コタン

『唐揚げ定食大盛』
(東京都青梅市)

東京は青梅に、華麗なる唐揚げがあると耳にした。ふつうのラーメン屋だというが、唐揚げ定食があってめっぽう盛りっぷりが美しいという。唐揚げが豪快な盛り、というのはあまり聞いたことがないが、パーティー用オードブルのように積み上げられているのだろうか。また、ここでは「大盛り」と注文すると、ご飯の量も素晴らしくなるという。唐揚げ、ご飯の大盛り。ラーメン屋ではないような感じだ。肝心のラーメンの盛りっぷりについては、特に情報が得られなかった。大盛りマニアの間では、このお店は「唐揚げ定食大盛りの店」として認識されており、それ以外の料理は眼中にないらしい。

かくいう私もその一人だ。

青梅に行くとなると、高速道路を使って片道2000円近く。たかだか唐揚げ定食を食べようと言うのに、非常に馬鹿らしい出費だ。片道2000円があるんだったら、ご飯てんこ盛りを食べなくってもいいだろうに。ちょっとリッチなディナーとしゃれこんだっていい、誰か後輩を誘って、ご馳走してあげるんだっていい。

でも、そういう事を敢えてやるのが、楽しい。ただ、誰か同行してくれる人がいればなお良いのだが・・・。さすがに一人でやってると、非常に間抜けな気持ちになるときがある。「近所の美貌の盛りの店」をご紹介してくださる方がいらっしゃいましたら、ぜひご一緒に食べに行きましょう。連絡先は アワレみ隊BBSまで。

さてPR終了。これから本題。

コタン外観。

普通の中華料理屋さんの風情高速道経由で1時間半以上。「思いつきでちょっと夕食を食べに来ました」にしては遠すぎる距離を走破の上、到着したお店は「えっ、これがあのうわさのお店か?」という構えだった。ごく普通の町中にあるラーメン屋さんだ。行列ができるタイプのお店ではなくって、地元の学生や単身赴任のサラリーマンがふらりと訪れるようなお店。こんなところが、有名になるとは・・・。唐揚げ定食大盛り、恐るべしだ。もっと言うと、インターネット時代というのはこういう町中の穴場店舗も、知名度が高くなるという証拠だ。インターネット、恐るべし。

いろんな事におそれをなしつつ、道路を挟んで真向かいにある駐車場に車を停車。大きく息を吐き、胃袋の空っぽ状況を確認し店に入った。

店の中では、ビールと清酒で一人いい気分になっているオッチャンがいた。思った通りざっくばらんとした雰囲気の店だ。メニューを見たが、特になにやら怪しい料理は無いようだ。

「唐揚げ定食、大盛りで」

と注文したら、すんなりオーダーが通った。小さな炊飯器しかないので、誰か先に来たお客さんが大盛りを注文してしまうと、ご飯不足になってしまうということを聞いたことがある。だから、大盛りを注文しても断られる事があるらしい。今回は幸い、ラッキーだった。

オーダーが入ってから、厨房のおばさんは揚げ油が入ったポットを火にかけ、暖め始めた。いつもいつもオーダーがあるわけではないので、普段は火を止めているのだろう。しばらく待つ事になりそうだ。

その間に、おばさんは冷蔵庫からビニール袋を取り出した。下ごしらえした鶏肉で、結構な量がある。何日分のストックか知らないが、やはり唐揚げ定食は人気メニューという事なのだろうか。

しばらくして、油温があがってきたので、ビニール袋から次々と油の中に肉が投入されていった。どぶん。・・・どぶん。結構一切れ一切れが大きい。「オードブルやスーパーのお総菜で見かける唐揚げ」のサイズの2倍はあるだろうか。それを、おばさんは一つ一つ、慎重に、油の状況を見極めるかのごとく真剣な面もちで投入していく。

どぶん。・・・どぶん。

まだ入れるか。いや、入れる数そのものはたかがしれているのだが、一切れ一切れが大きいので見ていて圧倒される。なんだか、あれが胃袋に入るのかと思うとちょっと息苦しい。また、一切れ一切れを投入するのに間隔が開いているので、「あ、まだ入れるの?おや、もう一切れ?」と、気になって仕方がない。

見ると、家庭用サイズでそれほど大きくない揚げ物用鍋は肉だらけになってしまっていた。ぎゅうぎゅう詰めだ。しかし、おばさん、それをしばらく遠目で「んー?」と眺めていて、もう一切れくらいは入ると判断したらしい。だめ押しでもう一切れ、ぐいと押し込んだ。まだ入れやがりますか鶏肉を。

まず、この時点ですでにおなかいっぱいになりそうな光景だった。息苦しくなる存在感。唐揚げは私の好物ベスト10に入るものだが、さすがにこれは、ちょっと。ビール飲みながらだったらいいかもしれないが、ご飯をお供に唐揚げだけ食いまくれ、と言われてもちょっと味に飽きそうだ。すいません、ご飯大盛りは却下で、その代わりビール大盛りいただけませんか。

