タケに食物アレルギーが出はじめたのは、保育園を転園した今年の4月以降だ。つまり、1歳1ヶ月頃から、ということになる。
生後11ヶ月からかなりのハイペースでいろいろな食材を食べるようになり、まるで受験勉強のようにこなしていった。そしてその間、アレルギーに対して問題はなかった。
しかし、どうも保育園の給食でなにやら様子がおかしい。食後口の周りに発疹ができることがある、という話を何度か保育士さんから聞くことがあった。
まあそういうこともあるのかな、と思っていたが、あるとき顔中が赤くなった写真を保育園から提示され、「これは偶然ではないっぽいので、ちゃんと検査を受けたほうがよい」と言われた。あれれ、給食に出る食材については全て自宅で安全性を確認しているはずなのに。
どうも、●●を食べると発疹が出るっぽい。なのでかかりつけの小児科に行って、「●●の食物アレルギーを検査して欲しいのですが」と相談してみた。すると先生は「●●の検査なんてありません」とおっしゃる。あ、そうなの?
当たり前っちゃあ当たり前で、この世の中にある全ての食材についてアレルギー検査なんてできっこない。たとえばスルメイカとモンゴウイカとホタルイカ、それぞれ検査できるわけがないことは素人でもわかることだ。
じゃあしょうがない。●●を包含する大きなくくりの食材について調べてもらった。あと、▲▲と✕✕も。すると、▲▲と■■に特異的IgEという、アレルゲンを示す値が検出された。あっ、タケ、食物アレルギーができたのか。
生後11ヶ月時点では食べられたものが14ヶ月目には発疹が出る。こうなると、何がセーフで何がアウトなのかわからない。これまで食べられたから今後もセーフとは限らない、ということだ。
この食材は以前食べたことがあるから大丈夫だろう、と食べさせてみたら発疹が出て失敗、とか、あの食材もどうやら駄目っぽい、とか、何度か失敗してしまうと食べさせること自体が怖くなる。食事中、なにやら口唇の脇にぽちっと赤い発疹が現れたら、「これの原因はなんだ?」と疑う日々だ。
不思議なもので、アレルゲンが確定しているはずの食材でも加工済みの食品ならイケることがある、ということだ。マグロは駄目だけどツナ缶は大丈夫、みたいな感じ。(あくまでも例示)
とはいえ、不用意に地雷を踏みたくないので、これ以上のチャレンジは控えている。
そうやって警戒の目を向けているさなか、あるお店で外食中、これまでとは違うジャンルで発疹が出てしまった。
翌日またかかりつけ医に行って相談すると、「アレルギーは専門じゃないから、ちゃんと検査できるところに行って検査してもらったほうがいい」と言われた。はあ、そういうものなんですか。
そういえば、近所の「◯◯こどもクリニック」では、「小児科・アレルギー科」を標榜していたっけ。ああいうところに行け、ということなんだろうか。
すると先生は、「大学病院だ」とおっしゃる。まじですか。まさか弊息子、1歳にして大学病院のお世話になるとは思わなかった。親である僕でさえお世話になったことがないのに。
タケがかかりつけの耳鼻科の先生はその話を聞き、
「せっかくだから全種類のアレルギー検査をやればいいのよ。3種類だなんてなにをケチくさいことをやってるのよ。そんなことやってるから、もぐらたたきみたいに次から次へと新しいのが見つかるのよ」
と憤る。しかしよくよく事情を調べてみると、小児科としてはアレルギー検査は扱いづらいものらしい。
というのも、小児科というのはこの病気だから診療報酬何点、というカウントではなく、お一人様1回おいくら、という定額制になっているらしい。そしてアレルギー検査は項目数を増やせば増やすだけ費用がかさむ。検査数を増やすと病院側の持ち出しになってしまうので、あれもこれもと闇雲に検査するわけにはいかないんだそうだ。
というわけで、はるばる大学病院までやってきましたよ。紹介状を携えて。
1回目は採血して検査、1週間後の2回目は僕だけが結果を聞きに行くという形になった。患者でもない人間が病院に行って話を聞く、というのは人生で初めての体験だ。2回目は30分近く准教授の肩書をもつ先生とマンツーマンでお話させてもらった。大学病院って、もっと分刻みで外来をやっているものだと思ったので丁寧な説明には驚いた。
結果は、なるほど予想通りでした、というものだった。このとき検査したのが10種類の食材だったのだけど、「おそらくこの界隈のものが怪しい」というヤツがビンゴだった。
「今後、減感作療法をすることになるんですか?」
と先生に聞いてみる。
アレルギーの治療でよく使われるもので、アレルゲンとなるものをちょっとずつ意図的に接種し、体を慣れさせていくやり方だ。僕自身、子供の頃は減感作療法のために毎週通院して注射を打っていたものだ。ハウスダストとダニにアレルギーを持っていて、和式の家や古い旅館に行くとくしゃみと鼻水が止まらなくなるからだ。
※結局その効果はあまり得られず、未だにくしゃみ鼻水はよく出ている。
でも先生は、「減感作療法はできない」とおっしゃる。まだ言葉が発達していない幼児に対してやると、加減を誤ってやりすぎてしまう恐れがあるからだという。一歩間違えるとアナフィラキシーショックで命の危険もありえる。
むしろアレルギーとがっぷり四つに組んで克服するよりも、アレルギーを避ける方針になった。
さあこれからが大変だ。外食は危なっかしくて原則できなくなった。どこに何が潜んでいるかわからないからだ。成分表が明記されている食材や料理しか買えないし、食べさせられない。「これ、おすそ分け。どうぞ」と友だちからもらった食べ物やお菓子なんて、地雷そのものだ。
これまで、「食べ放題のビュッフェは幼児無料だからラッキー」と思っていたけど、ビュッフェなんて無理になってしまった。すべての料理に成分表がついているなら良いけれど、そんなビュッフェは絶対にないから。
大学病院からもらった食物アレルギーの説明本を読むと、ヒヤリハット事例というか、やっちまった事例がたくさん紹介されていた。
「子どもが習い事に行ったらそこの先生から飴玉をもらい、舐めたらアレルギー症状が出た」とか、「アレルギー食材を除去したバースデーケーキを特注して誕生日を祝ったけど、ケーキの上に乗っていたチョコレート製のプレートにアレルギー成分が含まれていたので症状が出た」とか、「普通のお菓子と見分けがつかないように巧妙にアレルギー成分を除去したお菓子を手作りしたけれど、事情を知らない人が普通のお菓子のほうを子どもに与えて症状が出た」とか。
これはもう親の用心だけじゃどうしようもねぇな、という内容だらけ。でも「どうしようもねぇな」では済まない話なので、せめて親の目が行き届く限りは彼をアレルゲンから遠ざけないといけない。
つくづく怖いな、と思うのは、食物アレルギーというのは簡単に人殺しが出来てしまうことだ。料理にこっそり、隠し味として潜ませておけばいい。しかも殺した側は「アレルギー持ちとは知らず、うっかり提供してしまいました」と悪意がなかったことを主張できてしまう。
なので、この文章ではタケにとって何がアレルゲンとなったのかは書かない。彼のウィークポイントになるからだ。最初書いた文章はもっと詳細なディティールが含まれていたけど、何度か校正して内容をぼかした。
(2022.07.22)
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