東京・芝浦のレインボーブリッジ脇に、とても印象的な建物がある。青くて、三角形の形をしたそのフォルムは、レインボーブリッジを利用したことがある人は「ああ、あれか!」とすぐに思い出すだろう。
この建物は「ヨコソーレインボータワー」といい、三角形の底のほうに横浜倉庫のオフィスが入っている。そしてとんがった先の方は賃貸マンションになっており、外観だけでなく中身も面白い構成だ。やっぱり横浜倉庫の社員さんは、「職住隣接」ということでこの建物に住んでいるのだろうか?何しろ、エレベーターに乗ればすぐに職場だ。
ちなみに家賃を調べてみたら、月額17万円くらいから、だった。物好きの方はぜひどうぞ。
で、そのヨコソーレインボータワーのふもとに、昔ならではのアパートが建っている。この新旧のギャップがすごい。建物の名前は「東京都港湾労働者第三宿泊所」という。その名の通り、このあたりの岸壁界隈で働いている人たちの簡易宿泊所として機能しているようだ。一泊400円、というのだから破格値だ。だから、港湾関係者でないと宿泊はできないと思われる。そうでないと、バックパッカーとかホームレスとかのたまり場になる。
webでこの建物について調べてみたら、「築2002年」という記述を見かけたが、それはたぶん違うと思う。いくらなんでももっと経っているだろ、この外観だと。
この建物に僕が注目したのは、7~8年前、たまたま車で横を通り過ぎたからだ。その時目にした、建物前にある「芝浦食堂」の文字。それとセットで「東京都港湾労働者第三宿泊所」の看板も見たので、これはすごいと思った。労働者が空腹を満たすためにがっつく、男らしい食堂。そんな世界がここにはあるに違いない、と思った。
牛丼でおなじみの「すき家」(ゼンショー)の会長は左翼思想の持ち主だったのだが、彼は東京大学を卒業後、敢えて就職先に「港湾労働」を選んだのだという。なぜかというと、港湾労働者はもっとも過酷で、貧乏で、故に革命的だと思ったからだという。革命を起こすためには、そういうプロレタリアートでなくてはならんと思ったらしい。
そんな人が資本主義者に転向し、後に牛丼屋を興し、日本一の外食産業まで成長し、そして深夜のワンオペなどで従業員を酷使しまくって社会問題化する。皮肉たっぷりな話だ。
すき家の栄枯盛衰話はともかく、そんなプロレタリアートな方々の胃袋を存分にいたわる食堂があると知れば、行ってみたくなるのが人情だ。ずっとその機会を伺っていた。
しかし、港湾労働者が集う場所、というのは当然ながら湾岸地区であり、町から外れたところにある。交通は不便であり、一般人が訪れるのはややハードルが高かった。しかし今回、ようやく気力体力時間配分が満ち溢れたので、訪れてみることにした。
港湾労働者のオアシス、第三宿泊所を正面から見る。
一泊400円だからといって侮ってはいけない。おんぼろ木造長屋なんてことはなく、ちゃんとしたアパートになっている。一昔前の公営団地といった風情だ。外廊下になっていて、各部屋の玄関などが見えるが、宿泊施設には見えない。
建物前の駐車場には、タクシーが何台も駐車されていた。タクシードライバーは仕事柄、うまい飯が食える場所に詳しいという。そんなプロがここに集っているということは、きっとこのお店はうまいに違いない。今から楽しみだ。うまい&ガッツリ、なんだろうか?
