「醤遊王国」訪問時、大感激した「たまごかけご飯」。その感動の根本はその日絞りたての生醤油だった。これはぜひ購入したいところ。しかし、聞いてみたところ通販は受け付けていないそうだ。もったいない。なぜ?
職人さんいわく、「発酵が続いている状態なので、温度が高いところに置いたり、飛行機のように気圧が低いところだと破裂する恐れがあるから」だそうだ。手作業で瓶詰め封印作業をやっているので、密閉が完璧である保障はなく、万が一を恐れて通販はしない方針とのこと。なるほど、絞りたて醤油が一般流通しないわけだ。しない、んじゃなくてできない、のだな。
この醤油はとてもデリケートで、たとえ未開封でも要冷蔵。未開封だと半年くらいが賞味期限となり、開封したら1カ月程度で使い切るべし、とのことだった。時間の経過とともにどろりとしてくる上に香りが飛ぶので、早く使い切らないといけないそうで。
とはいっても困ったな、家にはつい先日買ったばかりの「かき醤油」があるのだった。男の一人暮らし、自炊の数はそれほど多くない。この醤油を使い切るだけでも難儀なのに、どうしたものか。かといって、「かき醤油」を使い切ってから、再度この日高市まで訪れるのは相当時間とコストがかかりアホらしい。せっかく買うなら、大小ある生醤油のうち、大きい方が欲しいものだ。
すると、職人さんが「小さい瓶を二つ購入されたら如何ですか?」と提案してきた。それは良いアイディアだ。大きい瓶だと、開封して一カ月で使い切るのは難しいが、小さい瓶なら何とかなりそうだ。また、ここぞという時だけに「生醤油」を使い、普通は大量にある「かき醤油」と使い分けができる。とりあえずその手でいこう。提案の通り小サイズの瓶を2つ、購入。150mlで420円。スーパーで売られている醤油とは段違いに高額だが、それだけの価値はあると思う。ただし、普段使いには無理だな。
まさか、毎日玉子かけご飯を食べるわけにもいくまい。この醤油は一体何に使えば良いのだろう?職人さんに、何に合いますかね?と聞いてみた。すると、納豆に合う、という答え。納豆に付属しているたれの代わりに使うと良いそうだ。でも、納豆の強烈な味と臭いが生醤油の美味さを邪魔されそうな気がする。それから、職人さんのお勧めは煮物だそうだ。えええ、煮物っすか。量をそれなりに使ってしまうのでもったいないのと、加熱されると普通の醤油に近くなってしまい面白くない気がする。ううむ、これは自らいろいろ試してみるしかあるまい。
帰宅してから、早速醤油を試してみることにする。未開封要冷蔵で半年は保つとはいえ、早ければ早いほどよかろう。早速その日の晩ご飯に登場願った。
醤油のラベルには、「品名:生揚げ(きあげ、と読む)」と書いてある。まるで厚揚げのような名前だが、これが生醤油の正式名称なのだそうだ。何でも、加熱処理していない醤油は「醤油」と名乗ってはいかんルールになっているらしい。
原材料を見ると、非常に潔い。大豆、小麦、食塩。それだけ。よく見かける醤油はいろいろ添加物があるが、さすが生醤油だ。ちょっと感動。
[Round#1:板わさ]
できるだけシンプルに醤油の味を楽しみたい。だから、板わさを選んでみた。
かまぼこを買ってきて、生醤油をかけてみる。
できるだけ醤油の味を楽しみたいので、「板わさ」といえども最初は醤油だけでかまぼこを頂く。
・・・うーん?思ったよりインパクトがないなあ。蒲鉾は意図的に安いものを選んだのだが、そのせいだろうか。蒲鉾の味が強く、生醤油が思ったほどインパクトがない。これだったら、市販の安い醤油の方が合うかもしれない。あちらの方が塩っ気がはっきりしていて、エッジが立っているので蒲鉾の風味を生かさず殺さず味を楽しめる。
[Round#2:冷や奴]
次に選んだのは豆腐。冷や奴と醤油は切っても切れない夫婦の仲。しかも、同じ大豆由来の食べ物だ。相性が悪いわけがない。これは高得点が期待できそうだ。
食べてみた。
うーん・・・これも、取り立てて凄いとは思わない。というより、先ほどのかまぼこと同様、醤油の存在が薄く感じられる。よく使う醤油と比べて、醤油の輪郭がぼやけているのが分かる。その「ぼやけている」のは旨みによるもの故なのだが、薄味の食材に塩味を加える、という意味合いがある醤油においては扱いが少々難しい。
今まで色つき塩水のような醤油で自分の味覚は慣らされてきたわけであり、この生醤油の扱い方をよく分かっていないと言える。生醤油と比べてはるかにキツい感じがする一般的な醤油の方が美味く感じる場合もあるんだな。
[Round#3:玉子かけご飯]
なんだか劣勢だ。どうしたんだ、生醤油。
「醤油蔵でわざわざ食べた」という高揚感が、絶賛に繋がっただけなのか。俺の舌はそんなにも雰囲気に飲まれてしまいやすいのか。だんだん不安になってきた。
だから、家でもあの玉子かけご飯を再現してみる。
ただし、今度は安物の食材だ。
まず、玉子は100円ショップで売られていた、6個105円のもの。激安だ。この玉子を凝視しながら、米が炊きあがるのを待つ。せめて炊きたてご飯で食べたい。
ご飯が炊きあがった。
5kg1,890円とこれまた激安の米だ。一応「あきたこまち」ではあるが、スーパー(激安店を除く)で手に入る米としては安い部類だ。
さあ、先ほどの玉子と、生醤油と、どのようにマリアージュするのか。
うわあ、「マリアージュ」なんて表現、似合わないなあ。玉子かけご飯なんだから、「ぐちゃぐちゃに混ぜてかっ食らう」って表現がピッタリだ。気取る必要なんて、ない。
まずは、醤遊王国お勧め方法に従い、ご飯に生醤油を垂らす。
ふわっと醤油の香りが立ちこめて、とても心地よい。あれ、さっきまでとなにやら様子が変わってきた気配。
まずは「単なる醤油ご飯」を頂いてみる。
来た!
