広島焼きではない。これがお好み焼きだ。(その1)
先日、広島に所用で滞在中、変な建物を発見した。
遠目からでも目立つ、怪しい建物。明らかに周囲の光景から浮いている。浮きすぎだ。
周りは工場が並ぶのに、ここだけなぜか木造建築。籠をひっくり返したようだ。
あの建物を引き上げると、中からサイコロが出てきて「長」だとか「半」だとかなってそうだ。または、ずるずると地下から巨大お坊さんが出てきて、ああ虚無僧さんでしたか、みたいな。
あまりに怪しいので帰社後調べてみたら、オタフクソースの研修施設「WoodEgg」であることがわかった。ここで開業支援の研修を定期的に開いているのだという。オタフクが研修を実施しているのは有名な話だが(少なくとも広島では)、ここでやっているとは知らなかった。
この研修だが、開業を目指す人がうける3日コースと、開業検討中だけどどうしたもんか、というモラトリアムな人のための1日コースの二種類があることがわかった。
そりゃ面白い、1日コースでいいから受講させて貰えないだろうか?お好み焼きは大好きだが、何がどうなっているのかさっぱり知らないからだ。この際、勉強させてもらえるなら勉強したい。
とはいえ、将来的に開業して、オタフクの利益に貢献してくれる人に対して本来研修ってぇもんはするんであって、「興味があったので」程度の一般人が受講させてくれるんかいな。
「いいですよー」
あれ、即答。オタフクソースの「お好み焼き課」というところに電話して問い合わせてみたら、あっけなくOKが貰えた。しかも、本来1週間前に予約が必要だったのだが、翌日の研修に滑り込ませてくれた。ありがたい。なお、1日コースは受講料5,000円也。
オタフクの中の人いわく、「お好み焼きのファンを増やす事も大切ですから」だって。ただ、だからといって開業する気がない人がテーマパーク感覚で殺到しても困るだろうから、オタフクとしては実際のところどう思っているのかはわからない。すんません、末席を汚させていただきやす。
翌日、平日ではあったが何とかカントカ仕事をやりくりしちゃって、WoodEggに侵入。丸一日かけて、研修を受けてきた。
原価計算や食材の仕入れ、店舗改築など超実践的な座学から始まって、その後は業務用の大きな鉄板を使っての調理実習。鉄板の火入れから始まって、最後は鉄板を鉄たわしで磨き上げ、油を塗るところまで全てを実体験した。こんな実戦形式の研修は初めてだ。蕎麦打ち体験なんかの比じゃない。
お好み焼きの生地を作る際は、45人前作れる1kgの粉を手渡されてびびる。先生は「いやあ、これくらいは今日、一人で使いますから」と平然。また、キャベツはでかいやつを一人一玉。これを、刃渡り30センチ以上ある牛刀でさばく。スケール感が違う。
最初は生地をひたすら薄く均一に延ばす練習。これで生地を20枚以上焼き、コツを掴む。「ひたすら焼くこと、それが重要です」と先生は仰る。数がモノをいう世界らしい。
その後は、「肉玉」を1枚作り、レシピと手順を覚える。焼き上がったら「肉玉そば」1枚、その後、「肉玉そばを同時に2枚」、「肉玉そばイカ天トッピングを同時に2枚」焼き、計6枚のお好み焼きを焼いたのだった。帰宅時には、より深いお好み焼きへの理解と愛情、そして両手いっぱいのお持ち帰りのお好み焼き。
この研修中、おかでんは許可を取った上で写真をたくさん撮りまくったのだが、「ネットには掲載しないこと」という条件付きだった。よって、惜しいが当日の模様は省略。
この研修を受けて以来、お好み焼きを食べる際はいったん生地をめくって、中の具の量や重ね順を確認する変な癖がついてしまった。どうなっているんだろう、と気になってならない。というのも、お店によって結構ばらつきがあるからだ。