建物前に「芝浦食堂」の看板が出ていた。
芝浦食堂は宿泊所利用者だけでなく、誰でも利用することができる。ただし、外部の客の利便性なんてあんまり考えてないぜ、儲けとかもあんまり考えていないぜ感満載の営業時間ではある。
朝 6:30-8:00
昼 11:00-14:00
夜 17:00-19:00
と一日のうちで営業は3つに分断されている。朝ごはんの時間が朝8時で終了、というのがなんとも潔い。宿泊所に泊まる人たちが、朝飯食って職場に出かけるために設定されている感ありありだ。夕飯時間もまたしかり。
食堂入口には二台の食券機が神社の狛犬よろしく設置されてあった。昼時ということもあり、長蛇の列が食券機にできていた。一体どこからこんな人がいたんだ?と思うが、倉庫街だったりするこのあたりは食堂が少なく、ご飯を求めて大勢の人が集まってくるらしい。
客層は、僕が期待するような「革命戦士」然とした人は少なかった。作業着を着たブルーカラーもそこそこいるが、首から社員証をぶら下げたホワイトカラーもそれ以上に多かった。女性も少しながらいた。最近はこのあたりも結構オフィスができてるっぽい。
写真は、食後に撮影したものなので人の数が少ない。この20分ほど前は、ぎょっとするくらいの長蛇の列だったので、人の波の激しさが伺える。昼休みになったらざーっと客がやってきて、長短時間で食事して、さっさと店を後にする。社員食堂と一緒だ。ぐだぐだ過ごしている人なんて、このあたりには誰一人としていない。
食券機の脇には、大きなガラスケースが置いてあり、本日のメニューがずらりと並んでいた。結構な品数だ。目移りしてしまう。
しかし、何の料理なのか料理名が書かれた札が無いし、値段だってわからない。どうすればいいのか困惑してしまった。
ショーケース下段は定食になっているようだ。上の段は、どうやら単品でとることができる皿らしい。
ちなみにこの日の「お仕着せ」な定食メニューは4種類。
A定食 焼肉 カキフライ
B定食 サバ味噌煮 豚汁
C定食 和風カツカレー丼
レディース サラダうどん
この4種類は日替わりになっているらしい。一週間のランチメニュー予定表がコルクボードに張り出されていた。
こういうのをちゃんとPCで作成し、プリントアウトして掲示しているんだな。もっと、手書きの短冊が壁に張ってあるとか、食券は色つきのプラスチックとか、昔ながら風かと思ったんだが。でもそれは偏見か。
このお店のお作法がよくわからないので、とりあえずA定食を頼んでみることにした。定食なら、余計なものをうっかり取っちゃったとか、取り忘れたといったことはないだろう。この手の食堂は、一見さんにとってはルールが直感的でないことが多い。
しかし、食券機にたどり着いてみると、A定食はもう終わったというランプが点灯していた。ありゃー。
仕方がないので、小鉢料理を何品か見繕うことにしたが、食券機には何もそんなボタンが見当たらない。ええと、食品サンプルにある料理が選べないとはどういうことか?
せめて「小鉢1品 100円」みたいな十把ひとからげボタンがあるのかと思ったけど、それさえない。困っていたら、「昼定食(小皿3品)」というボタンを見つけた。640円。どうやら、これを買えばいいらしい。ちなみに小皿2品の昼定食ボタンもあり、こちらはもう少し安い。
ああこれだこれだ、選べる昼定食。
小鉢は日替わりで15~20種類ございます
2品選べる
3品選べる
ご飯・みそ汁ついてます
僕が毎日社員食堂で昼食を食べる際の構成とほとんど一緒だ。僕はいつも、「ご飯(小)、味噌汁、野菜小鉢2品、納豆」という注文をしている。野菜小鉢はほうれん草のおひたしとか、きんぴらごぼうとかだ。それと似た事がここ芝浦食堂でもできるのだな。いいじゃないかそれ。ちょうど、サンプルの中に何かの青菜の胡麻和えがあったので、それを頼もう。
店内でまた困惑する。ええと、どういう仕組みだこれ?
厨房のカウンターに向け、お客さんがずらりと並んでいる。カウンターのところで店員さんに食券を渡せば、定食の人はそこでおかずやご飯が用意される。では小鉢を頼みたい人はどうすれば?
いや、行列脇のところに冷蔵棚があって、確かに小鉢は置いてあるんだ。でもそこには冷奴とかきんぴらとか納豆とか、地味目のものが数品置いてあるだけで、華やかなおかずは置いていなかった。ええと、売り切れというわけじゃないよな?
