吉祥寺丼

『しょうゆにんにく・肉破壊王』 (東京都武蔵野市吉祥寺南町)

あらかじめ断っておくが、今回は「美貌の盛り」の紹介ではない。いや、今回「も」かもしれない。 そもそも、このコーナーは「美貌の盛り」という当初のコンセプトから大きく外れ、「呆れる盛りっぷりの店」紹介と化していた。

そんな状態に拍車をかけるように、今回は「呆れる」ほどでもなく、かといって美しい盛りつけでもない中途半端な料理と出会ってしまった。

とはいっても、盛りにかける馬鹿馬鹿しいガッツと、それを臆せず全面に出す姿勢が何やらほのかにコミカルであり、なんとなく憎からず思ってしまう。せっかく食べたことだし、「ま、いいか」という気持ちで今回ここにその食記録を掲載する。

なお、このお店でしこたま食べた結果、「もうこの手の量が多いお店は体にあわなくなってきたな、そろそろやめ時だな」と私はギブ宣言をしたのであった。美貌の盛りの大きな転機を与えた「吉祥寺どんぶり」。そのお店とは一体どういうものなのか。以下のレポートをご一読願いたい。

派手さ命、な店の看板

まず吉祥寺どんぶりのお店を語る前に、「スナミナ丼」なる料理を紹介しなければならないだろう。

国立から国分寺界隈を中心に、「スタミナ飯店」というお店が何店舗ある。そのお店の看板メニューが「スタミナ丼」、略して「すた丼」という。その料理は、にんにくを強く利かせた醤油で炒めた豚肉と葱をご飯の上にぶっかけたもの。豚丼に近いが、あれよりもはるかに下品で、野蛮で、まさに「スタミナ!」という印象を受ける。

味付けだけではない。すた丼は量が多いことでも知られている。ノーマルの盛りであっても結構な量だ。「ちょっと多めに食べるのが好き」な人であっても、このノーマルで十分に満足できるはずだ。大盛りを頼もうものなら、それなりの覚悟と胃袋のキャパを持っていないとしんどいという。

場所柄、一橋大学の学生たちに深く愛されているお店だ。学祭の時には、すた丼早食い大会が開かれるとも聞いたことがある。

そんなすた丼だが、その酷似した丼料理を出すお店が吉祥寺駅前にあるというのは以前から知っていた。公園口から出て徒歩1分、雑多なお店に取り囲まれつつもなお一層目立つ看板が出ている。どうだ、とばかりに「吉祥寺どんぶり」と書かれている。その周囲には「パワー」「スタミナ」「ガッツリ」「満腹」という言葉が千社札のようにぺたぺたと配置されている。なんとも汗くさい、そして男くささ満点な看板なのであった。

このお店を知りながらもその店内に足を踏み入れる機会は無かった。吉祥寺に行く機会があるときは大抵誰かと一緒なわけで、さすがに「今晩の食事は『吉祥寺どんぶり』にしよう」とは言えない。私だって、せっかく吉祥寺に来たからにはもうちょっと良いものが食べたい。というか、お酒が飲みたい。要するに、「わざわざ出向いた吉祥寺で食べるモノじゃないな」という認識だったわけだ。

とはいっても、いつも心のどこかにひっかかっていたのは事実。 タイ料理屋でシンハービールを飲みながら空芯菜の炒め物を食べつつも、オーガニック居酒屋で茄子を生でぽりぽりかじりつつも、「いつかはあのお店に」と思いつづけてきた。なぜなら、あまりに強烈な店頭の写真が頭にこびり付いて離れなかったからだ。

ガッツリパワーとは何か、というのが絵でわかる。すごい迫力だ

それが、これ。 なんだ、これは? 「ガッツリパワー!」という謎のせりふが大脳に直撃する。何だかよくわからんパワーだが、とにかくこの看板からはものすごいパワーを感じるので、恐らくこの「圧倒され感」はガッツリパワーなのだろう。

