『サンドイッチセット(スモークサーモンサンド)』
(東京都中央区銀座)
定食のご飯が大盛りのお店、またはおかわり自由のお店というのは枚挙にいとまがない。しかし、ふと気がついたのだが、洋食において「巨大なパンを出すお店」というのは聞いた記憶がない。せいぜいピザ屋くらいだ。バーンとバゲット1本丸ごと卓上に届けられるなんてお店はないし、二の腕ほどあろうかというコッペパンにソーセージを挟んだホットドッグなんてのも、ない。「デカいホットドッグを挟んでます」という巨大ホットドッグは存在するが、パンまで巨大であったためしがない。
ご飯を盛るのは、丼さえ大きければどうとでもなる。しゃもじ次第だ。しかし、パンともなれば、それ専用のパンをこしらえて、焼かないといけない。そんな特注品、わざわざ作る酔狂なお店はないのだろう。
そんなわけで、「巨大なパンを客にお見舞いするお店」というものは存在しないのだ、と思っていた。そう、このお店の事を知るまでは。
アメリカン。銀座にそのお店はある。外見は何の変哲もない、昔からの喫茶店だが、そこでは大きなサンドイッチを振る舞うのだという。大きなサンドイッチ、というのは私としては盲点であり、この情報を得たときはなるほどと思ったものだ。そうか、サンドイッチなら具を沢山挟み込んで巨大化することは容易だ。そういえば、巨大ハンバーガーのお店というのは既に存在しているな。サンドイッチだって、同様に巨大化したものだろう。
コンビニで買うことができるミックスサンドだって、それなりに大きなものだ。3切れ入っているものだと思って掴んでみたら、実はパン3枚で1つのサンドが形成されており、2切れだったと気づいたときのちょっとした驚き。今でも新鮮に思い出される。あ、サンドイッチって2枚のパンで挟むものとは限らないのだな、と大人の階段を一歩上った気分になれる。
この「アメリカン」、サンドイッチが大きいのだというが、一体どれだけの具の種類が、どれだけのパンによって挟み込まれているのだろうか。パン-玉子-パン-ハム-パン-ツナ-パン、のパン4枚からなるサンドだったりしたら結構食い応えあるし、大きくなるだろう。そもそも、6枚切りのパンあたりを使えば、随分かさばる。なるほど、きっとそういうのに違いない。なんだ、そう思えば特に斬新なことはない。ご家庭でも簡単に作れるものだ。
「巨大サンドイッチ」をおおむね脳内で想像することができたので、このお店に対して興味を失いそうになる。しかし、店名が素敵だし、訪れてみることにした。なにしろ、歌舞伎座のすぐ裏にお店があるのだ。日本の中でも有数の「和」な場所なのに、「アメリカン」なのだから挑戦的だ。
このお店の看板メニューは、「サンドイッチセット」1,100円となる。一瞬値段に驚き、入店するのを躊躇してしまう価格だ。いくら「コーンスープとサラダ付き」、そしてドリンクが付くとはいえ、1,000円を超えて支払うのは若干の勇気が必要だ。さすが銀座価格、というべきなのか、その値段に見合うだけの量を出すぞ、という犯行予告なのか。
「サンドイッチセット」で選べる具は沢山ある。
・タマゴサンド
・ツナサンド
・チキンサンド(リンゴ入り)
・ハムサンド
・ハムポテトサンド
・ハムチーズサンド
・パストラミビーフサンド
・ハンバーグサンド
・スモークサーモンサンド
・ローストチキンサンド
・トースト(バター、ジャム付き)
どれか一つを選べ、ということだ。いろいろな具を地層のように積み重ねて巨大サンドイッチをこしらえる、というわけではない。一品勝負、というわけだ。
このお店の名物はタマゴサンドである、と言う客は多い。しかし、「巨大サンド」の具として玉子というのはちょっとくどいかもしれない。どれか一つを選ぶのであれば何がよいのか、と熟慮の末、私は「スモークサーモンサンド」を選択した。これなら、味わい深くもありつつ食べやすく飽きがきにくいのではないか、と思ったからだ。そもそも、スモークサーモンをサンドイッチにして食べるという経験が過去に乏しく、興味深かった。
明らかに今風ではない、70年代か80年代テイストを感じさせる店内で料理のできあがりを待つ。しばらく待って卓上に届けられたものが、これだ。
スモークサーモンサンド。セットで1,100円。
こうきたかーッ。
この件において何度目だろうか、という「なるほど」感があるビジュアルだ。サンドイッチというのは薄切りパンでなければならないと誰が決めた?分厚くたっていいじゃないか。そう、極厚であってもね。
しかしこれは極厚にもほどがある。トースト用のパンの切り方ではない。大きな角パンをガツンガツンと分断しただけのものだ。パンの「塊」だ。「一枚、二枚」と数えるべき形ではなく、「一個、二個」と数えたほうがよさそうだ。
そしてそのパンの中には、これもまた「塊」と呼ぶべきスモークサーモンが入っていた。やけくそ、としか言いようがない。ズボラ飯というのは世の中数多あるが、ここまでくるとズボラではなく激しく独創性のある新料理といえる。サンドイッチと呼ぶのも無理があるくらいだ。
パンはトーストされていない。サンドイッチが2塊トレイに乗せられており、両方あわせると一斤はなさそうだ。しかし、そうはいっても見た目のインパクト、特に分厚さにおいては他のサンドの追随を許さない。
これを寝ている人の口にねじ込んだら、窒息死させることは容易だろう・・・
そんな不謹慎な事をとっさに思いついてしまうくらい、この外観は「お食事」の域を超えていた。まだ見ぬ凶器だ。パンだったら犯人の指紋というのは残らないのではあるまいか。であれば、素手でパンを口に押し込んでも、証拠が残らないかも、とかどうでもいいことを考えこんでしまった。
ハンバーガーのようにトーストされているわけでもなく、具がはみ出るように配置されているわけでもない。そのため、巨大な割には食べやすい、優しい世界であった。
このような大胆な利用法がされるパンだけあって、とても美味しい。安物のパンにありがちなスカスカ感はなく、しっとりふっくらした生地になっている。かといって、重たすぎない食感でもあり、これだけ分厚くてもうんざりすることがない。
食べ始めの頃は味がないのだが、うぐうぐと喉を鳴らしながら食べ進めていくとご褒美のスモークサーモンに辿り着く。そのうれしさよ。美女がこのパンにかぶりつくのは少々抵抗があるとは思うが、中年男性までなら許される。大いにかぶりつこう。うら若き乙女たちはテイクアウトも出来るので、ご自宅なりオフィスの会議室なりでこっそり、大口を開けてかじろう。
スープ、サラダ、ドリンクがついてこのお値段。満足度を踏まえると十分リピートしたくなる魅力的なお店であった。サンドの新たな形態をあなたの口でも、しかと受け止めて欲しい。
なお、ふっくらパンなので分厚くても食べやすいのだが、さすがに前歯が差し歯の人などは苦戦すると思うので注意が必要だ。私がまさにそう。よりによって差し歯の治療を終えた直後にこのお店を訪れたので、あともう少しで歯が持って行かれるかと思った。
(2014.12.02)
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