奥会津

『もりそば大盛り+かき揚げ』
(埼玉県久喜市大字北青柳)

大混雑する道路

8月のお盆期間中、急に思い立って長野の蕎麦屋巡りをする事にした。宿の目星もつけ、1泊2日で食べ歩いてくるつもりだ。

・・・と、朝9時に家を出たら、カーナビには全国各地津津浦々大渋滞の表示が。ターゲットとしていた佐久のお店まで到着するのに、お昼の営業時間を超えてしまいそうだったので愕然としつつ断念。

矛先を変えて、埼玉県は久喜市にある「奥会津」に行ってみることにした。ここは、そばの大盛りを頼むと、常軌を逸したすごい盛りが出てくることで人気のお店だ。

蕎麦をてんこもりにするというのは本来やるべきではない事だ。食べているうちに蕎麦がどんどん伸びていくし、水切れが悪い。自分の店の蕎麦にプライドがあるならば、てんこもりには絶対にしないはずだ。完全に「ネタ」としてお店は考えているのだろう。

大盛りの店だから手打ちじゃないと思ったが、手打ちらしい

東京から久喜までは近いはずだったのだが、こちらも大渋滞にまきこまれてしまい、結局3時間近くを要してしまった。主要道から一本脇道に入ったところに、奥会津を発見。「手打うどんそば奥会津」という看板が目に付く。「うどん」が先に来ているということは、純粋なる蕎麦屋ではないということか。

おや?手打、と名乗ってるぞ。手打の麺をすげー盛りにするのか。そりゃ職人さん大変だなあ、一体どれだけ下ごしらえしなければいけないことやら。

細長いが、広い駐車場完備。

郊外型店舗ということもあって、駐車場は広く確保されていた。細長い駐車場の先に、お店がある。

だるまがお出迎えしてくれる

奥会津。なぜかだるまがお迎えしてくれる。

この建物の左から入るのだが、その前にあずまやがあって、なにやら人が座っている。食べ疲れた人たちが食休みをしているのだろうか?

順番待ちの人の多いことといったらなかった

いや、これが店に入店できない人用の待合いスペースなのだった。待ち行列ができるのか、このお店は。

順番待ち登録用の名前を書く名簿の上に、メニューが飾ってあった。これを見て、おなかを空かしておけやということか。

混沌としたメニュー(1)

混沌としたメニュー(2)

メニューは、よくある蕎麦屋の概念とはちょっと違う感じ。えらくPOPな印象を受ける。写真が切り抜きで貼り付けられており、手作り感満点。それはそれで結構な事なのだが、非常にわかりにくい。体系立てて書かれているようで、書かれていないのが混乱を招く。僕が注文したい「もりそば+大盛り+かきあげ」セットがメニューにあるのかないのか、それすらよくわからないくらいだった。

お皿から逃走を図ろうとしているかのようなかき揚げ

ちなみにこのお店のかき揚げはこんなサイズになる。

でかいねぇ。一枚650円。立ち食い蕎麦でかき揚げそばとかけそばを1杯ずつ食べることができちゃうくらいのお値段はするのだが、それにしても豪快だ。かき揚げには見えない。

そば湯とつゆはポットからセルフサービス

しばらく待って、店内に入った。店内は、「蕎麦屋」とは思えない雰囲気だった。こんな蕎麦屋に入ったことは、過去に一度もない。・・・大量のそばを残して傷病兵のようにぐったりしている人、食べられるわけないのに、大盛りを頼んで大爆笑しているおばあちゃん、食べるのに飽きて山盛りに余ったうどんを手で掴んで遊んでいる子供。何だ、ここは。

あまり気持ちのいい空間ではない。「食べ物を粗末にするテーマパーク」とでも言おうか。

なぜにここまでみんな食べられない量を注文するのか?それは、大盛りにすると目を見張るボリュームが出てくるから、だけではない。大盛り追加料金が非常に安いから でもある。通常料金からたったの150円増しで、通常量の3倍・・・いや4倍?5倍かな?・・・くらいの量が出てくるという仕組みが、皆を無謀なオーダーに走らせている。あーあ、食べられるわけないでしょうその量は。

家族連れや団体でやってきている集団は、必ず誰かが大盛りを頼んでいた。もはや、このお店に来た以上は大盛りを頼まないとはじまらない、みたいな感じだ。そして、これも「必ず」なのだが、 食べ残してお持ち帰りにしていた。親切にもこのお店にはあちこちにビニール袋がつり下げてあって、お客さんは蕎麦やうどんをそのビニール袋に詰めて持って帰る。袋が麺の重さで破れそうになりながら。

たぶん、持って帰った麺って結局あまり食べないんだろうなあ・・・と思う。店でさんざん食べて、いい加減食傷気味でしょうに。あ、そうか、お店であまり食べないで、最初っから「お持ち帰り前提のお店」と捉えていればいいんだ。それだったら問題ないや。飲食店としてはなんだか本末転倒だけど。

ぐらぐらする大盛りそば。高い!でかい!

