利休庵

『天丼そば付き』
(長野県小県郡長門町)

利休庵外観。

藁葺き屋根が特徴会社を休んで、長野県に天丼を食べに来た。

今までであったら、「蕎麦喰い人種行動観察」コーナーのかねあいもあって、「長野県に蕎麦を食べに来た。」という事になっていたのだろうが、今回は違う。「天丼を食べに、長野へ。」だ。ただそれだけのために長野まで行くのは、コストパフォーマンスの観点から相当によろしくない事だと思う。しかし、今回はどうしても拝んでおかなければならない、美貌の盛りがそこにあるのだからやむをえない。

最近、「強引な盛り」を紹介することが多く、必ずしも美貌ではない盛りが取り上げられることが何度かあった。そろそろ、本当に美しい盛りと出会っておかなければ、どんどんこのコーナーが「大盛り紹介」に成り下がってしまう。それは本意ではないので、ぜひ今回ここで一発、軌道修正しておきたいところだ。

今回の訪問地は、白樺湖の近くにある姫木平の「利休庵」というお店だ。思わず「あり得なーい」と叫んでしまうくらいの凄い天丼が名物だ。蓼科から美ヶ原に抜けるビーナスラインからほど近いということもあり、観光客やライダーの間で結構評判らしい。

入口に掲げられていた注意書き

ただ、その知名度故に週末の昼時になるとこれまた「あり得なーい」というくらいの待ち時間を強いられることになる。天丼食べるまでに2時間を要したなんて話まで出てくる始末だ。そこまで待つ人も凄いが、そんなに時間がかかってしまう天丼っていうのもさらに凄い。

お店の入り口には、こんな注意書きがあった。

お客様へお願い
混雑時、他のお客様は大変ご迷わくをおかけしますので、天丼、子天丼の注文はおうけできません。

自分とこのメニューであるにもかかわらず、「天丼を頼むと迷惑だ」と言い切ってしまっているあたり、凄い。要するに、大量の天ぷらを揚げる事によってフライヤーがそのオーダーだけのために独占されてしまい、他の天ざるや天ぷら単品オーダーの人たちを大いに待たせてしまう、ということなのだろう。

「それだったら、最初から天丼なんて提供しなければいいのに。」

と思うが、そういうちょっと屈折した心意気こそが、美貌の盛りを出すお店の醍醐味(だいごみ)だ。

※実際、現在は天丼がメニューから消えてしまいました。訪問の際はご注意ください。
暖かな雰囲気の店内

店内に入る。天丼を食べたいがために、わざわざ雨の日の平日を選び、なおかつ昼時をちょっと外した時間を選んだのだが、狙いは的中で客席は比較的空いていた。よし、これだったら天丼を頼んでも「今の時間はやってないんですよー」とお断りされなくて済みそうだ。

おしながき

注文するものは既に自宅を出発する時点で決まってはいるものの、とりあえずお品書きを見る。こういう一動作を加えずに、いきなり着席するやいなや「天丼!」って注文するのは、何だかアンタ大盛りがっつきたいだけじゃん、ブタじゃん、っていう羞恥心がしたからだ。

このお店、美貌なる天丼を出すことで名を馳せているわけだが、蕎麦屋としても頑張っているようだ。十割そばやそばがきがメニューに含まれている。店の壁面には、「9月5日、どこよりも早く新そばを出します!」という張り紙が出ていた。なるほど、明らかにウケ狙いな天丼を用意したことによって店の売り上げは上がったのだろうが、自慢の蕎麦に人々の関心が向かないというのはちょっと不本意かもしれない。

お品書きを見ていると、やはりこのお店は天ぷらに力を入れていることがわかる。

黒天ざるそば(天ぷら10品) 1,580円
並黒天ざるそば(天ぷら6品) 1,260円

天ぷら10品!スーパーのお総菜コーナーの一角に天ぷらバイキングがあるが、その揚げ物を右から左まで全種類選んでも10品になるかどうか。すごいボリュームだぞ、これは。そんなものが、当たり前のようにお品書きに潜んでいる。確かにお値段はなかなか結構なものだが、それにしても10品とは。育ち盛りのお子さんでも大満足の量だ。

ちなみに、普通の「天ざるそば」「並天ざるそば」というメニューもあり、値段は「黒」が付く天ざると同一。何が違うのかと思って聞いてみたら、「黒」のほうは天ぷらの衣の中に蕎麦粉を混ぜてあり、やや黒っぽい揚がり方をするのだという。なるほど、それは食欲をそそるなあ。

