麻釉

『焼肉重 スペシャル』
(神奈川県厚木市中町)

このごろ、あまりに仕事が忙しすぎて、精神的に参っていた。肺炎から完治していなくても深夜勤務は無情にも続行され、同情すらされない職場。体調、特に精神の不調を部長に訴えると、「私も若い頃はアナタと同じように大変だった、でも頑張った」と自分の昔話を語られる始末で、いや僕そこまでして仕事に人生捧げるつもりないんですけど、と言っているこちらの主張と全然かみ合わない。励ますベクトルが全然違ってる。部長の励ましは宇宙人の言葉に聞こえた。あちゃー。こちらは、UFOに拉致されないように身を守るのが精いっぱいだった。

趣味であるこのサイトの更新は業務多忙につき完全にストップだし、仕事は日を追って増えてくるし、もうこうなりゃ自分の精神をイカれさせる方法で自己防衛を図るのが人間っていう生き物だ。

しまいには、不安感と焦燥感で一日中そわそわするようになってきて、「大けがするとか、病気で体調崩さないかなぁ。そうすれば現状から解放されるのに」という自虐的な事ばかりを考えるように・・・

まてぃ。待て待て待てぃ。このまま突き進んだら間違いなく自殺するぞ、私。

これはいかん、本気でスカッとする気分転換をしないとまずい。

と、思いつつ、「気分転換して自分自身を立て直したって、どうせ会社にますますこき使われるだけだろ?だったら気分転換しないで、そのまま鬱な方向に突っ走っちゃいなよ」という闇からのささやきも聞こえてくる。うーむ、それは確かにそうだ。このまま倒れてしまったほうがナンボか楽なことか。

おっといかん、ますますダークサイドに引きずり込まれているではないか。まずはメシ食え、メシを。糖分を大脳に送り込んでからもう一度根本的に考え直せ。

・・・うーむ、こうなると美貌の盛りな食事をするしかあるまい。最近、デカ盛りとかなんとか言ってTVや雑誌で特集が組まれることが増え、正直このコーナーをこれ以上続ける気はあまり無かった。より多くの情報量を持つサイトの二番煎じになってしまうのがイヤだったからだ。しかしお家の一大事、そんなネガティブなことを考えていてはいかん。萌えいづる美貌の盛りを目で愛で、胃で愛で、体内を駆けめぐる栄養分で愛でよ。さすれば、きっとこれまでの抑鬱状態は解放されるだろう。一時的に、だが。

そうなると、単に「おお、でかいな」程度では許されない。「うわ?何をする」と口走るくらいのものでないと。「危ない!」と思わず駆け寄って、手で支えてあげないとイカンくらいの高さがあると良いね。そんな店、あったっけ。

思案することしばし。ああ、そういえばまさに「危ない!」と叫んでしまう不安定な盛りの店が本厚木にあると聞いたことがあるぞ。そこに行ってみよう。それだ。私のこの危機的状況を救ってくれる白米の王子様(白馬、ではない)はきっと本厚木にある。

外観はさりげなく普通

東名高速を突っ走り、厚木インターで降りる。インターから近いお店、というのは疲労困憊している今の私にとって大変に重要なことだ。ぱっとお出かけし、ぱっと帰宅する。そうでないと、週明けまで疲労をひきずってしまい、平日のお仕事がますます憂鬱に・・・ やめい。仕事の事は忘れないと。

上の空で住所を調べただけだったので、本厚木についてから道に迷った。車をコインパーキングに停め、町中をしばらくうろつく羽目になった。住所くらいはちゃんとメモっておきましょう。

15分くらい不本意ながら本厚木をウィンドウショッピングしていたら、何やら出前用のバイクが停車しているお店を発見。「とんかつ」「定食」というのぼりも見える。どうやらあそこが、目指すお店「麻釉」のようだ。

そのお店の正式名称は「旨い肉料理 麻釉」という。自ら「旨い」と名乗るあたり、かなり自信があるのだろう。ビバ旨い肉。開店当時から当然このキャッチコピーは使われているのだろうが、おいしくないとお客から評価されたらどうするつもりだったのだろう。「旨い」と書かれている部分だけ削り取るか。

メニュー看板(1)
メニュー看板(2)

私の場合、なんとなく「旨い肉料理」と聞くと、肉汁したたるステーキを想像してしまうのだが、このお店の場合はカツを中心としたお品書きで勝負をしている。そのほか、肉野菜炒めとか、丼物系、生姜焼きなどを提供している。

その中で異彩を放っているのが、今回のお目当てである「焼肉重」だった。「やきにく・おもい」と読み、ものすごい量が出てきてとても重いことで有名だ。

はい今微妙にうそを盛り込みました。ああ盛り込んだともさ。怒られる前に自白しておく。ものすごい量が出てくるのは真実だが、漢字の読み方は「やきにくじゅう」に決まってるだろーが。