美味い!
うまああああああい。
驚いた。醤遊王国で感激したのとそのまんまの感動が、そこにはあった。おい、さっきまでのふがいなさは何だったんだ。スゲーうまいじゃねーかこの野郎。
危なく醤油ご飯でそのまま終わってしまいそうだったので、ぐっと自省。生玉子をポンと中に落とす。この後少々混ぜたら玉子かけご飯の完成だ。
食す。
ううむ、美味いなあ。玉子のねっとり感と生醤油の芳醇な香りがいやらしくまとわりついて、ご飯が進む。この一体感は一体何なんだ。逆に言うと、今まで玉子かけご飯に使ってきた醤油は何だったんだ。今までのは、全然玉子に馴染んでいなかったと言わざるを得ない。これはマリアージュなんてレベルではない。融合、すなわちフュージョンだ。T-SQUAREやCASIOPEAではないぞ。
食べていて気付いたのだが、美味いと感じる要因の一つは、香りがすごく高いということだった。まさに、あの醤油蔵の香り、つまりもろみの味がする。カシミアセーターのような、ふんわりした香り。これが、お椀の中から、そしてご飯を口にしたときの口腔内から立ち上るのだな。だから、「美味い」と感じているのは、味覚だけではなく嗅覚に拠るところも大きそうだ。さすがにこれは加熱処理した市販品には無いな。この生醤油と比べると、市販品の香りはもう少しトゲが立っている印象を受ける。
やはり生醤油は本物(ホンマもん)やった。買って良かった。安物の米と玉子でも、120%美味いというのは素晴らしい事だ。
[Round#4:天ぷら]
別の日に、あらためて別の食材で試してみた。対象はスーパーで買ってきた天ぷら。
本来天ぷらは、天つゆで頂くものだが、生醤油で試してみた。
結果は、これまた失敗。うーん、難しい。
○十(さつまいも)の天ぷらで試してみたのだが、芋の甘さに生醤油が負ける。そのため、醤油の量を増やしたら、いきなり塩辛くなった。他の天ぷらでも同様に、醤油の最適量が見つけられなかった。
この他、写真には撮っていないが、実験してみたものとしては、冷や奴を種類を変えて何度か、そして竹の子の水煮。いずれも、良い結果は得られなかった。
天ぷらの時に感じた事だが、非常にこの生醤油は「適用域」が狭い。量が少ないと、素材の味に負ける。かといって量を増やすと、途端に塩辛くなる。優しい味わい故に、少量だと醤油の存在を主張できないようだ。とはいえ、塩辛いのは事実であり、うかつに醤油の量を増やすともうアウト。醤油の香りよりも塩辛さが勝ってしまう。
市販の普通の醤油だと、もともとキツい味わいなので、少量の醤油で事足りる。その点、適量のコントロールがしやすい。
ただし、成功例もあった。油揚げを炙ったものだ。これに生醤油をかけると、おいしかった。どうやら、「温かいもの」にかけると本領を発揮するようだ。暖められることにより、もろみの香りが引き立ち、美味さが強調されるのだろう。また、美味さが強調される結果、醤油の適切な量のコントロールが容易となる。少量でも大丈夫。
金持ちだったら、この生醤油をあらゆる料理に使うのも良かろう。醤油量のコントロール方法は、いずれ体得して自由自在になるはず。しかし、そんなに金持ちではない自分としては、この醤油は「とっておき」の時にしか使えない。だから、使う料理を見極めて、ここぞという時に使う事になると思う。
今のところ、勝利の方程式は「温かいものにかける」ということだ。それ以外にも可能性はあるだろうが、見極めを付ける前に生醤油を使い切ってしまうと思うので、やめておく。これ以上冒険はしないで、玉子かけご飯オンリーで美味を満喫するつもり。
後日、「玉子かけご飯用醤油」について調べていたところ、実は今玉子かけご飯が密やかなブームであることを知った。略して「TKG」なんだそうで。なんだー、ブームが来てたのかぁ。少々がっかり。自分がブームに後乗りしたような感じで、なんだか悔しい。そういえば、醤遊王国の軽食コーナーには、いろいろな玉子かけご飯について紹介されていたっけ。。。
イラスト入りで、「たまごかけごはんを食べる会 本番」というのがあったな。