座った席が、ちょうど厨房の配膳口を正面に見ることができる場所だった。おかげで、できあがった料理をいろいろ見ることができ、なかなかに楽しいポジションだった。

おー、まさに今、そばの大盛りが見えるぞ。

厨房のオヤジさんの盛りつけ方が強烈だ。手で麺をわしづかみにして、どかん、どかんと豪快に盛りつけていく。すごい迫力だ。しかし、山がうずたかくなってくるにつれてだんだんその動きは繊細になっていき・・・いや、すまん、うそついた。相変わらず豪快だ。まるで子供が砂遊びをやるときみたいに、山の土手を両手の平でぺたぺたと触りながら、形を整えていく。おおよそ、食べ物の盛りつけとはほど遠いオペレーションだ。

できあがった大盛りの蕎麦は、おばちゃんが持っていくのを待っている状態。しかし、その間もなにやらグラグラしている。崩落しそうだ。運ぼうとしたおばちゃんが、いったんお盆を持ったものの崩壊の危機を察知し、またお盆をカウンターに戻していた。そして、おばちゃんもが手のひらで蕎麦の山をぺたぺた。

サッカーボールよりでかそうなうどん大盛り

こちらはもりうどんの大盛り。

うどんの場合、大きめの丼に盛られている。しかし、なんなんだこの盛りは。ありえない。

もりそば、あんなにグラグラするんだったらうどんのように丼に盛ればいいのに、と思う。しかし、お店側としては、「うずたかくざるの上に積まれた様子」に誇りを持っているのだろう。自然法則に逆らいつつ、何度も修正を加えつつ、蕎麦を盛っていた。

隣の席の人がやはり蕎麦を大盛りで頼んでいたのだが、テーブルに届けられて1分もしないうちにどちゃーっと山が崩れ落ちてしまっていた。テーブル一面に広がる蕎麦の溶岩流。お客は、まだ写真撮影中で、箸に手をつけていない段階でのでき事だった。恐るべし、大盛り。そよ風で崩壊する危うさ。

もりそば大+かき揚げ

で、自分のところにも到着しました、もりそば大+かき揚げ。

一体何人前の蕎麦が盛られているんだ、これ?

麺を見る限り、手打ち蕎麦という雰囲気ではないのだが、看板の表記は偽りだったのだろうか。いや、まあこの盛りの前では、手打ちか機械打ちかなんてどうでもいい事なんだが。

隣で待機するかき揚げも非常に大きいため、蕎麦の盛りっぷりのすごさが薄れてしまっているのが非常に惜しいところ。

富士山よりも槍ヶ岳の穂先よりも急峻な斜面

横から見た図。

よくぞここまで盛ったなあ、と感心させられる盛りだ。この斜面を見ていると、これから自分が食べるという事をすっかり忘れて「ほぉー」「すげー」などと嘆息ばっかりしてしまう。

しかし忘れてはいけない、これを食べるのはアンタ自身だ。

山頂近くは比較的容易に高度を下げることができそうだが、五合目くらいからいくら食べても下山できないような気がする。すそ野、結構広いなあ。

披露宴のケーキカットに使うケーキのように、中はハリボテで外だけクリームが塗ってある、そんな作りじゃないのか?と疑ってしまう。この蕎麦の山、中までびっしりと蕎麦が詰まっているだなんて、考えられないし考えたくもない。見れば見るほど、信じられない盛りだ。

他人のテーブルにこの大盛りがあったとしても、ほほえましく遠目から眺めるだけだ。しかし、いざ自分の手元に大盛りがやってきたら、恐怖を感じてしまう。それくらいのボリュームだ。

にもかかわらず、全然私のオーダーが他人から注目を集めないのは、周囲にも結構大盛りを頼んでいる人が多いからだ。すっかり、私の大盛りが店の雰囲気に埋没してしまっている。写真で、向かい側に座っている人も大盛りを注文していたが、六合目まで下山したところで遭難していた。