このお店、別に大盛り自慢のお店というわけではないので、ノーマルの焼肉重は普通の装いだという。お値段も500円と手頃。ただ、これにいろいろトッピングが可能となっており、

100円 ・温玉 ・キムチ ・きんぴら ・キャベツ
150円 ・肉大盛り
50円 ・生卵

をお好みで注文し、アドオンできるのだという。以前食べた神保町の「まんてん」みたいに、全のせするとさぞや派手な盛りができあがることだろう。面白いもので、いろいろトッピングができるわりにはご飯大盛りができない。これは恐らくお重のサイズに限界があるからなのだろう。

で、今回はこの「全のせ焼肉重」を大いに食らう、というのではない。これらお好みトッピングとは別に、「焼肉重スペシャル」というメニューが別に存在している。目指す美貌の盛りは、こちらだ。お値段にして1,000円。トッピング全のせにするよりは安いが、一体何がどうスペシャルというのか。

スペシャルとは、日本語に訳すと「特別」になる。特別ということは素晴らしいことだ。私もスペシャルなヤツだ、と周囲の人から言われたいものだ。もっと研鑽せねば。特別急行を略すと特急。ということは、焼肉重スペシャルを略すと特重ということか。

どうでもいいことばかりを考える。

実は、焼肉重500円が二人前出てきて、「はいスペシャルですよー」と言われたら相当がっかりだ。値段的にはちょうど2人前、1,000円。

妄想しながらカウンターの隣の席で初老のおじさんが食べているカツカレーを物色。うーむ、一般的なカツカレーよりも肉厚で、いかにも旨そうなカツが乗っているぞ。よく見かける、薄くてしなびたような感じのものとは全然違う。カレーの具の一つとしてカツが入ってます、というのを良しとしていないのがありありと判る。隣の席でも、気合いがびんびん伝わってくる。「何しろ、旨い肉料理の店だからな」と主張しとる。ははー、参りました。

結局そのおっちゃん、なかなかなボリュームの前に敢えなくリタイア、肝心のカツを少々残してお店を後にしていった。あちゃー。

お客さんは若い人が比較的多い。生姜焼きが人気商品のようだ。肉野菜炒めもオーダーが入っていた。どれも結構なボリュームで、大学生くらいの腹ぺこ野郎でも十分に満足できるだろう。

そんな中、4名で訪れていた若い男性のテーブルが何やら猟奇的な状況になっていた。テーブル上に飛散する千切りキャベツ。一体どんな犯行が行われたというのか。その犯行の主犯格とおぼしき人は、既にその狂気じみた手を休め、己の行為の結果をうつろな目で見ていた。もうダメ、とか言ってる。どうやら、あれが私が注文した「焼肉重スペシャル」のなれの果てらしい。

むむ、心してかからないと。

焼肉重スペシャル。ばねみたいだ。

そうやって妄想でイメージトレーニングをしながら待っているうちに、奥から何やら白い筒状のものを運んでくる店員さんを発見。

その「白い筒」はそのまま私に向かっている。崩れないようにそろり、そろりと運んできて、無事私の目の前に着陸成功。

ぐらぐら。

ああ、着陸の瞬間揺れる。料理が揺れるよ。

今まで、いろいろと美貌の盛りを見てきたが、「揺れる、不安定な盛り」というのは前例が無かった気がする。今回初登場。っていうか何ですかこれは。

焼肉重スペシャルとは、焼肉がスペシャルに盛られているものではなく、キャベツが極限まで、スペシャルに盛りつけられたものなのであった。それにしてもでかい、高い。

近くで見ると着ぐるみ人形に見える

これは料理に見えない。

セサミストリートなんぞに出てきそうな新キャラ、といった方がまだ理解しやすい。

そうかぁ、キャベツはこうやって盛りつける方法もあったのかぁ、と感心するしかない。キャベツ進化形、と言える。

もう一つ進化しているといえば、蓋の意味合いだ。キャベツのてっぺんにちょこんと乗っているが、蓋の意味を成していない。これは、単にキャベツが崩れないようにするためのバランサーだ。重しだ。高層ビルにある耐震装置と一緒だ。

ああ、だから「焼肉重」なのか。「焼肉・おもし」と読むのが正解だったのかもしれん。

そうだ、焼肉はどこへ行った。これだけ見るとキャベツ重だ。焼肉やーい。

・・・

うーん、よく見ると僅かに黒っぽい焼肉がひょっこりとコンニチハしている。いや、コンニチハではないな、「助けてー」と言っているようだ。もしくは、「ここまで辿りついてみやがれ」と挑発しているのか。

そびえるキャベツを支えるのはマヨネーズだった

それにしてもなぜこんなにこのキャベツはお行儀が良いのだろう、と思ってよく見ると、キャベツの周囲にはマヨネーズがたっぷりと振りかけられていた。なるほど、マヨネーズの粘性で何とか体制維持しているということなのだな。ワックスで髪型をバッチリ決めるのと一緒だ。

