物欲という精神のバグ。富士フイルムからソニーへ電撃引越しした話(その8)

ソニーのカメラがやってきた。α7C II。

ソニーの場合、お馴染みの通称名とは別にメーカー独自の型番が厳格に存在していて、これが実にてんこ盛りにややこしい。型番は「ILCE-7CM2」というらしい。僕らの世代の感覚で言えば、ガンダムのことを「RX-78-2」とコードネームで呼びたくなる心理と似たようなものか。

レンズは、「FE 20-70mm F4 G」という、当初の予算を大幅にオーバーしたちょっとお高いものを選んだ。

「毒喰らわば皿まで」というのは僕の高校時代からの座右の銘だが、まさにそれを地で行く選択だ。高いカメラ本体を買って金銭感覚が麻痺したドサクサに紛れ、勢いで一緒にカートにぶち込んだ。

新しいマウントのカメラを買うということは、これまでの資産が使えない以上、レンズも新調せざるを得ないということを意味する。何らかの標準レンズを買わないことには始まらないわけだが、そこで最終的に選んだのがこれだった。もちろん、深夜にAIと幾度となく相談を重ねた末のチョイスだ。

お勧めレンズの選定までAIに丸投げして決めるだなんて、「人間として主体的に考えること」を完全に放棄しているかのように第三者の目には映るだろう。だけど、これまでの対話を通じて僕がカメラに何を望んでいるのか、どういうシチュエーションで我が子を切り取りたいのかを完全にインプットしているAIは、腕利きのソムリエのように「それだったらこちらが最適解です」とこの20-70mmの画角を教えてくれた。

もちろん、AIがもっともらしい嘘(ハルシネーション)を吐いたり、古い情報に基づいてピントのズレた提案をしてくるリスクは常に孕んでいる。何せ高額となる買い物だ、裏取りの検証作業は欠かせなかった。それでも、「どうしようかな?」と五里霧中で困っているこちらのモヤモヤした思いを、具体的なスペックへと落とし込んで言語化してくれるAIは、僕にとっては大いに助かった。

あえてお高いズームレンズ1本でシステムを完結させたのは、今回の出費で財布が相当ヒリヒリしたせいで「ここから先、絶対にレンズ沼にははまらないようにしよう」という僕なりの強い自戒の念があるからだ。これ1本さえあれば、日々の日常生活から週末の旅行、さらにはポートレートの撮影まで一通りを最高画質でこなせるだけの画角と性能が揃っている。もうこれで大満足だ、と自分に強く言い聞かせている。


今回、ボディの四隅の傷が多いという理由だけで、買取査定をバッサリ断られた苦い経緯がある。そのため、僕はカメラの「傷」という要素に対して、現在進行形で激しくビビり散らしている。

この新しいシステムをこれから何年使うのか、将来的に下取りに出すのかそれとも壊れるまで使い倒すのかはまったくの未定だが、安易に傷をつけることは避けたい。査定の窓口に持っていって、再び却下される辱めはもう真っ平御免だ。いつかフリマアプリに出品するにしても、タイトルには堂々と「【美品】」の4文字を冠したいではないか。

そんなわけで、僕が過剰防衛の対策1として真っ先にやったのが、レンズフードを純正品からサードパーティー製の安価なものに付け替えたことだ。もう、ソニー純正のフードは一回も使わず、箱に仕舞い込んでクローゼットの奥に片づけておく。

レンズフードの傷くらい別にいいじゃないか、と冷静になれば思うが、それくらい「傷は絶対に嫌だ!」という過剰反応が、機材が届いた瞬間の僕の脳内には渦巻いていたということだ。

あと、カメラ本体の四隅の塗装が剥げてしまう問題については、対策2としてテープを貼ることにした。黒いテープ。

カメラの傷を理由に査定をお断りされたことにがっかりした僕は、「じゃあ世の中のプロやマニアたちは一体どういう傷対策をしているんだ?」と不思議に思い、ネットの海を調べてみた。すると、世の中には「パーマセルテープ」という写真業界独特の養生テープが存在し、それをカメラの角に貼って保護する運用があることを知った。

僕は未だにその実物を触ったことがないのだが、要するにシュッとしたマスキングテープの高級版らしい。手で簡単にちぎれ、貼ったあとは適度な粘着性を維持するので剥がすことも簡単。ただし、値段を見るとただのテープのくせにびっくりするくらい高い。

えっ、それだったら普通のマスキングテープで十分代用できるじゃないか、数百円で買えるし、と僕は思ったのだが、どうやら安易に市販のマスキングテープをカメラ本体に貼るのはやめておいたほうが良いらしい。使用中にそれなりの熱を帯びるのがカメラなので、その熱によってテープの糊がドロドロに溶けてしまい、剥がすときにボディがベタベタになってしまうおそれがあるという。それは本末転倒で非常に困る。