しかし、こういう時、車で訪れているのが悲しい。おとなしくゴハン食べることにします。

「これだ!」とばかりに鶏肉を鍋に詰め込んだおばさんは、その後ほとんど肉に手を出すことなく、ぎゅっと鍋をにらみ付ける事で料理の仕上がりを見極めていた。

その間に、隣でお酒をかっくらっていたオッチャンが「ラーメン作ってくれるかな?」とおばさんにオーダーを出していた。すると、おばさんは「麺少な目でもいいですよね?うちの麺、量が多いですから」と言っていた。このお店、実は唐揚げ定食に限らず、すべてのメニューが豪快な盛りらしい。オッチャンとの会話を聞いてみると、どうやらノーマルなラーメンは麺が2玉入っているらしい。さらにこれを大盛りにすると、4玉くらいになるという事か。

後からやってきたお客さんもラーメンを注文していたが、そのお客さんにもおばさん、「麺少な目でいいですね?」と聞いていた。それだったら最初から量少な目を標準メニューにすればいいのに、と思うが、最初から問答無用に量が多いというのはやっぱりすてきだ。

オッチャンのラーメンは、すり鉢みたいな丼に盛られて出てきた。なかなか圧倒的だ。さて、肝心の私の唐揚げ定食はどうなるかなと。

・・・遠巻きに眺めていたら、どうやら仕上がったらしい。まず、お皿にキャベツの千切りを盛る。おい、お皿がキャベツでいっぱいになってしまったぞ。それはキャベツ専用皿か?・・・いや、その上に、仕上がった唐揚げを盛りつけ始めた。重力に抗うべく、キャベツと唐揚げが紡ぎ出す摩擦抵抗が精いっぱいの抵抗をする。しかし、そうはいっても地球の重力は偉大だ。ほらー、ごろごろと転がり落ちた。何度か再挑戦しながら、6切れの唐揚げが積み上がった。

唐揚げ定食大盛り

到着、唐揚げ定食大盛り。

定食というのは「お盆」という縦と横の二次元の世界で構成されているかと思っていたが、このお店だと三次元だ。なんだ、これは。

子供の頃、おままごとをやったことがある。そのときでも、こんな盛り方はしなかった。子供なりに、「ご飯の盛りとはこういうものだ」という一般常識を身につけていたのだろう。しかし、この盛りはどうだ。呆れて言葉が出ない。

いや、そりゃそうだ、一人でお店を訪れているんだから、独り言をぶつぶつしゃべっていたら、それはそれで気持ち悪いお客だ。

茶々は兎も角、もう少しお盆の上に展開される風景に圧倒されよう。

いや、まさに「圧倒」なんである。これは、はっきりいって美貌ではない。美しくないし、暴力的だ。ご飯は、ぎゅうぎゅうに押しこんでいるので、まるでおむすびのようになっている。これは、三合くらいあるだろうか。ご飯が盛りきれず、溢れた米粒がお盆の上に転がっている。無念そうだ。ご飯はお百姓さんが作っているんだから大切にしなさい、という言葉は少なくともこのお盆の上では通用していない。

豪快なご飯の盛りの事を、「まんが日本むかしばなしみたいな盛り」と形容することはよくあるが、そのまんが日本むかしばなしでもここまでむちゃな盛りはしない。これだったら、もっと大きな丼にすりゃいいのに、と思う。しかし、お盆サイズの制約上、これ以上は無理なのだろう。

いや、そんな事よりも、このお店は確信犯的にご飯を高く盛りつけている可能性が高い。敢えて、大きな丼にしないで、その代わりうずたかく積み上げる。ビジュアル的に魅せよう、という腹づもりだろう。唐揚げの積み上げが、大量のキャベツ千切りの上にわざわざ行われているというところからみても、どうもお店のおばさんは「高さ」に対する信奉があるらしい。旧約聖書のバベルの塔を作った人たちの話を呼んだら、涙するんじゃないか。あまりに高く塔を作り、神の国に近づこうとしたから神罰をうけた人類。その神罰は、それぞれの人たちが全然意味不明の言葉をしゃべるようになってしまい、意志疎通ができなくなったというものだった。これが、人類における他言語化の根本だという。

このお店、コタンの場合どうなるのだろう。罰の中身は判らないが、少なくとも食べた人間は激しく「食べ過ぎた。うう、苦しい」という神罰が下りそうな気がする。おなかも下るかもしれない。

唐揚げバベルの塔と白い巨塔のツインタワー

横から見た図。ツインタワーだ。今は無き世界貿易センタービルを彷彿させる。

と、今思いつきで書いてみる。

手前が、白きたおやかな峰。・・・たおやか、という言葉が妥当かどうかは怪しいが、まあ、フランス語でいうところのモンブラン。そして、奥には、ごつごつとした黒い岩山がそびえている。さあ、貴方はどちらの山を目指す?

