醤遊王国

『たまごかけご飯』
(埼玉県日高市波目)

美貌の盛りを「大盛りの料理を紹介するコーナー」とお思いの皆様。大変残念なお知らせがあります。今回は、というか今回も、大盛りではありません。それ以前に、全然「盛り」とは関係のない料理が紹介されます。とにかく、このコーナーは私が感動すればそれを掲載するという主旨になってきているので、ご了承願いたい。

今回登場するのは、ずばり「玉子かけご飯」だ。一升のご飯に玉子10個、とかダチョウの卵で玉子かけご飯を作ろう、といった奇抜なものではない。ごくごくシンプルに、ご家庭で食べる「玉子かけご飯」だ。たかがその程度のものだが、単純かつ日常的な料理故に感動・驚愕した際の感情はとても大きくなる。

2009年2月8日、私は埼玉県日高市の高麗神社で行われる「高麗鍋コンテスト」に赴くためにネットで情報収集をしていた。せっかく日高市まで行くのだから、周辺に何か面白い施設やお店がないかどうかを知りたかったからだ。その際偶然見つけたのが、「醤遊王国」だった。弓削多醤油、という会社が運営している醤油蔵+直売所だ。

この「醤遊王国」訪問記は後日「胃袋至上主義宣言」にて取り上げるので割愛する。

ここは、醤油蔵見学ができるのに加え、施設内に軽食コーナーがあり醤油を活用した軽食を食べる事ができる。例えば、醤油ソフトクリームや、醤油プリンなどがある。

そのようなスナック系軽食の中で異彩を放っているのが、「たまごかけご飯 350円」だ。やはり、醤油を使った風変わり軽食だけでなく、ストレートに醤油の味を楽しんで貰うためには「たまごかけご飯」が一番だと判断したのだろう。納豆ご飯や冷や奴など、他にも醤油を楽しむメニューは存在しているが、メニュー表上での扱いは小さい。確かに、納豆ご飯だと納豆の味が強いし、冷や奴は大豆の味わいが深いと醤油の美味さが分かりにくい。その点たまごかけご飯は問答無用で醤油勝負だ。

絞りたての醤油

この玉子かけご飯の最大の特徴は、もちろん醤油にある。その日もろみから絞ったばかりの、「できたて」の醤油が使われているのだった。軽食コーナーの横には、もろみを絞る体験コーナーがあり、まさに絞りたての醤油が樽から出てきている。これが、たまごかけご飯に使われるという。

醤油は発酵食品である。だから、絞った醤油を放置しておくとどんどん発酵が進み、味が変化する。それでは一般流通に乗せられないので、お店で買う醤油は加熱して酵母菌を殺してある。だから、今回の生醤油は未体験の味だ。

しかし、スーパーに行ったら「生醤油」と名乗っているものは売られている。珍しくないではないか、と思うかも知れない。しかし、成分表を見ると、その手の商品は大抵アルコールが添加されている事に気付く。アルコールは殺菌効果があり、保存料として用いられている。

ご飯切れのため売り切れとなる場合がある

お店側としては、ベストな醤油を出す以上ベストな状態で提供しなくては、と意気込みを見せている。そのため、ご飯は常に炊きたてを提供するよう心がけているとのこと。来場者数にあわせて、少量多頻度でご飯を炊いているので、時には「炊飯待ち」になることもあるそうだ。そのため、閉館時間が近い16時以降は提供できないことがある、という注意書きが掲示されてあった。「醤油の生産量が限られているから」ではなく、「お米をこれ以上炊かないので」という理由でお断りしているのだから、相当なものだ。

いくら生醤油がおいしくても、米がまずければ我が醤油の評価まで低くみられかねない。それは激しく不本意だろうから、玉子も、お米も気をつけているようだ。ちなみにお米は埼玉県産の「彩のかがやき」、玉子は近所の契約養鶏場からの新鮮なものだ。

たまごかけご飯

私がカウンターで注文した時、厨房からはちょうどご飯が炊きあがる音が聞こえてきた。まさにベストのタイミングで楽しむことができるというわけだ。

しばらくして届けられた「たまごかけご飯 350円」がこちら。

至ってシンプルな構成で、ご飯、おみそ汁、玉子、お漬物だけだ。PAなどの軽食コーナーでもこのようなシンプルな構成は存在しないだろう。「おなかを満たすため」に存在するのではなく、醤油をただただ楽しむために存在する、ご飯ものといえる。余計なものなど、いらない。

ちなみにおみそ汁の大豆、漬物の野菜など諸々全ての食材は埼玉県産という「地産地消」の徹底ぶりだ。唯一違うのが、おみそ汁の出汁に使っている削り節くらいか。こればかりは、海がない埼玉県では供給が無理だ。