さすがに養生のためだけに本家のパーマセルテープを買うのは割に合わないな、他に代えになるものはないか、としつこく調べてみたら、日本のマスキングテープ会社の大手であるカモ井加工紙が「mt photo」という、スタジオ撮影向けの似たような遮光・養生用テープを出していた。これなら値段も手頃だし、日本の技術だから糊残りの心配も少ない。こっちに決めた。

よくよく考えてみれば、ちょうど半月前、カモ井の本社工場がある倉敷を訪れ、わざわざマスキングテープ専門店に立ち寄って「mt」シリーズを物色していたのだけれど、まさかこんなプロ向けの硬派なラインナップがあるとは知らなかった。というか、観光客で溢れ返るお店だとこんなマットなブラックは扱っていないのだろう。一体誰が買うんだ、艶消しの黒。いや、今の僕なら買う。もうAmazonで買っちゃったけど。

せっかくソニーのデザインチームがシュッとしたスマートな外観に仕上げてくれたカメラなのに、四隅やら底面やらあちこちを黒テープで保護するだなんて、貧乏臭くて相当カッコ悪いだろうな、と当初は思っていた。なので、見栄えを気にしてできるだけ細く、できるだけ小さく目立たないように最初は恐る恐る貼ってみた。

しかしいざ貼ってみると、びっくりするくらいこのマットなブラックのテープは、カメラ本体のマグネシウム合金の質感と綺麗に馴染んだ。光の反射が極めて少ない黒のため、地味でまったく目立たない。これだったら、今後汚れたりこすれたりすることが確実な登山に行くときは、全体にベタベターッと貼って防護壁にしても良いくらいだ。

これは実に良い買い物をした。糊が定着しすぎる前に定期的に張り替えないといけないらしいが、面倒がらずにせっせと貼っていこうと思う。なにしろ、このmt photoを1本買ってしまえば、「カメラの傷防止」程度の用途なら一生分くらいの量があるのだから。

なお、カメラ本体とレンズ、両方のシリアルナンバーが印刷されている箇所を、最優先で黒テープで保護したのは言うまでもない。ここが擦れて消失してしまったら、その瞬間にプロから「価値ゼロ」と査定をお断りされる恐怖を、僕は新宿で十分に学んだからだ。

僕が新しい機材の電源を入れ、本格的にカメラを触り始めたのは、レンズやら本体やら液晶画面やら、あらゆる箇所の傷防止対策を完璧に済ませてからのことだった。
新しいおもちゃを手にしてワクワクしながら触る、というより、どちらかというと「これから覚えなくちゃいけない独自の機能が山ほどあるなぁ、大変だなあ」という、会社の新しい業務システムを導入されたときのような億劫な気持ちの方が強かった。

なにせ、現代の僕らの手元には「スマホ」という、軽くて、ボタン一つで失敗の少ない綺麗な写真が自動で撮れる最強のカメラがすでにあるのだ。わざわざそれなりの重量があるデカブツを構えるということは、それだけで面倒な手続きを伴う。

大昔にRX100というソニーのコンデジを使っていた時期があるので、ソニーの絵作りがどういう方向性を志向しているのかはなんとなく肌感覚でわかっていた。輪郭をビシッと線でシャープに描き、クッキリはっきり写し出す。ただ、悪く言えばどことなく固くて白っぽい絵になる印象だ。富士フイルムが「若干ぼんやり、だけど肌色が瑞々しく、木々の緑や空の青が綺麗に発色する」という情緒的なアプローチなのと、完全に方向性が違う。

他社マウントへ宗旨替えしたソニーのカメラで、一体どこまであの「富士フイルム風の写り」を再現できるか、というのが当面の僕の最大の関心事だった。

これもまた、AIと二人三脚での泥臭いパラメータ調整となった。実際にリビングでテスト撮影をしてみて、「んー? どうして我が子の顔がこんなに暗くなる?」「色が妙に嘘くさくておかしいのはなぜだ?」と感じるたびに、その写真データをそのままAIに渡し、EXIF情報をもとに解析してもらった。すると奴は、床に白いジョイントマットが敷き詰められているのでカメラの露出計がそっちの明るさに引っ張られてアンダーになったんだ、とか、子どもの背景に写り込んでいる家具の色のせいだ、とか、あれこれ撮影環境の要因を教えてくれた。そしてそれを是正するためのカメラ側の設定方法も、ピンポイントで解説してくれた。

ただし、AIが指示してくる「設定画面の、○○の配下にある○○というメニューを開き、機能をONにして・・・」というナビゲーションは、言っているロジックは正しくても、大抵の場合実際のメニューの階層構成が間違っていた。おそらく、AIが学習した時点の古いファームウェアに基づいた情報なのだろう。ソニーのメニュー画面の複雑さは、富士とは違う体型なのでちょっと覚えにくかった。