真ん中の「おりゃー」といった風情のはげおやじの気合いも凄いが、その下でガッツリいっちゃってる二人の若者も暑苦しくて、大変によろしい。これぞガッツリ、というガッツリを見事に体現しているその風体には、むしろ清々しささえ感じさせる。

上のおやじがはげなのに対して、下のがっついているワカモノ二人は髪の毛が必要以上にボリュームがある。ガッツリ食うと髪の毛が伸びてくるのだろうか。

あまりにお馬鹿なので、しばし見とれてしまう。そりゃあ、見とれていたら脳裏にこびりつくわな。そりゃあ、「いつかは僕もガッツリと」と思っても無理はあるまい。

このお馬鹿っぷりは狙ったものなのか、それとも天然なのかは不明だ。天然だったら相当に寒いが、結果的に大成功しているから良しだろう。狙ったものだとしたら、まんまと釣られてしまった私はお店の思惑通りというわけだ。

がっつりの由来。でもつまんない当たり前の事しか書いてないじゃーん

ガッツリパワーの下に、お店の由来が記されていた。

吉祥寺どんぶり 創業者の夢 それは「腹いっぱい肉もごはんもたべたい。」ということだった…。 あの時代の思いを、ついに「吉祥寺どんぶり」で実現。 最高の豚肉、秘伝のしょうゆだれ、自慢のしおだれ、にんにくの強烈な味、しょうがの香り、ぜひ御賞味ください。

何だか普通の事が書いてある。期待して損した。上の看板が凄いインパクトなだけに、ここにもお馬鹿パワー炸裂の解説があるものだとばかり思っていたので、自分勝手に落胆。

「私は吉祥寺星雲から来た。お前ら全員吉丼でガッツリさせて、洗脳してやる。くらえガッツリパワー!我が征服の時は近い」 くらいのポンチな内容だったら最高だったのだが。「腹いっぱい肉もご飯も食べたい」ってのが創業者の夢って、アンタめっさ素じゃないですか。まんまじゃないですか。何にも面白くないじゃないですか。笑かしてくださいよ、お願いですから。

というより、「腹いっぱい肉もごはんも食べたい」んだったら吉野家に行くとか、それこそすた丼の店に行くとか、選択肢はあるだろうに。なぜお店をやっているのかの説明になっていない。「腹いっぱい肉もごはんも食べさせたい」なら兎も角。

ちょっと複雑なメニュー構成

このお店のメニューは大きく分けて、「しょうゆ味」と「しお味」に大別されている。さらにその下に「にんにくだれ」「しょうがだれ」に分類されていて、合計4種類の味付けが用意されていることになる。 これに加えて、「ご飯大盛り」があり、またさらに肉を増やす事ができる。肉を増やしていく際のネーミングが特徴的であり、

肉増(2倍) 150円 肉がっつり(3倍) 250円 肉闘魂(4倍) 350円 肉破壊王(∞倍) 550円

となっていた。どうやら「ガッツリパワー」はしょせん肉3倍であり、それよりもさらに猛者がいるらしい。闘魂、破壊王とランクが上がっていくわけだが、どうやらこのお店の創業者はプロレスファンであることが忍ばれる。

肉破壊王だと「∞(無限大)倍」と書かれているが、一体それは何なんだろう。わんこそばのように、量が減ってくると延々と継ぎ足してくれるのだろうか。だとしたら相当強烈だ。「ガッツリパワー」にふさわしい。あの看板のはげおやじの気合いが伝わるってもんだ。

さてこの日、満を侍しての訪問だ。早速食券を買う。 まず、食券機の最上段にある4種類の味付けボタンのうちどれかを選び、その後肉を増したい人は肉量を指定するボタンを押す。

私は、しょうゆにんにくと肉破壊王をセレクトした。ついでに、肉だけ多くても食べにくいだろうから、「ご飯大盛り」券も購入。

出てきた食券を見て驚いた。肉破壊王の注文に対し、「肉5倍 飯2倍」と印字されていたからだ。おい、肉は無限大じゃなかったんか。誰だ、勝手に5倍と上限を決めちゃったやつは。 あと、肉破壊王になるとご飯が2倍になるという話も聞いていなかった。ご飯大盛り券、買ってしまった後だ。この際、肉5倍飯3倍でガッツリ行くか?・・・身の程知らずだ、さすがにそれはやめておいた方が。