しっかし、これだけの量の千切りを作ろうとすると、キャベツ半分じゃ足りないだろう。1個近く使っているのではないか。キャベツ高騰の折には相当お店としては苦しいメニューになることだろう。幸い、現在はキャベツも安いのでお店に気兼ねなくかじりつくことができる。

携帯電話との比較。高さ、幅共に圧倒

横に携帯電話を並べてみた。こんな高度感。

試しに蓋を抑えて、左右にぐらぐらと揺すってみた。耐震強度実験だ。

うむ、思ったよりしっかりしている。もっとこんにゃく的にぷるぷるするのかと思っていたのだが、そこまでは不安定ではない。凄いぞ、キャベツとマヨネーズ。

恐らく、この「ぐらぐらさせてみる」というのはこのメニューを注文する人の定番イベントなのではないか。誰でもやっていそうだ。

あら。蓋を取ったら温泉玉子さん発見

しばらく目で楽しんだあと、「よし」と深く息を吐き、お重の蓋を取る。さあ食べ進めるぞ。さすがにこのキャベツの量には、「大丈夫だろうか?」という不安感を覚えてしまう。

ぱか、と蓋を取ったところ、キャベツタワーのてっぺんに温泉玉子が乗っかっていることを発見。何だかアイスキャンデーを食べていて、棒に「あたり」と書かれいるのを発見した気分。

とはいっても、この温泉玉子どうやって食べるのだろう。キャベツに絡めて食べるが吉、というのだろうか。私としてはぜひともご飯と一緒にしたいのだが・・・ご飯ねぇ、ここから20センチ近くボーリングしないと行き当たらないからねぇ。

何だか、温泉掘り当てちゃいそうな勢いの深さだな。源泉かけ流し、キャベツかけ流し。

とりあえず食べられないのでキャベツを二分割する

さすがにこの状態のままでキャベツを食べ進めると、絶対手元が狂ってキャベツタワーを崩壊させてしまう。それは避けなければいけないので、ちょうどキャベツタワーの中層階あたりを両手でつかみ、一気にもう一つのお皿に移管させた。

うわ。そういえばマヨネーズが表面にかけられていることを忘れていた。手がべたべたになってしまった。

ばらばらと落ちるキャベツ。なるほど、先ほどの4人組の「犯行現場」はこうやって形作られていったのだな、といままさに自ら体感中。

移管され、高さが半分になったはずのキャベツだが、何だかかさが増えたような。上から押しつけられていたものが無くなったので、ふわっとアフロヘアのように膨らんでしまったようだ。このキャベツ、見た目以上に凶悪な量だぞ。グリム童話の「おいしいおかゆ」を思い出してしまった。どんどん増え続けるキャベツ・・・。

ようやく焼肉が見えてきた。なんだかホヤみたいに見える

まずは、お重の上に載っているキャベツを食べてしまおう。

キャベツの千切りは大好きなので、うんうんこれは好いねえ、とおいしく胃袋に移動願った。

数分で焼肉重の本体が見えてきたが、これがまた結構な盛りだ。お重自体はそれほど大きくないということもあってか、ご飯がぎゅうぎゅうにお重に詰め込まれ、なおかつ古墳のようにこんもりと盛り上がっている。その上に、「振り落とされるなー」とお互いを励まし合いながら、焼肉たちがへばりついている。

この料理は、重力に挑戦し続けた男達のドラマ、なのか?

焼肉が見えたといっても、まだキャベツは半分残ってますが。

この時点で、まだ「お引っ越し願ったキャベツ」は全くの健在。いやあ、普通の人だったらこれだけの量でもギブアップしてしまう。

ようやく焼肉重のご本尊に着手。

旨い肉料理というだけあって確かにおいしいのだが、さすがにこの状況においては濃い味付け故に飽きがくるのが早い。しかもご飯はぎゅうぎゅう詰めのおむすび状態、食べても食べても量が減らない。

さすがに「あ、これはやばい」とひやりとしてしまった。

最後は濃い味付けと押し込まれたご飯に苦戦したが完食。

ただ、お重は上げ底になっていて、手が付けられないほどのご飯量ではなかったのが救いだった。最後は、濃い味付けの焼肉をキャベツ千切りで中和するバランスも体得し、ひととおり食べ終わることができた。

最後、周囲に散らばったキャベツも拾い集め、きれいさっぱりさせてからごちそうさま。何だか最後はお掃除をやっている気分。

うん、きれいに食べ終わったということもあって、随分と気分が晴れやかになった気がする。目で驚き、食べ方で頭を悩ませる。一連の動作で、ストレスが僅かながら解消された気がした。ありがとう、これであともう一週間頑張ってみることにします。ごちそうさまでした。

次回訪れた時は、旨そうなカツを食べてみたい。ジャンボチキンカツ定食がとても気になるところだ。

(2006.10.29)

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