仙龍

『ネギラーメン』
(埼玉県所沢市)

所沢に、美貌なネギラーメンを供する店があると聞いた。長ネギ3本分がまるまる入ったラーメンだという。

食べた人は「あれほどまでにネギが辛いものであるとは思わなかった」「食べ終わってからも数時間は体中がネギくさかった」と真顔で証言する。みな、一様に驚きを隠しきれない様子だ。そして、食べきれずに途中でギブした人も多いという。

大盛りメニューボリューム勝負にチャレンジして玉砕、という話はよく聞くが、その報告をする人は大抵興奮しながら誇張気味に語るものだ。しかし、このネギラーメンを食した人だけは、神妙な顔つきをする。「こんなはずじゃなかった」感がありありなのだ。ネギという非常に日本人の食生活になじみのある食材だが、一度に三本分も食べる経験なんて日常生活ではあり得ない。この「油断」が、チャレンジした人を素直にさせてしまうのだろう。

そういえば、食品スーパーで売られているネギって、大抵3本で1束にされて売られている。なるほど、あれが全部ラーメンの上に乗っているというわけか。頭では、「ボリューム感」を把握できたものの、それがどんぶりの上に盛られている状況というのはどうやっても理解できなかった。そもそも、「3本1束」で売られているということは、それが「一家四人で鍋料理なんぞ作って食べるにはちょうどよい量」という事なんだろう。それを一度に食べようというのだ、想像できなくて当然だ。

美貌の盛り、というのは夜空の星のごとく巷に存在すると思う。しかし、その盛りが想像できないというのは、なかなかありそうで無いのではないか。そして、ネギラーメン経験者が見せるあの興味深い反応。激しく興味がそそられる。これは行くしかあるまい。

場所は所沢にある。関越自動車道所沢IC入り口すぐ側、ということはネット地図検索で調べて判明した。はて、あの道はよく利用するのだが、あんなところにラーメン屋なんてあったっけ。物流倉庫があるくらいじゃないか?

首をひねる。ラーメン屋、しかも行列ができるラーメン屋なんてありそうなシチュエーションではない。わからない事づくしだ。

一人で出かけて、現地で途方に暮れるのはいやなので、証言者としてアワレみ隊OnTheBBS常連のだておー氏(所沢在住)に同行してもらうことにした。

集合時間は、朝4時15分。行列ができるお店だというので、閉店時間である朝5時直前に行く事にした。これだったら、「早寝・早起きして朝食代わりにネギラーメン」というすてきなサンデーモーニングを迎えられそうだ。なんとなく体に悪そうだが。つきあわされただておーはとんだとばっちりだったが、「いいッスよ、どうせ朝までドラクエやってますから」と意に介していない模様なので、まあ問題ないだろう。

仙龍外観。

赤提灯がバイパスの路傍に見えるので気づく朝4時10分、あいにくの雨、現地到着。あっ、疑心暗鬼で目指す住所に向かったら、そこには鈍く光る「ラーメン」の赤ちょうちんが。ラーメン屋、本当にあったぞ。

ネギラーメンという怖いもの見たさのため?行列ができる店だという事だが、さすがにこの時間だと客の気配がない。作戦大成功って事でいいね?

このお店、近づいてみると限りなく屋台に近い。掘っ建て小屋、といった感じだ。ええと、入り口はどこだろう。

二人して、うろうろしてしまった。明かりが建物の裏側に見えたので、そちら側に回り込んでみたら・・・おっとっと、ここは厨房だ。どう見ても入り口じゃないぞ。

店の入口・・・だよね、これって。

・・・ということは、この怪しいドアが入り口ということなのか。近づいてみたら、確かにノブの上に「出入口」と書いてある。いや、出入り口、と高らかに宣言されても、これはお客さんの入り口ですかそれとも倉庫の入り口デスカ?