お好み焼き屋をやってみたい、という気持ちが結構強く湧いてきたのだが、座学の際に「いかにお好み焼き屋で生計を立てるのが難しいか」ということをよーく理解したので、脱サラしてお好み焼き屋を安易に始める案はペンディングだ。
単なる雑学習得でおしまい、と思ったお好み焼き研修だったが、案外早い段階でその実力を発揮する機会があった。正月、実家に帰っている時、母親が「今晩は自宅でお好み焼きをしよう」と提案したからだ。ホットプレートでお好み焼きをするという。多分、母親の頭の中では「混ぜ焼き」と俗に言われる関西風のお好み焼きを想定していたのだろうが、ちょっと待って欲しい、せっかくホットプレートを出すなら、シェフおかでんに一度広島風を作らせて欲しい。
一人暮らしのおかでん自宅には当然ホットプレートなんてないので、実家にいる今だけがチャンスだ。
一般的に、「広島風」と呼ばれるお好み焼きは、自宅では作らない。これは、お好み焼きを空気を吸うかのごとく食べている広島人であっても例外ではない。ちょっと歩けば自宅近くに大抵お好み焼き屋があるから、という事情もあるが、広島のお好み焼きは作るのが手間で、なおかつ場所を取るからだ。家族でわいわい言いながら、ホットプレートで焼いて食べるにはちと大変。
その証拠に、スーパーの売り場を見ればよくわかる。広島のスーパーは、ある程度の規模の店なら必ず「お好み焼きコーナー」がある。ソースやら天かすやら青のりやらイカ天(イカの天ぷらではない。駄菓子のイカスナックのこと)やら、お好み焼きに必要なものが並べられていて、さすが広島だと感動すら覚える。・・・しかし、売られているお好み焼き粉は、なぜか関西風向けであり、広島風を作る粉ではないのだった。オタフク印のお好み焼き粉も売られているが、これですら関西風用。それだけ、家で広島風を作るのは難しいということだ。本場広島でさえ、家で作るのを諦めてしまう料理。それを今回は作ってみようと思う。
早速、着替える。研修の際に使ったデニム地のオタフクエプロンと、ファストフード的な帽子を被る。自宅で調理するのにはほとんど意味をなさないが、まあ雰囲気として。
なお、キャップを被って調理しているお好み焼き屋なんて一度も見たことはない。お好み焼きなんて、自宅の一部を改装した店舗で、オバチャンが家事の合間に焼いているものだ。いかにも調理師でござい、といった服装をしている事はまずない。
自宅の食料庫には、お好み焼き粉やたこ焼粉が既にストックされていた。・・・たこ焼きの粉、一体いつ使うつもりで母親は買ったんだ?うち、たこ焼き器は無いんですけど。謎だ。
こういう粉を使って広島のお好み焼きを作ろうとすると、失敗する。関西と広島のお好み焼きの根本的な違いは、関西が「モロに粉モン」であるのに対し、広島は「粉も使ってるけど、粉そのものはあまり量が多くない」ということだ。よく「クレープのような生地」という形容がされるが、広島のお好み焼きは重ね焼きが基本。生地はあくまでも薄く、鉄板が透けて見えそうなくらいにするのがコツ。そんなわけで、「ふんわりボリューム感を出す」用途の関西風粉では、広島のお好み焼きを焼くのが難しいのだった。
現にこの写真に写っているお好み焼き粉、「山芋入り」と書いてある。ふっくらさせ、食感を柔らかくするためのものだが、広島ではあまり必要としない。
そこで使うのが、お好みフーズ謹製の「オコミックス」。
研修ではこれを使った。本来、薄力粉にあれやこれや調合してようやくできる生地の素だが、この粉さえあればお手軽簡単だ。
お手軽といっても業務用なので、普通のスーパーでは手に入らない。研修の先生に入手経路を聞いたら、業務用スーパーで売られている場合があるという事だったので、行ってみたら確かに売られていた。1kg(45枚相当)を家庭用に買うのは相当キツいのだが、他に替えられないので覚悟を決めて購入だ。