しょうがないので、僕は自分のカメラの設定メニュー画面をスマホで片っ端から写真に撮り、そのすべての画像をAIに与えてから「1枚目の写真の画面を見てくれ。僕の撮影スタイルにおいて、この項目で設定を変更しておくべきことはあるか?」などと泥臭く聞き、一つずつマニュアルで設定を書き換えていった。

また、少しでも富士の「記憶色」に近づけるために、クリエイティブルックのパラメータをいじり、ホワイトバランスをややアンバー(琥珀色)寄りに固定するカスタマイズを施してみた。しかし、日中の屋外の光のなかでは比較的うまく人物が撮れても、家に帰って電球色の照明だらけの我が家でシャッターを切ると、今度は人が全員赤ら顔になってしまった。

やっぱり、さすが富士フイルムだと思う。単に一律な設定をタレ流しているのではなく、状況に応じて「人間の肌が綺麗に見える秘伝のタレ」の配合を、カメラが裏でリアルタイムに微調整しているっぽい。その職人芸をソニーの「見たまんまを記録します!」という硬質なセンサーで真似るのは、そう簡単なことではなかった。

その他にも、新システムに切り替わってからというもの、とっさに操作すべきダイヤルやボタンの役割を覚えることが多すぎた。最終的に、作業部屋の壁に「α7Cii 撮影設定マスターカンペ」なる紙を張り出したくらいだ。このカンペはAIに作らせたもので、「僕が現場でパニックを起こさないよう、覚えておくべき最低限のショートカットをA4用紙1枚に集約してくれ」と指示したものだ。

さらに、カスタムボタンに割り当てた各種機能も、僕の脳味噌では到底覚えられそうにないので、ボタン配置の解説図もカンペにさせた。

パソコンデスクのそばに置いて、撮影に出かける前にときどきチラチラと眺めている。7年間身体の一部として使い慣れていたカメラから、全く異なるメーカーの哲学で作られた機械に切り替えたのだから、慣れるまでにはそれなりの難儀を伴う。

「シャッターボタンを押せば光が記録される」というカメラの基本中の基本は全メーカー共通だからそこは問題ないのだけど、たとえばオートフォーカス一つとってもソニーだとトラッキングだの瞳認識だのいくつも賢い機能がありすぎて、果たして目の前の我が子に対してどれを選ぶのが最速なのか、いちいち悩むことになる。しばらくこの手の試行錯誤は続きそうだ。


というわけで、一連のドタバタしたカメラ買い替え劇は、いったんこれにて終わりとなった。クレジットカードの支払いが後日ドカーンとやってくる現実を除けば。

ネットの口コミを調べることからはじまって、AIと深夜まで相談を重ね、そして買い替えたあともこうしてAIに教えを乞うている状況だ。最近の僕は、仕事と二人の子育てが完全に多忙を極めており、もしこの手軽な相談相手がいなければ、途中で面倒になって買い替えそのものを諦めていたかもしれない。そういう意味では、「AI時代の買い物」を地で行く、実に新しい体験だったと思う。

ただ、ふと我に返る。本来ならこういう趣味の機材の刷新というのは、身近にいるカメラに詳しい知人に相談し、ときには居酒屋でメシでも食べながら「ソニーのAFはヤバいぞ」「いや富士の色の魔力は捨てがたい」などとあーだこーだ話を咲かせていたはずだ。人間を介さず、画面の向こうの無機質な計算機とだけ相談を繰り返し、それですべてを納得してわかった気になっているというのは、人類のコミュニケーションの形として、あるいは僕の人生の歩み方として、なんだか少し寂しい終わりに向かっているのではないか、という奇妙な焦燥感も少しだけ首をもたげる。

そもそも、ネットを開けばプロやAIが作った美麗な写真がタダで無限に溢れ返っているこの2026年において、なぜわざわざ数十万円もの大金を使ってまで、自分で重たいカメラを持って写真を撮る必要があるのか?という、そもそもの根本的な問いに行き着いてしまう。

今の僕は、二人の幼い子供を抱える父親だからこそ、写真撮影という行為は我が家の歴史のインフラとして「無二の意味」を持っている。だけど、いずれ子どもたちが大きくなって巣立ち、AIがさらに想像もつかない次元へと発達している未来、僕は一体何を被写体にしてシャッターを切っているのだろうか。そんなことを、全身黒テープ仕様の静かなカメラを手にしながら、ふと考えてしまう。

まあ、未来の不確定な心配をしたところで今は始まらない。
まずは来週、弊息子タケの保育園最後の運動会だ。
新調したレンズの画角のなかに、今しか撮れない我が子の姿を、ただただクリアに収めていくこと。
フィジカルなことはまだAIにはできない。よーしパパ頑張っちゃうぞー。

(この項おわり)