それにしても10品か。そりゃー、天丼頼まれたら他のお客さんが迷惑、っていうのもよくわかる。「他のお客さん」自体が、すごい量の天ぷらを必要としているのだから。これだと、厨房は慢性的に揚げ物の待ち行列ができているに違いない。「天丼てんや」で使っているような、ベルトコンベヤで揚げ油の中を食材が通過していくオートメーション揚げ機でも導入しないことには、大変だ。

メニューの一角にあった「ご飯もの」コーナー

さて私が今回お目にかかろうとしているのが、「ご飯もの」の部に属する天丼。1,740円というお値段がつけられていた。これが「量は少なくてもいいんですけどね」という人向けに「子天丼」になると1,260円。うわさによると、さらに少量の「孫天丼」があるということだが、お品書きには書かれていなかった。

気になるのは、「地たまご定食500円」の文字。おそらく、玉子かけごはんでがっつくのだろう。シンプルすぎて、逆にそそられる。

おっと、ここまできて地たまご定食を食べて満足して帰ったら、何をしに来たのだかわからない。心を揺らすことなく、天丼を頼もう。でも、蕎麦もちょっと気になるので、「天丼そば付き2,050円」をオーダー。

店員さん、天丼のオーダーを確認すると厳粛な顔をしてこう言った。

「天丼の場合、他のお客さんオーダーを優先させますのでお時間がかかりますが、よろしいですか?今でしたら、お店が空いていますので15分程度・・・でお出しできると思うんですが、この後お客さんがいらっしゃって、天ぷらの料理をご注文された場合、そちらが優先されるんですよ。ですから、これからのお客さん次第でもっと時間がかかるかもしれません」

なるほど、天丼って優先順位が最下位にされてしまうオーダーになっているのであった。道理で、「2時間待ち」などの実例がでるわけだ。要するに、これから来るお客さんがみんな「黒天ざるそば!」って注文しつづけた場合、いつまで経っても天丼の調理はスタートされないというわけだ。素晴らしく虐げられてるな、天丼。お店側も、「アンタどうせウケ狙いで来てるんでしょ。ウケ狙いにつきあってあげるんだからちょっとくらい待ちなさい」というスタンスなんだろう。そうでないと、人様のオーダーを優劣つけるなんて発想には至らないはずだ。ま、でもお店の安定したオペレーションを維持するためには仕方がない事か。

「いいですよー、いくらでも待ちます」

と、手にしている本を振りながら店員さんに笑顔で応対。さあ、待たせてもらおうじゃないか。

待っている間に突き出し三品

はい、正直ワタクシ油断しておりました。

14時近い時間だし、お客さんはあまりこないだろう・・・と踏んでいたのだが、5分刻みくらいで4名程度の団体さんが入店してくる。しかも、そのうちほとんどが天ざる系の料理を頼むのであった。あららら。

見ていると、本当に順番抜かしが目の前で行われていた。私よりも10分以上遅く入店したお客のところに、黒天ざるそばが運ばれている。一人前とは思えないくらいのすごいボリュームだ。そのボリュームに目を奪われるが、「ああ俺、今順番抜かしされてるゥゥゥ」というところが、心の中のマゾな部分にフルスロットル。

「まあこれでも食べて落ち着け」

ということだろうか、天丼には突き出しがついてきた。ご丁寧に3品もある。ええと、じゃあ僕とりあえず生中一つ。

・・・と頼めないのが、車での来店の辛いところだ。

大皿

突き出しと一緒に出てきたのが、謎の大皿。

これは一体どうしろというのだ?

この上に、丼を載せて見目美しく食べたまえ、とでも言うのだろうか。

・・・しばらく考えて、気が付いた。あー、ここに天ぷらを載せろ、というわけだ。

丼の上にぎっしりと詰まった天ぷらは、見た目は良いのだけど食べるのには向かない。だから、いざ食べる際にはこちらに天ぷらを移し替えて、食べやすいようにしてくださいね、という配慮というわけか。

たとえるなら、刺身舟盛りを一人で食べるのはしんどいでしょ?小皿にとりわけて食べた方がいいでしょ?ってわけだ。舟盛りはあくまでも見栄え重視。食べやすさは全く考慮されていない、というわけだ。

天丼のプロローグ、ぶっかけ蕎麦到着

「もうすぐ天丼、できあがりますからね」

と店員さんがいいながら、お蕎麦を持ってきた。天丼ができるまでの待ち時間、お客がキレださないように店員も随時フォローを入れているといった風情。

ここまであからさまな順番飛ばしを目の当たりにすると、人によってはぷちっと切れちゃう人がいるかもしれない。いや、私は大丈夫だ、朝カルシウム錠剤を飲んできているので。

さてお蕎麦だが、ぶっかけ形式で出てきた。細めの麺はとても上品。

ずるずる。うん、悪くないんだけど、ぶっかけだと味がよくわからないや。蕎麦屋としての評価は保留。

利休庵の天丼。大盛りというわけではない

って、どわぁ!