「扱いやすく無駄の出ない1kgタイプ」と書かれているあたり、ご家庭用は想定していねえぞこの野郎、という職人気質を感じさせる。
このオコミックス、業務用スーパーでもかなり本格的なところじゃないと手に入らないと思うので注意。もちろん、広島県外で入手するのは至難の業だろう。幸いおかでんは、「これぞ本物の業務用スーパー」というのがあるのを知っていたので、そこで調達。
最近、業務用を標榜しておきながらぬるい商品しか売っていない店が多くてつまらんのだが、このスーパーはガチ。一斗缶の醤油とか、大量のラードとか、生ビール樽とか、売っているものが豪快。それが故に一般市民おかでんには買うモノがない店でもあるんだが、見ているだけでも楽しい。
お好み焼きの基本は、生地作りから。
さあ、オコミックスを水と混ぜよう。今日は父親が不在なので、母親と二人分でいいぞ。ええと、二人分作る場合は・・・
ええと。あれれ。
困ってしまった。このオコミックス、1kgを一度に使い切ることを前提にしか「配合の目安」が書かれていない。さすが業務用。「(4人前の場合)」なんていう、よくあるご家庭用料理食材の作例とはスケールが違うぜ。
えーと、1kg(1000g)が45人前だから、1000÷45は・・・
面倒だ、やめたやめた。目分量でいこう。細かく計算したって、計量器が台所にないからその数値分きっちりに合わせるのは無理だし。
半分やけくそになりながら粉と水を入れる。調理開始したばかりなのに早速やけくそになってどうするんだ、と思うが、仕方がない。
粉1に対して水1.2-1.5。よくわからないので目分量。あと、みりんを少量。
みりんを入れるのは、生地に若干焼き色を付けるためと、生地が鉄板から剥がれやすくする二つの効果がある。薄い生地なので、鉄板にべったりと張り付かれると大変に困る。みりんは案外重要。
おたま。
案外これも重要。おたま一杯分の生地を延ばして一枚のお好み焼きができれば最高。だから、お玉がデカくても小さくても塩梅が悪い。
また、お玉は底が扁平になっているものの方が望ましい。生地を延ばす際、お玉の底を使うからだ。あんまりまん丸だと、生地がうまく延びない。
ちょうど自宅にあったお玉は、条件をほぼ満たしていた。俺の母親グッジョブ。
決して、「ご飯よー」とフライパンをお玉でガンガン叩いた結果こういう形になったわけではない。
生地をこね回してみた。
でき上がりの目安は、「粉が小さな塊で残っておらず、均一に滑らかになっていること」。天ぷら粉のように「捏ねすぎてはイカン」とか「よく冷やせ」などといった難しい事はないそうだ。ただこれは、魔法の粉オコミックスだからこそなのかもしれない。薄力粉から作った場合はどうなのかは、しらん。
いざ、お玉で生地をすくってみたのだが、心なしか水っぽい気がする。研修の時、どうだっけなあ。もうちょっと濃かったような気がするけど、えーと。
広島のお好み焼きだから、あんまり生地がぼてっとしていてもいかん。どこまでが「水っぽい」で、どこからが「もったりしすぎじゃコラ」なのか判断が難しい。
不安になったので、オコミックスを足してみた。もう少し粘度をあげた方がよさそうだ。
生地が水っぽくて、春巻きの皮みたいにぺろんぺろんになって、調理途中で途方に暮れるくらいだったら、生地がもっさりした方がまだマシだ。
よくかき混ぜたら、なんとなくそれっぽいものができた。・・・よくわからんが、今日はこれでいこう。いやね、生地作りは気温や湿度など総合的に判断して、毎日調合を変えるんですよはっはっは。
なお、この便利粉のオコミックスだが、実際に開業しているお店でもよく使われているらしい。オタフクの開業支援研修を受けた人には特に愛用されているとか。自分で粉を調合するより原価は高くなるが、あれやこれや生地を研究して試行錯誤しまくるよりは楽だと思う。
しょせん、という言い方をしては失礼かもしれないが、しょせんお好み焼きだ。
