朝から悟るぞ18皿

築地本願寺

「築地」と聞くと、東京築地市場を連想する人が多い。「築地で朝ご飯を食べるんです」と人に言うと、当然のごとく「ああ、魚を食べに行くの?」なんて言われる。

でも実際には、築地で魚を食べるよりも、それ以外のものを食べるのが楽しい。

魚市場で働く人たちだって人間だ、仕事でも魚、食事でも魚と魚ばかりじゃたまらない。だから、「食にうるさい人たちが食べる、魚以外の料理」というのが築地場内・場外では案外豊富にあって、しかもうまい。

そういううまい料理に出会うと、隠れキャラ発見!といった感じでうれしくなる。海鮮丼を食べている観光客を尻目に、俺はスパゲティを食べるんだぜ、しかも朝から!みたいな屈折した優越感。実際、場外にスパゲティがうまい喫茶店がある。

数年前、僕は毎週1回築地市場に通い、朝ご飯をここで食べるということをやっていた。その頃の僕はというと、毎晩のようにイベントごとの予定が入っていて、もはや朝だけが自分に残されたフロンティアだった。何ヶ月か通ったっけな、しかも寒い冬場に。その頃の記録はアワレみ隊Facebookで連載したけど、今でも記事が残っているかどうかはわからない。

最近は築地市場から遠いところに住んでいるため、なかなか「築地で朝ご飯」ができていない。僕自身、少しでも朝寝をしていたい気持ちだったということもある。

しかし、「築地本願寺で、18皿からなる朝粥を振る舞っている」という噂を聞いて、久々に魂が揺さぶられた。面白いじゃないか、18皿?

そもそも、築地本願寺に食事ができる場所があるなんてこと自体驚きだ。宿坊なんてない、都会のお寺だ。しかも、京都の本願寺とは似ても似つかぬ、石で作られた謎の建物、それが築地本願寺だ。一体何がどうなって「朝粥」を?

これが「恵まれない方々への炊き出しです」ということで朝にお粥が配られているなら、僕が貰うわけにはいかない。しかし、お値段はきっちり2,000円近くする代物で、むしろお金持ち向けだ。

じゃあお金持ちの僕がぜひ、とは思わないが、一回くらいなら2,000円の朝ご飯を食べてもバチはあたるまい。お寺で食べるんだし、バチがあたるとは到底思えない。エーイ、と清水の舞台から飛び降りた気持ちになって・・・あ、いかん、ここは本願寺だったか。本願寺の舞台から飛び降りた気持ちになって、「朝粥」を食べてみることにした。

インフォメーションセンター

単に「お腹が空いたので朝粥を食べたい」のではない。ずらずらっと「お粥に塩気をもたらす、塩っ辛いおかずが盛られた小皿」が並ぶ写真を見てびっくりしたからだ。大きな角盆一杯に小皿がひしめいている写真は壮観。一度食べてみなければ。

しかし、この僕自身の驚きと興奮に対し、周りの仲間達は案外反応が鈍かった。食べることが好きな人を中心に10名弱ほどに声をかけたのだけど、みな一様に「朝ご飯は食べない主義でして」「少しでも遅くまで寝ていたい」と言い首を横に振った。敢えて職場が築地から近い人ばかりに声をかけたのにこの有様。やはり、「朝のイベント企画」というのはかなり賛同者が少ないらしい。

結局、一人だけ賛同してくれる人がいたので、その方と二人でお店を訪問することにした。この人は本当に人付き合いがいい方だ。

さて、朝8時に築地本願寺に到着したのだけど、朝粥を出すという喫茶店はどこだろう。

いや、探すまでもなかった。境内に入ってすぐ左手に、ガラス張りの低層棟がある。これが、どうやらつい最近オープンした施設らしい。

東京都内、中央区のど真ん中にほぼ平屋の建物を新設!なんて贅沢な空間の使い方なんだ。土地の値段や利用価値を考えると、ここに20階建て30階建てのビルを建ててもおかしくないくらいだ。

インフォメーションセンター

蔦屋書店でも入っているんじゃないか?と思えるガラス張りの建物の入り口には、「築地本願寺INFORMATION CENTER」と金色に輝く文字が掲げられていた。

インフォメーションセンター?法事やお墓の相談をするのだろうか?

それはともかく、こんなところに喫茶店を作ってしまうとは。

間取り図

このインフォメーションセンター、その敷地の殆どが本日の目的地である喫茶店が占めていた。あと、お土産物屋さんや本屋が入っている。おっと、みずほ銀行のATMもあるのか。お布施が足りなくなったらここで引き出すのかな?

