」を前にすると、つい深追いしてしまう。

あいにく、我が社はこういう「手の込んだ無駄」が決して嫌いじゃない企業風土だ。
無駄に凝った資料を作っても褒められはしないが、たしなめられもしない。で、その結果僕の自由裁量ということで凝り性がいかんなく発揮され、僕の首をさらに絞める。

今、僕が最も気を病んでいるのは、間近に迫った上長との「業績目標設定面談」だ。
「昨年度一年間、そしてこの4月も、死ぬほど働きました。今年はペースを落とさせてください」
この要望を、どの程度の匙加減で伝えるべきか。僕はこういう腹の探り合いが苦手だ。
ネガティブ発言と取られて閑職に回されるのも怖いが、これまで通り「やる気」を見せれば、業務量は確実に右肩上がりだろう。
「有能さをアピールしつつも、仕事を減らす魔法のフレーズ」を、今まさにCopilotと相談しているところだ。
(AIに『働きたくない』と相談する50代というのも、なかなかにみっともない光景だが)

登山計画、絶賛頓挫中

これまでは、毎月1回は山へ行って基礎体力を練り、夏には日本百名山を登頂する一年を過ごしてきた。
しかし今年はまるっきりダメだ。

次男が産まれ、仕事は激増し、山へ行く暇などどこにもない。平日に椅子に根を生やした状態で、いきなり高所登山に挑むのは自殺行為だ。
2026年シーズンは、スタートラインに立つ前にピストルが鳴り終わった感がある。残念だ。

1年山を休めば、体は1年分、確実に老いる。それを残酷なまでに実感するのが、40代後半という年齢だ。
つくづく、子どもを授かるなら、もう少し若い頃にしておくべきだったと思う。

そんな悶々とした日々を過ごしているうちに、登山の定番雑誌「山と溪谷」に、僕がほんの少しだけ協力をした。

山と溪谷 2026年5月号

我々夫婦が愛してやまない「上高地」の特集号(2026年5月号)だ。これは嬉しい。

もしお手元にある奇特な方がいれば、隅から隅まで熟読してみてほしい。
「あっ、これか!」と気づく箇所があるかもしれない。が、それは「ウォーリーを探せ」よりも難易度が高く、そして見つけたところで特に何の得もない些細なことだ。

今月のBGM

以前も紹介しただろうか。

¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U(行松陽介)。

Boiler Roomのこの動画は1800万再生を突破し、今や世界的なDJとして君臨している。
(余談だが、Boiler RoomのDJは、なぜ背後にあんなに距離の近い観客を背負って平気なのだろう。僕なら背中が気になってミックスどころではない)

とにかく、「なんだこれ、凄まじいな」と溜息をつくしかない圧巻のパフォーマンス。動き、熱量、そして選曲。理屈を超えた「何か」がそこにはある。

コーチェラをはじめ、世界中の大舞台を熱狂させているが、やはりこの出世作とも言えるBoiler Roomのセットリストは、何度聴いても脳を心地よく麻痺させてくれる。

ただ、この手の音楽は魔力が強すぎる。
没入しすぎて仕事の集中力が明後日の方向へ飛んでいくことがあるので、ボリューム調整は命懸けだ。
深夜のデスクで耳障りにならないアンビエントな曲を流すこともある。

これも悪くはないのだが、午前3時すぎにこれを聴いていると、ふと
「僕は、一体何をやっているんだ?」
と、どす黒い怒りがこみ上げてくる。
長時間労働をサポートしてくれるはずの静かな旋律が、我に返った瞬間に「社畜の挽歌」に聞こえ始めるのだ。こうなるともう、憎らしくて聴いていられない。

やはり、今の僕にはエナジードリンク代わりに脳を叩き起こしてくれる、行松陽介の暴力的な熱量が必要だったというわけだ。

というわけで、4月は¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$Uと共に、なんとか生き延びた。
来月こそは、山かブログか、あるいは安眠のいずれかを手にしたいものだ。

(2026.05.01)

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