目が泳いでいると、厨房カウンターに並んだ料理が入ったバットが目についた。他の客の様子を見ていると、欲しい料理を指示すれば、その場で料理をお皿に盛ってくれるらしい。なんか、バットに入っている料理の様はメインディッシュっぽく見えてしまうが、これもまた小鉢料理に相当するものらしい。
ただし、欲しいものが常にカウンター上に出ているというわけではないようだ。欲しかった胡麻和えは出ておらず、麻婆豆腐など他のもの数品が並んでいた。ええと、どうしようかな、さっき折角食品サンプルの前で悩んだのに。仕方がないので、目の前にあるなんだかよくわからない料理を適当に指差して、「これください」と注文した。
そんなわけで完成した「昼定食(小皿3品)」640円がこれ。
ご飯、味噌汁、きんぴらごぼう、筑前煮、揚げ物と野菜が混じったもの。
量が多い!「小鉢」じゃないじゃん、これ。ああそうか、食券には「小皿」って書いてあったな。だとしても、やっぱり多い。さすが港湾労働者向け食事だけある。
食べてみたら、塩分も結構きつめ。最近薄味の料理に触れることが多いので、久しぶりにパンチの聞いた塩味を味わった感じがする。これは量、味付け、店の雰囲気、値段、全てにおいてガッツリだな!すごく気にいった。
席は当然相席。雑多な人と入り混じりながら、でも殺伐感は特に無く、みんな黙々とすばやく確実に料理を仕留めて、とっとと席を立っていた。みんなもちろん、残さずきれいに食べている。下げ膳はもちろんセルフ。お行儀よく下膳口に返却していた。
僕が食べ終わったときには、カウンターには胡麻和えが置いてあった。タイミング次第で、食べられる料理は変わるってわけだ。
食後、あらためて食品サンプルを眺める。
先ほどは人でごった返していたし、初めての場所で浮き足立っていたこともありじっくり見ることが出来なかったからだ。
はー、どうやらここにある料理は全部昼定食に組み込めるらしい。僕は、先入観から「きんぴら」のようないかにも小鉢な、サイドディッシュ的な料理ばっかりを選んでしまったが、実際はサンマでも餃子でもサラダでも、何でも選べたらしい。それは相当お得だ。
大変に気に入った。通えるものなら通いたい・・・のだが、何しろ最寄り駅から遠い。いや、厳密に言えば、ゆりかもめの「芝浦ふ頭」駅からさほど遠くないのだが、わざわざここの飯を食うためにゆりかもめに乗る気はしないなあ。しかも、夕食は19時に終わりなので、仕事終わりに行くなんて無理だし。
気になるお店だけど、再訪は結構難しそうだ。
さて、この地から退却する前に、もう一軒近場に立ち寄ってみようと思う。たまたま、このお店の近くに「湾岸食堂」というお店があるということを知ったからだ。こちらも、ネーミング的には食欲を掻き立てられる。やっぱり、ガッツリ系のお店なのだろうか?
オフィス街になりつつある湾岸エリアを少し歩く。
海側を見やると、レインボーブリッジのループ橋。
あった、湾岸食堂。先ほどの芝浦食堂からは徒歩数分のご近所さん。
・・・あれー?なんか、こじゃれてるぞ。先ほどのプロレタリアートな雰囲気とは全然違うっぽい。
店の正面に回ってみると、その不安は確信へと変わった。
ガラス張りのお店。レインボーブリッジを楽しめるようにと開放的に作ったのだろう。
繁盛店のようで、お店からはひっきりなしに周辺オフィスのホワイトカラーどもが出てくる。女性も多いようだ。うむ、ここは革命的ではないようだ。
汗のにおいみなぎる食堂だったら、折角だからこのお店でも食事がしたかった。しかし、この外観でそれを期待するのは間違いだ。さてどうしたものか・・・店頭で途方にくれる。
でも折角だから、食べていくか?あんまり乗り気じゃないけど、ランチは520円からあるみたいだし。安いメニューをさくっと食べていくか?
・・・と思ってお店のドアをあけてみたら、店内には順番待ちのお客さんがみっちりだった。うは、並んでまで食べたいわけじゃないんだよ。すまんすまんと慌ててお店を飛び出した。
芝浦食堂と湾岸食堂。名前は似ているけど、全然違う雰囲気のお店で対比が面白かった。
(2015.05.25)
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