向こうから何か異様な物体が迫ってきたぞ。あ、あれが天丼なのか。

以前、宮城県松島「大漁」の美貌の天丼と遭遇したが、あれは「笑えてくる美貌の盛り」だった。それに対してこちらは、「圧倒される美貌の盛り」。すごい!これは文句なしに凄い!

店内が一瞬静まりかえる。あわてて隣の人の肩を叩いて、「あれ!あれ見て見て!」とひそひそ声でこちらを指さしている。向かいに座っていたおっちゃんは、あまりの量にびっくりして椅子から立ち上がってしまった。

「おにいさん、これ・・・何?」
「天丼ですよ」
「何か裏メニューなの?」
「いえ、普通にメニューに載ってます。ただし、できるまで相当時間がかかりますけど」
「はあー、すごいなあー」

と、そのおっちゃんと会話をする。

それにしてもすごいね、何がどうやったらこんなに盛れてしまうんだろう。隙間という隙間に天ぷらを詰めました、という究極の積み木ゲームだ。なるほど、天ぷらは丼に対して水平方向に盛りつけるのではなく、垂直方向に盛るモノなのだな、とコロンブスの卵的発想の転換に感心することしきり。天ぷらを立てて盛りつければ、確かにたくさん詰めることは可能だ。とはいっても、この天丼、天ぷらだけで第二層、第三層と層をなしている。これぞ職人技。一歩間違えれば、がらがらと崩れ落ちてしまう。いや、一歩間違えなくても、揚げてしばらく時間が経つとふにゃっとなってきて、崩壊してしまうだろう。揚げたてのぱりっとしている一瞬だけ、成立しうる美貌の頂。それが利休庵の天丼。

上層部は軽いものにする必要があったのだろう、葉っぱ類を中心に構成されていた。それが、尖った険しい山を想起させ、また美貌に一役買っている。しかし、この盛りつけは相当に難易度が高いと思われる。紫蘇の天ぷらなど、薄い揚げ物を隙間に差し込もうと力むと、ぱきっと割れてしまう。繊細に、かつ大胆に盛りつけられる度胸と技術。これはまねができない。

A4サイズよりも高い。これまでで一番美貌だった盛りだ。

高さ比較をするものがなかったので、手元にあった本と比較してみた。

・・・あまり意味は無かった。余計わかりにくくなった。ちなみにこの本は、表紙がA4サイズのもの。

さあ写真撮影も済んだことだ、後は猛烈に食らうだけ。

がりがり。ぱりぱり。うん、おいしいです。

中に何種類の天ぷらが入っているのかカウントしようと思っていたのだが、あまりに圧倒的なボリュームだったために途中でカウントがわからなくなってしまった。断念。おそらく、10品目以上は入っていたと思う。

これだけでお酒飲んでもいいよなーと思う。お酒飲みながら上の天ぷらをつまみにする。で、飲み終わった頃になって、普通の天丼としてしめる。一石二鳥だ。あ、でもゆっくり食べていたらせっかくの揚げ物がしなしなになってしまうか。なにしろ、天ぷら同士が密着しているので、ただでさえ蒸れやすい環境にある。そして、下には温かいご飯が。あっというまにふにゃふにゃだ。お酒飲みつつ食べるなんて悠長な事をやっていてはいかん。

後半、何を食べても同じ味(衣と天つゆ風味)に感じられてしまったが、最後までおいしく食べることができた。いや、大満足大満腹。でも、この天丼って普通の人だと絶対に食べきれない量だな。大食いを自認する人でないと、無理だ。よくもまあ、こんな「キテレツ」な天丼を作ったもんだ。お店のその発想に多いなる拍手を送りたいと同時に、美貌の盛りを提供してくれたお店に感謝したい。ごちそうさまでした。遠くから訪れた甲斐がありました。

次回はかき揚げ丼かな・・・。あれはあれで、相当にインパクトあるデカさだった。

(2005.09.05)

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