最近のラーメン屋や蕎麦屋のような求道者的マニアックさとは別次元の食べ物。こういう既存のものをどんどん使って、気軽に作って、安く提供するのは全然有りだと思う。それでマズいなら問題だが、実際はおいしいわけだし。「食材に拘り抜いたお好み焼きです。1枚1,200円です」なんて、誰が食うかボケーって言われるのがオチ。
さて、生地はできたので、具材の準備にかかる。
まずお好み焼きで必須なのはキャベツ。これが無いと始まらない。広島のお好み焼きは、極論すればキャベツを食っているといっていいくらいだ(もちろん極論だぞ)。相当な量を使うので、お好み焼き屋の「仕込み時間」の大半はキャベツを刻む事に費やされていると思う。
お好み焼き研修の際、座学でこのキャベツについてはあれこれ習った。キャベツは季節によって食感も味も変わるので、それに応じた調理法が求められるからだ。しかも、値動きが激しいので、原価管理をしっかりしないととんでもないことになる。
先生はわれわれに問う。「キャベツが一番おいしいのはいつか?」と。
そこで知ったかぶりおかでんは「春キャベツが一番柔らかくておいしいと思います」と自信満々に答えたのだが、これは不正解。正しくは冬なんだそうだ。寒玉、といって葉がぎゅっとしまって丸く、糖度が高いのでお好み焼き向けなのだった。
逆に春キャベツの場合、水を含んで柔らかいのでお好み焼きには向かないそうだ。しかも、葉が広がっているため、外側の固くなった葉は廃棄となり、重量とデカさの割には使える部位が少なく、コストがあわないんだって。へえええ。豚カツの添え物のキャベツの千切りは、春キャベツに限ると聞いたのだが、お好み焼きの場合は違うんだな。あと、原価を常に意識しなければならない飲食店ならではの発想も、大変に勉強になる。
なお、夏場のキャベツは苦みが出て、秋は辛みが出る。この味は今更変えようがないので、あとは蒸らし時間やキャベツの刻み方を変えて対応することになる。オタフクのレシピだと、季節によっては切り幅が10倍くらい違う(春が一番太い)。
キャベツの切り方は、単なる千切りとは違っている。キャベツを四つ切りにして、真ん中の芯を斜めに切り落とし、その切り落とした断面をまな板に当てた状態で刻むのだった。不安定でキャベツがグラグラするのだが、こうすることで奇麗に刻む事ができる。普通に刻むと、芯が残っていて千切り同士がくっついていました、なんてものが多発するが、この切り方だと大丈夫。
また、切る際は包丁の根元側を少しずつ、円を描くようにズラしていく。キャベツは丸い野菜。円を描くように切っていくことで、どの千切りも同じ長さに切りそろえられる・・・というのがその論理。すげえなあ。そんなこと、考えたこともなかった。
とはいえ、論理はわかっていても上手く切れるかどうかは別問題。今回はうまくいかなかった。
研修受講中、感心したのはキャベツの芯も利用していることだった。
捨てる場所だと思っていたのだが、先生は残ったキャベツの芯や、刻んだキャベツの中で芯が多いものを集め、細かく刻んで千切りの山の中に混ぜていた。
「食感がいいですし、甘みも出ますから。また、これも原価のうちですから」
だって。プロってそういう事なんだな。残らず、余さず使う。大変勉強になります。
もちろん今回も、芯を余さず使う。
キャベツは水にさらさない。
生野菜として食べるならしゃきっとしてそれもまた良しだが、加熱調理するので不要。水にさらして栄養が失われるのはしゃくに障るし、あんまり水っぽいとベタベタしたお好み焼きになってしまう。刻む前にキャベツ全体を洗うに留め、刻んだら後は黙ってホットプレート脇に持っていくべし。
続いてもやしもスタンバイ。
スタンバイといっても、もやしの場合袋から出すだけだが。もやしの尻尾が気になる、という拘りの人は、一つ一つ芽と根を除去してもいいが、そんな手間をかけたらお好み焼きが高級料理に化けてしまう。こだわるだけ無駄だと思う。