「入り口、ここしかないよな」

「ここしかないッスよ、入り口らしきものは」

そんな不安げな会話をしながら、とりあえずノブをひねってみる。お、開くぞ。

仙龍店内。

屋台的雰囲気開くぞ、も何も、お店なので当然なのだが、正直不安な気分にさせられた。開けた先にモップやバケツがおいてあったとしても、何ら不思議じゃなかった。しかし、中はちゃんとラーメン屋の客席になっていた。なるほど、こういう作りだったのか。

床がぬれている。よく見ると、アスファルトだ。屋台っぽい作りだとは思ったが、床が本当にない。地べたじゃん、これ。アスファルトの上って事は、ひょっとしてこの建物は移動式で、夜の間だけウィーンと歩道のほうにせり出してくる仕組みなのかと思ったが、そういう機能は有していない模様。ざっくばらんな感じが、「穴場のラーメン屋に潜入!」感を醸し出していて、わくわくさせられる。

店内にはメニューが張り出されていた。メニューは、ラーメン、ネギラーメン、ホルモンラーメン、チャーシウメンの4種類。これに、トッピングの玉子、そしてお酒とビール。おや、食べたらすぐに帰れ、っていう素っ気ない作りなのだけど、お酒も取り扱っているのだな。でも、こんな周りに何も無いバイパス脇の店で、アルコール飲む人居るんだろうか?飲酒運転にならんか、それ。

私はネギラーメンを注文。同行しただておーはホルモンラーメンをオーダーしたが、すでに品切れということで断念、チャーシウメンになっていた。

「すいませーん、私ネギラーメンで」とオーダーしたら、ご主人は「うむ」と頷き、おもむろになにやらゴソゴソと長いものを取り出した。あっ、ネギだ!いきなり本日のメインイベントを登場させやがりますか。座っていた席は厨房から背を向けるポジションだったが、もうこの段階で体ねじりまくり。曲がってはいけない角度まで背骨をねじりながら、背後で行われているネギ三昧ショーを観覧した。

確かに、手にしているネギは3本だ。さてはアレがオレのソレにサレるのか、と思った瞬間、何の溜も何もなく、壁際にあったマシンにネギがつっこまれた。

がるるるるる。

あっという間に、ご主人が手にしていたネギは小さくなり、下からこんもりとした白髪ネギが出てきた。ああ、おいたわしゅうございます、そんな姿になるなんて。肝心の量だが、多いんだか少ないんだか、いまいちよくわからない。「結構あるな」というくらいだが、どんぶりに盛られたらどういうゲレンデを作り上げてくれるか想像はつかない。

ネギラーメン

待つことしばし、ネギラーメン800円が到着した。

なるほど、これがネギラーメンか。ラーメン二郎のドカ盛りを見慣れているので、ぱっと見のボリューム感はあまり感じられない。しかし、二郎はキャベツとモヤシで構成されている盛りだ。今回は、当たり前の話だが、盛られているのはネギだ。もう、ネギしかない。ネギだけでこの盛りはよくよく考えると凄い。

凄いっつーか、やりすぎだ。

地味な見てくれだが、実は強烈なラーメンということは、食べる前からはっきりとわかった。なるほど、数多くの人がこの地味な見てくれにだまされたのだろう。そして、一口食べて現実を知る、というわけか。道理で神妙な顔をするわけだ。

ネギラーメン横から見た図

横から見た図。たぶん、体積でいったら麺よりもネギの方が大きいぞ。

「私ね、面食いじゃないのよ。外観よりも中身重視でね。だから、味わってみないと何とも。面食いじゃないけど、これから麺を食うんだけどねアハハ」

午前4時ならではのギャグが飛ぶ。徹夜麻雀のテンションと一緒だ。つまらんことを言っても、妙にうける。

食べてみる。ぬぅ、ネギだ。ネギが持つ、辛さ、苦さ、青臭さが一度に口の中に広がり、そして鼻に抜ける。こんなにネギって辛い食べ物だっけ・・・と、自分の過去の食生活を思わず振り返る。そういえば、ネギって生で食べることほとんどなかったよなあ・・・せいぜい、蕎麦なんかの薬味で、うすーく輪切りにしたものをいただく程度だよなあ・・・とぼんやりと思い出した。