標高23センチ?の蕎麦って見たことがないです

今回、写真が豊富なのは、「写真を撮らずにはおれない」という興奮からきている。これだけあぜんとし、これだけ恐怖したのは過去「美貌の盛り」の連載の中で類を見ない。また、周囲のお客さんが「すげーすげー」と言いながら、みんな写真を撮影していたので私も気兼ねなくカメラを取り出すことができた、という事情もある。

長さを測るものを持ち合わせていなかったので、ワタクシの左手でその大きさをご紹介。

・・・私の左手がどの程度のサイズなのかを知っている人はほとんどいないので、全く意味をなさないが。(後で測定したら20センチだった。ということは、標高22から23センチはあるということになる)

砂山遊びの鉄則として、山のど真ん中にトンネルを掘る、ということをムラムラとやってみたくなった。しかし、実際にこの蕎麦山でトンネルを掘ったら、激しく山全体が崩れそうなので我慢。

槍の穂先を真上から見た図

真上から蕎麦山を見下ろす。

すごい高度感だ、すそ野のあたりはピンぼけをおこしている。

20センチ四方以上はあるぞ!このかき揚げ

かき揚げに視線を移す。こちらも、半端なく大きい。何しろ、人様よりは大きい作りの私の手でさえ、すっぽりと収まってしまう大きさだ。手を目いっぱい広げているというのに、だ。650円という値段は、「かき揚げ」としては高額だが、納得のでかさだ。

大盛り蕎麦を食べることができるかどうか怪しいのに、あえてここでかき揚げを頼んでしまったのは、とても美味そうに見えたからだ。蕎麦ばっかり食べていたら、味に飽きる。箸休めとして、かき揚げを食べなくちゃ・・・というのが注文した理由。

いや、それにしても大きい。

想像以上に分厚いかき揚げ

大きいだけで、すごく薄っぺらいかき揚げなのかと思っていた。しかし、ぱきっと割って断面を見たら、厚みもそこそこある。直径が大きいので薄く見えるだけで、通常サイズのかき揚げくらいの厚みは十分にある。

これ、一般的なかき揚げの何個分に相当するんだろう?

何だか、このお店は全てのサイズが常識とは異なる。まるで、ガリバーの気分だ。

かき揚げのごく一部を切り取って、通常の一人前

さすがにこのかき揚げ、せんべいのようにかぶりつくわけにはいかない。箸ですこしずつ切り崩しながら食べることになる。

切り取った一部分、これで通常のかき揚げ一個分に相当するくらいかな。

なんとか食べきった、という感じ。

完食。食べ進めていったが、さすがにこれはきつい。想定していたとおり、五合目まで下山してから先が、なかなか量が減らない。焦る気持ちと、「もうこの味には飽きた」という舌からのシグナルと、「そろそろ限界です」という胃袋からの悲鳴。三重苦に悩まされ続けた。かき揚げを合間合間に食べて味覚に変化をつけるのだが、焼け石に水状態だ。

これだけ圧倒的な蕎麦の量だと、体が冷えてくる。そのため、途中、お手洗いに行く羽目になった。食べている途中に洗面所に行く、ということは私にとってはとても珍しいことだ。

頼んだ以上は食べきらないと、という執念で、なんとか食べ終わることができた。ううう、これはきつい。私でさえ、「相当きつい」と感じるのだから、世のほとんどの人はこの大盛りを平らげることはできないだろう。多分、大盛りを頼んだ人って、食べた量よりも食べ残し/持ち帰りの量の方が多いのではないか?

うまいというより苦しい印象だけが残った

そば湯を飲まずに、お店を後にした。

駐車場入り口には、「うまい・うどん・そば」と書かれていた。

「うまかぁないよ、ただ単に苦しいという思い出しか残ってないんですけど」

と独り言を言って、車中の人となった。

・・・帰宅途中、何だか妙な感じだった。風船を胃袋に入れられて膨らまされたような、そんな感じ。おなかはいっぱいなんだけど、脳みそがあまり満腹を感じていないという状態。満腹感、というか満足感が足りない。やっぱり、もう少しこってりしたものを食べてこそ、身も心も満腹に感じるのだろう。

「そうだ、今晩は焼き肉を食べにいこう」

とハンドルを握りしめながら、決心した。一緒に焼肉食べてくれる仲間を捜さなくちゃ。

(2005.08.15)




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