なお、ここで要注意なのは、広島のお好み焼きは通称「細もやし」、正式名称「ブラックマッペ」を使うということだ。巷で一般的に見かけるもやしと比べて、明らかにヒョロい。もやし野郎、と相手を罵るのに最適な細さ。
多分、東京の人が「このモヤシ野郎!」と罵倒するのと、広島の人が同じ事を言うのでは、罵倒の度合いが違うと思う。広島の方がもっとどきつい。なぜなら、広島のもやしは細いから。
この細もやしを使うことで、シャキシャキした食感がお好み焼きに加わる。「太いもやしでもいいじゃん」とやると、食感がどうにも悪くなる。もやしが主張しすぎなお好み焼きになる上に、もやしの水分が相当うっとおしい。ここはぜひ細もやしを使いたい。
ただ、東京界隈のスーパーでこれを見かけた事は一度もない。オタフクの先生は東京でも入手可能だ、と仰っていたが、恐らくそれは業務用ルートなのだろう。一般ルートではレアアイテム。
そのため、東京で広島風お好み焼きの店を開いている店で、「食材は全部広島から空輸している」というところがある。キャベツはどうにかなるとしても、細もやしと葱(観音葱)はなかなか代替品が広島以外にはないらしい。
豚肉も用意。
もちろんこれは豚バラ肉を使用。「冷蔵庫に、生姜焼き用のロース肉があったけど、これ使っちゃおう」というのでも全然構わないのだが、それがおいしいかどうかは正直怪しい。バラ肉は、油をじうじうと分泌しやがる愛しい存在。お好み焼きにはぜひこれを使いたいところだ。
笑っちゃうのは、広島のスーパーの精肉コーナーにいくと、やたらと豚バラ肉が売られているのだった。多分大阪でも同じだと思う。東京近郊のスーパーでの豚バラ肉の地位より数段格上の扱い。
だいたいお好み焼き1枚につき3枚程度載せるので、それを前提に肉を買いましょう。目を凝らして、パックの中に入っている肉が何枚かカウントすべし。くっついているので、よく見えないんだよね。
なお、店舗運営の観点でいうと、お好み焼きの中で原価が一番高いのがこの豚肉。どんな肉を使うかでもうけが全然変わってくるので要注意食材だ。うっかりスーパーなんぞで豚肉を少量ずつ仕入れていたら、確実に儲からないと思う。
青のりとか削り粉とかオタフクソースとか、諸々の食材を全部ホットプレート脇にそろえたところで調理開始。食卓は食材とホットプレートでいっぱいいっぱいだ。つくづく広島風のお好み焼きは家庭向けではない。しかも、一度に二枚を焼くのは相当難しいので、現実的には一度に一枚焼くのがやっとだ。
まずは生地をひく。
お玉いっぱい分(約40g)を鉄板に垂らし、約20cmの円形に延ばす。延ばす際はお玉の背を使って、ぐるぐると渦巻き状に。同じ所を二回通ると生地が破れるので、奇麗な渦巻きをきっちりと描くのが重要。
この辺りは研修でみっちりと鍛えたからなあ。任せろ。・・・って、あれれ?生地ボロボロなんですけど。うわ、みっともない。
何で?と思ったが、これ、鉄板が焦げ防止用に細かい凹凸が付いているからだった。その凹凸のせいで生地がうまく広がっていかず、自然とお玉を持つ手に力が入り、破れてしまうのだった。
失敗した、と思ったらすぐにやり直しができるのが、広島のお好み焼き及びオコミックスの特徴。ヘラで簡単に剥がれるので、何事も無かったかのように再チャレンジできる。
写真右は二回目のもの。うーん、少しはコツを掴んだのだが、まだ生地の厚さが一定ではない。外周が厚い。これもダメ。
三度目にして、ようやく納得がいく生地をひけた。
これだったら文句あるまい。草葉の陰で、研修の先生も喜んでいる事だろう。あ、まだ死んでなかったっけ。