カウンター席しかないお店なので、厨房の様子がよく見える。オペレーションを良く観察することができた。 まず、豚肉を湯がいて火を通す。その後、中華鍋に移し、長葱と一緒に炒めつつしょうゆだれをかける。これでできあがり。

ご飯の盛りつけはというと、うどんを食べる時に使う丼にすりきりいっぱい入れ、それをでかい黒どんぶりに移し替える。これを2回。なるほど飯2倍だ。非常にわかりやすい。 このご飯に、炒めた豚肉と葱をどかっと載せ、最後に刻み海苔をふりかけて完成。

肉破壊王。

しょうゆにんにく・肉破壊王(肉5倍、飯2倍) 玉子、みそ汁はデフォルト。

確かに量が多い。多いのであるが、丼もそれに比して大きいため、あまり見た目の息苦しさはない。 周囲を見ると、先ほど「ご飯を測量するために使っていた丼」にご飯と肉を載せた状態が普通盛りらしかった。そちらの方が、うずたかく盛られている分圧倒的に暑苦しいボリューム感だった。

肉と葱に溺れて。

横から見た図。 店が狭く、あまり引き気味の写真が撮れなかった。 ひたすら、豚肉と葱。 本当にこんなのでスタミナがつくのか、ちょっとだけ疑問に思う。というより、スタミナの定義って何だ。体力か?気力か?

さすがに丼が破壊されるほどの盛りではなかった

肉破壊王肉5倍でこの量。思ったよりは多くない。 ご飯2倍で肉ノーマル、だったらそのアンバランスさで逆に苦しかったかもしれない。

味に飽きたひと用に調味料多数。気が利いている。

がっつり食べるための脇固め陣営。 にんにく、唐辛子、豆板醤、醤油、しおだれ、マヨネーズ、漬物。 マヨネーズがあるあたり、ガッツリしてる。

丼を食してみたが、とにかく気になったのがご飯のぱさつきだ。丼ものには高級な米は向かず、むしろ安い米の方がつゆがしみこんで美味いというのは聞いたことがあるが、このお店はそれをはるかに超越したぱさぱさ加減だった。恐らく、水加減を少な目にしたのではなく、こういう米なのだろう。つゆだくなら兎も角、そうでないとちょっと口にひっかかる。おかげで水分を多めに摂取してしまった。

味はやや薄め。マヨネーズ、塩だれなどを組み合わせて食べ進む。ただ、食べているうちに味に飽きてくるのであった。単調な味付けが結構苦痛だ。がっつりとは苦痛を伴うものだったのか、という事に今更気づく。

なんだかパワーを得るというよりもパワーを奪われたような気になりながら、なんとか米一粒残さず食べきる事ができた。食べ過ぎだ。胃袋の中でご飯が充満し、何だか森駅名物駅弁の「いかめし」状態に胃がなっている予感。

食べ終わってお店を後にしたが、「駄目だ。ガッツリパワーはもう僕の世界じゃない」という事をひしひしと感じ取った。ごめん、はげおやじ。私は貴方のパワーを吸収できなかった。そのパワーを、若き人たちに分け与えてください。僕は一段下がって「ニッコリ」程度で済む量のご飯を食べることにします。

まあ、遅かれ早かれ、そういう時が来るとは思っていたのだが、まさか吉祥寺どんぶりに引導を渡されるとは思っていなかった。きっとマルジの麺増しラーメンで撃沈して、あきらめがつくものだと思っていたのだが。ま、予定通りいかないもんです、人生ってやつは。 後になって気がついた。がっつりパワーは自ら吸収するのではなく、例のはげおやじに吸収されるものだったんだと。この店は、あのはげおやじにパワーを提供するために存在する「手先」に違いない。

(2006.08.30)

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