トレイの上には、これら料理の他に醤油の瓶が二つ乗せられているのが特徴だ。テーブルに据え付けられているのではなく、わざわざトレイに乗せられている。これは、生の醤油なので「要冷蔵」だからだ。常温保存ができないので、注文の都度冷蔵庫から取り出している。

二種類の醤油は、片方が「今日絞りたて」の生醤油、もう片方が「玉子かけご飯用」の醤油だ。最近、「おたまはん」を始めとして「玉子かけご飯用」醤油が台頭しているが、ここでもそれを用意していた。食べ比べてみて欲しいらしい。

推奨の食べ方があるらしい

「醤油蔵ならではのたまごかけごはんの推奨飲食方法んの食べ方」という紙があったので、まずはそれを一読する。

(1)まず、生醤油をご飯にかけ少し混ぜます。
(醤油かけご飯をひとくち食べて生醤油の風味を味わいます)
(2)かき混ぜたたまごをご飯にかけて、たまごかけごはんをお召し上がりください。
(醤油の旨みがご飯にしみこむと、醤油もたまごも両方おいしくお楽しみいただけます。)

早速実践してみる。

生醤油をご飯の片隅にかけ、試しに醤油ご飯として食べてみた。

な、なんだこれは。

衝撃を受けた。非常においしい。醤油だけでなぜこんなにも美味いのか。

何がこんなに美味いのだろう、と思いもう一口食べてみる。二口目も、おいしい。炊きたてご飯の美味さもさることながら、これは間違いなく醤油の美味さだ。しかし、何がどうおいしいのか、もっとロジカルに、客観的に形容することができない。あまり体験したことがない味だからだ。

出汁でも混ぜているのか?と思ったくらいだ。それくらい、旨みが強く感じる。塩っ気よりも、旨みと甘みの印象が強い。

おかしい、そんな馬鹿な、ともう一口食べてみる。待て、これ以上はやめておけ。肝心のたまごかけご飯ができる前に、ご飯が無くなってしまう。

その美味に衝撃を受けつつ、うまく頭の中で整理がつかずにもやもやしつつ、もう片方の「たまごかけ醤油」を手にする。玉子をご飯にかけて渾然一体となる前に、比較対象の味を見ておかないと。

こちらのたまごかけ醤油をかけてみたが、こちらにも愕然とした。全然おいしく感じないのだった。この醤油は、たまごかけご飯がおいしくなるように、様々な出汁や調味料が調合され「旨み強化合宿」を経た強者だ。しかし、それがおいしくない。いや、多分これ単体で食べるとおいしく感じるのだろうが、「生醤油」を試食した直後だと全く色褪せてしまっているのだった。逆に、その味付けがわざとらしく、人工的な印象すら受ける。単なる醤油である「生醤油」なのに、そのインパクトたるや相当なものだということがこれで分かった。

驚いているうちにご飯を半分近く食べてしまいそうになったので、慌てて玉子を用意する。醤油ご飯でも十分で、玉子はお持ち帰りにしても良いくらいだったが、せっかくだから「たまごかけご飯」にしないといけない。

玉子は採れたてなのだろう、黄身が盛り上がっていて弾力が強い。とても美味そうだ。このたまごかけご飯を食しているのは朝9時半なので、多分玉子が産まれてから数時間以内、醤油は絞られてから1時間程度しか経っていないはずだ。新鮮極まりない。

たまごかけご飯を作り、食す。

生醤油のインパクトは、たまごのねっとり感と人間が本能的に「美味い」と感じる力強さをはねのけるだけの素晴らしいものだった。今まで、たまごかけご飯とは、ご飯をおいしく食べる手段であり、そのための玉子であり、その玉子に味をつけるための醤油だった。しかし、今回このたまごかけご飯は、醤油を食べるためのご飯であり、玉子と主従が入れ替わっているのだった。

このように美味い醤油かけご飯、もとい、たまごかけご飯を食べたのは初めてだ。たまごかけご飯を食べるためには、ブランド米だったり、かまど炊きだったり、高級な玉子が必要なのかと思っていた。しかし、醤油という脇役がここまで重要であると認識できたのは、大きな収穫だった。

もっとも、ここまでたまごかけご飯をおいしく感じたのは、遠方にある小さな醤油蔵にわざわざ見学しに訪れたという「転地効果」と「期待感」に後押しされている部分があろう。そういう「かさ上げ」で私が絶賛しているのは否定できない。しかし、それも含めて人間は「美味い」と感じる。どのような理由であれ、人生の中で最高に美味いたまごかけご飯に出逢う事ができたのは幸甚である。

この生醤油は、一般流通されていない。通信販売も受け付けていないので、ここ「醤遊王国」に出向いて購入するしかない。非常にレアな醤油だ。新鮮な魚介類を求めて漁港近くのお店に出向くように、新鮮な醤油を求めて醤油蔵に行く。そういう発想があっても良いかもしれない。

(2009.02.08)