なお、廃棄された生地二枚は、翌朝母親が食事にしていた。「生地だけだけど、おいしかった」とは母親の弁。オコミックス、塩味もついているし鰹節粉が含まれているので、それはそれで美味い。生活に困窮しはじめたら、オコミックスで食いつないでもいいかもしれん。
ああそうそう、豆知識。
プロは、夏場にこのお好み焼きの生地に酢を入れたりする事もあるんだって。暑い厨房なので、生地が痛みやすいので腐敗防止の意味があるんだとか。あと、この記事を読んで「オコミックス、欲しい!」と思った方に注意喚起。「オコミックス」は広島風用だが、紛らわしい事に「オコミックスソフト」という別商品もある。
こっちは関西風用なので、お間違えのないように。以上宣伝でした。・・・ってお前誰だ。オタフクの回し者か?
生地をひいたら、その上にキャベツ、もやしと盛りつけていく。
広島のお好み焼きが「重ね焼き」と称されるゆえんだ。
「焼きそばモドキ」とかいろいろ批判がある料理だが、調理がしっかりしていれば「焼きそば」にはならない。ちゃんと、断層のように、ジュラ紀白亜紀時代から脈々と続く食材の層ができ上がる。
多くの店では生地をひいた後、そこに削り粉(鰹節を粉末にしたもの)をかける。店によってはとろろ昆布を載せるところもある。ただ、今回の生地「オコミックス」は既に生地の中に鰹節が含まれているので、省略可能なのだった。
キャベツは150g程度、もやしは30g程度。
ここでオタフク・専門店の味かつお粉をかける。こんなものまでオタフクは出しているのだからすごい。
多分どこか別の会社からのOEM供給なのだろうが、安心のオタフクブランド。ただ、これはなかなか広島以外では手に入るまい。
本当は、かつお粉と昆布粉をミックスしたものをかけるのが良いのだが、昆布粉は無かったので省略。昆布だしの粉末は台所にあったが、だしがききすぎても味がおかしくなるのでやめておこう。
ラーメンで「魚介と豚骨のダブルスープ」なんぞがあるように、お好み焼きでも豚と鰹(+昆布)の組合せで旨み倍増なのだ。ただ、店によっては削り粉を入れすぎて、相当鰹のえぐみが出てしまっているお好み焼きがある。かければかけるだけ美味くなる魔法の粉ではないので注意。
袋からそのままお好み焼きに振りかけてみたら・・うわ、ドバーっと出てしまった。失敗。こりゃ味がエグくなるぞ。参ったな。
天かすを載せよう。
これまたオタフクが天かすを出していて、「いか天入り天かす 天華」という。
こいつの優れたところは、イカ天入りということだ。普通の天かすのMP(マジックポイント)を100とすれば、この天華は150くらいある。香ばしさが尋常ではない。イカ天すげえ。
広島のスーパーでは大抵どこでも手に入る定番商品だが、その他だとちと入手は難しいだろう。広島にお越しの際は、お土産にぜひどうぞ。
これを10gくらい、お好み焼きの上に載せる。
オタフクの公式レシピだと、生地→キャベツ→天かす→ねぎ→もやしの順番で積み上げていくのだが、今回は敢えて天かすの順番を後にした(ねぎは手元になかったので、今日は省略。本当はひとつまみくらい入れたいところ)。
天かすの順番は案外重要で、キャベツとねぎの間に挟むとしっとり感が出て、全体に旨みが浸透する。一体感重視だ。一方、もやしの後に天かすを載せると、この後鉄板の上で地獄の業火に晒されることになるため、カリッと香ばしく仕上がる。パンチのある味を求めるならこちら。
オタフクのお師匠さんいわく、「常連客のリピーターが多い店なら、天かすはキャベツ直後が良い。一見さん狙いの広島県外の店なら、天かすが表面にある方が客を掴みやすい」とのこと。
今回は、「お好み焼きおかちゃん」の一見客である母親に提供するので、パンチ重視で天かすは後載せ。
トッピングのシメとして、豚バラ肉を載せる。3枚が一般的に相場かな。
・・・やたらと脂身が多い肉だな。これ、豚バラ肉というより「豚バラ肉から採取した脂身」と呼んでも良いんじゃないか?