いや、どちらか二者択一じゃなくて、両方食べないといけないのですよ貴方は?

ツインピークスの手前には、スープの湖が広がっていた。みそ汁・・・かと思ったが、ラーメンスープを味付けしたものだった。色が濁ってるのが珍しい。そして、お漬け物。これが、定食のすべて。

この段階で、登頂が相当困難であるということが伺えた。見るところ、唐揚げそのものは大した事はなさそうだ。一個一個がめっぽう大きいが、数が6個しかないので何とかなるだろう。しかし、このご飯には参った。参ったもなにも、自分で「大盛り」って注文しておきながら参るのは無責任だが。この雪山で遭難しそうな予感がしてきた。何しろ、おかずの唐揚げは揚げ物なのでぱさぱさしている。それでご飯を食べるとなると、当然汁気がほしくなる。といっても、あるのは小さな湯飲みサイズのスープだけ。どうにもこうにも、バランスが悪い。山を登るのに、十分な水分確保は必須条件だ。

水を飲めばいいじゃん、と安直に言う事なかれ。水でご飯が食えるか。

迫り来る唐揚げの恐怖

唐揚げをドアップで写してみる。揚げたてで旨そうだ。早速食べてみよう。

あちー。

これだけ肉が大きいと、当然中はジューシーだ。その肉をはふーはふーと言いながら少しずつかじる。味付けはカレー風味だった。うむ、ビールが側にあれば結構幸せなのだが・・・。

ビールの代わりに、ご飯を食べる事にした。お茶碗を持ち上げ・・・駄目だ、重くて持ち上がらない。何とか持ち上げても、バランスを崩してひっくり返るおそれがあるので、やめた。お茶碗をお盆に載せたまま、食べる。犬食い、というマナー違反な食べ方なわけだが、ご飯の山頂が標高30センチ近くはあろうかというありさまなので、あまり下品な食べ方にならなくてすんだ。どんな食べ方だよ、それ。

ご飯は、恐れたとおりあまりおいしく無かった。これだけコテコテと盛り固めているため、ご飯粒が潰れてしまい、中でよけいに蒸れてべたっとしている。でも、べたっとしていても、ご飯という食べ物はそれだけ食べていればすぐに口が渇く食べ物だ。唐揚げ、ご飯、ご飯、唐揚げ。そのローテーションで食べてみたが、すぐに汁気が欲しくなった。ただ、スープはあんまり早い段階で飲むわけにはいけない。渇水による給水制限を自分の中で敷く。

そうだ、キャベツがあるじゃないか、みずみずしいキャベツが。・・・もさもさ。これも激しくのどが渇く。漬け物。おい、これも汁気が欲しい。

結局、お盆の上にて展開されている料理はすべて水分を奪う系の料理だった。殺す気か。ご飯大盛り、唐揚げ大盛り。しかし、スープだけは普通盛り。

食べ進むにつれて、だんだんうんざりしてきた。ジャパニーズが愛する米というのは、口の中でほかの食べ物と混ぜながら食べるという特徴がある。これは、東アジア圏の独特な食べ方だ。西洋諸国では、一度に米とその他の料理をほおばるなんて事は、しない。故に、日本人は口の中で米となじみやすいおかずを好む。唐揚げって、案外なじまないっすねぇ、ご飯と。時間がたつにつれて、衣がバサバサになってきて、硬くなってきた。ガリガリ音を立てながら、食べる。そして、ややべちゃっとした感じのご飯を食べる。

最後、想像していた以上の激しい満腹感と倦怠感を全身に感じながら、食べ終わった。もちろん完食だが、気分が悪くなってしまった。大降りの唐揚げは、できたての時は美味で幸せな気分にさせるが、時間が経つともう駄目だ。カレー風味になっているのは、食が進みやすいようにという配慮かもしれないが、ご飯になじまないが故にくどい味付けとなってしまった。

今回の「唐揚げ定食大盛り」。決して美貌の盛りではない。というより、むしろ汚い。しかし、こちらを圧倒するビジュアルと、店で取り扱っているメニューのすべてが良い盛りである事を考えると、記録としてこの盛りを残しておきたい。

この後、「もうしばらくの間は唐揚げは食べたくない」と心底、思った。しかし、翌日、家でゆっくりビールでも飲もうと思い、ついつい冷凍食品の唐揚げを買ってしまった。買った後になって、「あれっ、昨日食べたばっかりなのに」と仰天。頭の中に、昨日の唐揚げの印象が焼き付いてしまい、思わず手を伸ばしてしまったらしい。

結局、「二日連続かよ」と言いながら、ビールを飲みつつピースフルな唐揚げを楽しんだ。やっぱ、唐揚げはビールに限るわ。美味い。ただ、一口食べたところでもううんざりしちゃったのは隠しようのない事実だ。

※この「コタン」、惜しまれつつも2006年2月に閉店となりました。

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