「正座して食べる」だとか、「土鍋でご飯を炊く」とか、「コンビーフを添える」とか、いろいろなアプローチがあって楽しい。玉子とご飯をどう混ぜるか、という技術だけでなく、食べるシチュエーションまであれこれ取り上げているのが面白い。
「玉子とご飯の混ぜ方」にはいろいろあるようだ。
醤遊王国お勧めが、おかでんが実際今回の自宅試食でも採用した「醤油さきがけ派」だ。昔「新党さきがけ」というのがあったが、それとは関係ない。
これは、先に醤油をご飯にかけるというもの。なぜこの方法が優れているのかというと、こう解説されている。
先に醤油をご飯にかけると、味がまばらになりません。全体的に味がつきます。
溶いた卵の中に醤油を入れてかき混ぜると、醤油と卵は室温では分離してしまい、うまく混ざらずに醤油だけ下に沈んでしまいます。そうすると、ご飯にかけたときに醤油がご飯の一番下に行ってしまいます。卵はご飯にからむけれども醤油は茶碗の一番下に落ち、最後が塩辛くなってしまいます。
なるほど!そういえば確かに、言われてみればそうだ。卵を器の中で溶く際に醤油を入れると、醤油は沈むな。人生35年、ようやく気がついた。
他にもある、いろいろな方法。
「直入れ『ナイスオン!』派」。
これ、おかでんがやっている流儀だな。別容器で玉子をスタンバイすると、洗い物が増えるので面倒。だから、特に拘り無く直入れだ。
「ちょいかけ派or継ぎ足し派」。
要するに、「カレーを食べる時にライスとカレーをスプーン上で自分なりの黄金比にして食べる」のと同じ発想。白米部分と、玉子かけご飯部分のコントラストが楽しいらしい。うーん、気持ちはわかるが、これは少数派だと思う。
「ディップ感覚派」。
玉子をディップと見立てるんだそうで。ちょっと無理があるぞ。ディップって、チップスやパンなどにつけるものだろ。あまり良く意味がわからない。
「比重重視よく混ぜ派」。
玉子とご飯を混ぜるのだが、その混ぜ方は個人のセンス次第、というもの。まあ、これが一般的な食べ方かな?
「ホイップ命派」。
ご飯と玉子をしこたまかき混ぜて、玉子が泡立つくらいになるまでやっちゃうタイプ。そうそう、こういう人もいるなあ。たまに妙にこの食べ方をしたくなるときがあるが、ごくたまに、だな、おかでんの場合は。ちょっとお下品な食べ方でもあるが、食べ物ってえてして下品な食べ方の方が美味かったりするもんだ。
「醤油あとがけ派」。
いろいろあるもんだ。「比重重視よく混ぜ」をした後に、醤油をかける流儀と解釈した。玉子の黄金色を醤油の色で汚さず、見目美しいという。なるほど、それも一理あるな。
最後。「別立て+穴掘り派」。
ああ、おかでん実家ではこれだな。別立て、とは玉子は別の器で溶きほぐしておくことを指す。あれ?ということは、その他の流派は玉子を直にポンとご飯の上に落とす事が前提なのか。別立てってそれほどメジャーではないのかしらん。
あと、ご飯の中央に穴を掘っていたなあ。これをしておかないと、玉子がご飯の斜面を滑り落ち、お茶碗から食卓にダイブしてしまう。穴掘りは重要だと思う。
ええと、この回は、前半と後半で話がズレてしまった。最後、まとめるのが難しいのだが・・・。
まあ要するにだ、たまごかけご飯は美味い、ということだ。日本人が誇っていい食文化だと思う。多分、世界中のほぼ全ての国の人は「え?生玉子をご飯の上にかけて食べる?キモい!」と言うはずだが。
日本に住んでいる台湾出身の友達は、来日以降刺身やサラダといった生ものを食べる事ができるようになった。基本的に中華圏の人は、生ものは食べない(除く果物)。それを考えると、ずいぶんな進歩だ。しかし、いまだに生卵と川魚だけは相変わらず断固拒否している。どうしても生理的に、文化的に受け入れられない「何か」があるらしい。日本人には理解できない感覚で、とても興味深い。まあ、逆に日本人は香草(パクチー/シャンツァイ/コリアンダー)を嫌う人が多く、これは台湾人を初めとして東南アジア系の人からすると「変な奴だ、スゲー美味いのに」と思っているだろう。
あれ、話がまた拡散した。まあいいや。今日はこの辺で終わり。解散!
(2009.02.09)
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