バラ肉をトッピングする際は、肉同士に隙間をあけず、重ならずというお行儀の良さが求められる。隙間が空いていると、そこから野菜が焦げる。この後お好み焼きをひっくり返した際、豚肉が「底」の役目を果たすので、しっかりと隙間は埋めておきたい。
なお、脂身はお好み焼きの外を向くように配置するのがコツ。
他にもいろいろ、鉄板に対して豚肉はどの向きで並べるかとかいろいろ研修では習ったが、きりがないので割愛。
豚肉を並べたら、上から生地を少量かける。豚肉を保護する意味合いがあるので、豚肉のみにかけること。野菜にまでかけちゃイヤン。関西風じゃないので、野菜にまで生地が浸透してはいかんのだった。
で、レシピ上ではここにラードをひとかけら載せる・・・となっているのだが、ラードなんてないし、まあいいか。省略。
トッピングが全て終わった頃には、お好み焼きをひっくり返す事ができるようになっているはず。目安は、生地の外周が鉄板からやや浮き上がった状態。こうなっていれば、ターンが可能。
先走ってターンしようとすると、ヘラを生地の下に突っ込んだ時点で生地とヘラがくっついてしまい、にっちもさっちもいかなくなる。このときほど「どうしよう」と困り果てる事はなかなかないので、慎重にやろう。
ターンは、肘を使わずに手首だけで。慣れれば簡単だが、慣れるまで大変。おかでんはまだ未熟。ここで失敗すると、お好み焼きの具がどひゃーとこぼれ、それをかき集めて取り繕う必要がでてくる。その結果、「野菜炒めの上に生地が被さった、新手の料理」になってしまう。お好み焼きをお好み焼きとして全うさせるためには、ターンは華麗に決めたい。
しかし、実際問題、広島のお好み焼き店でも、このターンがいい加減なオバチャンってのは結構いる。何事も無かったかのように溢れた野菜を生地の下に押し込んでいるが、そのせいで中身がカオス。豚肉がなぜか生地の直下に来ていたり、もう何がなんだか。
写真はターン後のものだが、生地に焼き色が付きすぎた。写真を撮りながらだったのでターンまで時間をかけすぎたのと、生地にみりんを入れすぎた。みりんを入れている写真を撮ろうとしていたら、どばーっとでちまったからなあ。ただ、この焼き色でも味には何ら問題はない。
ここから肉を焼くため、ホットプレートの温度を上げる。220度まで上げて、豚バラ肉を一気に焼く。
時々お好み焼きをめくってみて、豚肉に十分焼き色がついたら、またホットプレートを160度くらいにおとし、この後野菜の蒸らしに入る。220度のままだと、野菜が蒸らされる前に焦げちまうからだ。
この温度調整が面倒。お店だと、鉄板の上でお好み焼きの場所をこまめに動かして対応している。あの鉄板の下には、円周形のガスコンロが仕込まれていて、そのコンロ部分から近づけたり遠ざけたりで、お好み焼きの温度調整を自在にコントロールしているのだった。職人技ですな。しかしホットプレートだとそうはいかない。鉄板の温度が上がる・下がるタイムラグを想定の上、早め早めに対応しないといかん。
(2010.01.09)
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