あれれ。あんな薄切りのネギでも、十分に薬味になり得るのが、ネギだっけ。ってぇことは、これだけの量があるって事は。薬味のおまけでラーメン食べるようなものではないか。

ネギってこんな味だったんですね、ということを、今まで生きてきた人生30年分、思いっきり体験させていただきました。そうか、「ネギ=煮込んで、あまーくておいしい」という認識はごくごく現実の一部しか直視していなかったんだ。生で食べると、タマネギによく似た味であることがよくわかる。ま、そりゃそうだ、タマネギもネギも同じ種類の植物だ。

ネギは湯通しされていないため、非常に冷たい。体が冷えるので、スープに沈めながら食べてみたのだが、そうするとスープまでぬるくなってきてしまった。圧倒的なネギ軍の物量作戦の前に、暖かいスープも立場がない。しかも、ネギ軍はスープの温度を奪ってあらかた敵火器の無力化を達成できたと思ったら、ランバラルのように白兵戦を挑んできた。すなわち、スープのすみずみまで、ネギの辛さが走り回る。

めくるめくネギワールド。

こうして、ネギ軍は太陽系第三惑星地球内ラーメン丼において、並み居る競合を排除し、ネギの、ネギによる、ネギのための帝国を樹立してしまった。これぞ、「ネギラーメン」の名にふさわしい。

食べているうちに、鼻の通りがよくなってきた。鼻炎の人にはお勧めだ、鼻の粘膜に、薄めたメンソレータムを塗りたくった感じ。食べているうちに、味覚も嗅覚も馬鹿になってきた。人の五感を奪う食材は、山椒や山葵などあるが、それに匹敵する暴力的な食材が、こんな身近に存在していたなんて。

こういう刺激物の食べ物は大好きなので、「途中で我慢できずにギブ」ということもなく、最後までおいしく食べることができた。しかし、これは一般人からすると「げてもの」に近い食べ物といえる。罰ゲームにもなるくらいだ(お店に迷惑がかかるから、罰ゲームとして使ったら駄目だぞ)。

チャーシウメン

参考までに、こちらはチャーシウメン1000円。さすがにお札1枚分要求するだけあって、チャーシューいっぱいでござんした。しかしこれも盛りすぎ。このお店は、ネギにしろチャーシューにしろ、盛らずにはおれんらしい。おっと、ここにも薬味とか色味としては多すぎるネギが。

4時40分頃、お店を後にした。その時点は、夜のお仕事を終えたらしい作業員のおっちゃんたちがどやどやとやってきて、お酒とネギラーメンを注文していた。しかし、その際に「ネギラーメン、ネギ少な目で」というなかなか面白いオーダーをしていた。ありそうで無いぞ、こんなオーダー。

この後、数時間くらいは変な汗が額に浮かびっぱなしだった。体が火照るような、そうでないような非常に中途半端な状況。そして、その間ずっと、息がネギ臭かった。いや、息だけじゃない、体中の汗腺からネギのにおいが。これはなかなか強烈な体験だった。

仙龍のネギラーメン。見た目は特に目立つものではないが、その盛りが持つ潜在的な破壊力は、十分美しかった。暴力的すぎるが、その五感に訴えかける力は他にはなかなか見られない。最近、平凡な毎日を送っている貴方。「平凡」だとあきらめないで、もっと毎日を楽しもう。きっと、このネギラーメンのように、平凡の裏には、爆発的なパワーが潜んでいるに違いないから。

※後注:この後お店は晴れて?お引っ越しし、浦和-所沢バイパス沿いの「怪しいお店」はなくなりました。

(2004.12.04)

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