目指すお店の名前は、「築地本願寺カフェ Tsumugi」という。

Tsumugi店内

いやー今時だわー。

まさに今時のカフェ、といった風情で、あまり華美ではないインテリア、開放的な高い天井。

大きな窓ガラス沿いに円卓が並び、4名様までならこちら。築地本願寺の眺めが良いので、特等席だ。8時の開店とともに、窓側の席はみるみる埋まっていった。

しかし、一人客の場合は少し奥のソファ席に通される。

店内からの景色

窓から見た、朝8時過ぎの築地本願寺。人が足早に通り過ぎていく。

これはいい。ばかっと開いた景色、そして境内の解放感、とても快適。朝早くここに来て良かった、という気にさせる眺め。

ちなみに、東京メトロ日比谷線の築地駅から地上に出たら、徒歩数歩でこの築地本願寺境内だったのでびっくりした。便利すぎる。これだったら通勤途中に通いたくなってくる。

お品書き

待ち合わせのもう一人は若干遅れる、ということだったので、待っている間にコーヒーでもいただくことにする。元々ここの運営母体はプロントだという。

プロントといえば、「昼はカフェ、夜はバー」という二毛作運営のお店だ。このお店、夜になるとどうなるんだろう?日本酒バーになったりするのだろうか?閉店時間は21時だというから、お酒を振る舞いそうな予感がする。会社帰りにも訪れてみたいお店だ。

「この時期限定の季節のお茶」として、「ジンジャーと金柑の紅茶」だそうだ。

コーヒーを全面に出してこないところは、和のテイスト・・・なのか?紅茶だから「和」じゃないよな。しかも「生姜」と書かずに「ジンジャー」だし。

それでも、ガラスポットでリーフティーを淹れる、というのはなんだか和というかチャイニーズっぽい印象がある。このカフェを運営するに当たって、やはり「単なるコーヒーショップ」ではなく、和風を意識したんだと思う。

お品書き

「親鸞聖人ごのみの小豆&ほうじ茶ハーブティー」

だって。おっ、一気に本願寺っぽくなったぞ。別に親鸞聖人が「小豆やほうじ茶が好きだった」という文献があるわけではないだろうが、そういうイメージで作った、ということなのだろう。

和風じゃないか!と思ったら、その下にあるメニューが「アクティブ」「リフレッシュ」「バランス」・・・と一気に英語になる。ちゃんぽんだ。

いや、それで良いのだと思う。あんまり「和風」だの「仏法」だの「お作法」だの堅苦しいことを言っていたら、現代人からそっぽを向かれてしまう。おそらくこういうカフェを境内に作ったのは、お金儲けのため、というよりも「お寺に足を踏み入れるきっかけ」を若い人たちにも持って貰いたい、という願いがあるからだろう。だから、若い人が興味を持つようなメニューを用意しなければ意味がない。

お品書き

しかし困惑したのは僕だ。

せっかくだからお茶をいただくのもいいけど、気分としてはコーヒーなんだよな。その肝心のコーヒーが見つからない。

最後のページを見ても、抹茶ラテとかほうじ茶フロート、といった写真が並ぶばかり。まさか、「当店ではコーヒーの取り扱いはございません」というんじゃあるまいな!?

・・・と思ったら、メニューの最後の最後に、文字だけで小さく「炭焼きコーヒー」と書かれているのを発見した。良かった。

でも、こういう扱いということは、このお店ではぜひお茶を飲んで欲しいのだろう。せっかくだから、「親鸞聖人ごのみ」あたりを飲んでみるのが、ここでの正解かもしれない。
僕はちょっと、事前の心の整理ができていなかったので、ついつい「コーヒーを。」という安直極まりないオーダーをしてしまったけど。

フレンチプレス

コーヒーはフレンチプレスで届けられた。

角砂糖やミルクの器、お盆がいちいちかわいい。

紀州備長炭で焙煎したコーヒーなんだそうだが、いやー、そんなコストがかかることをしなくても、ガス焙煎でいいのに、と思う。少なくとも僕は、「炭火で焙煎したコーヒー」で費用対効果を感じたことが一度もない。このお店のものもそう。

炭火だと赤外線効果で珈琲豆の中から暖まり水分を飛ばすのに良いとかなんとか、理屈はわかる。でも火力調整にえらく手間取るし、炭自体が高くつく。練炭自殺状態にならないように、ガス焙煎機以上に換気に気をつけないと、一酸化炭素中毒で焙煎士が死んでしまうし。そういうところにお金をかけるよりも、原材料の豆そのものを1ランク上げたほうがよっぽど旨いコーヒーが飲めるんじゃないかと思うんだが、どうんだろう。

お品書き

連れと合流したので、いよいよ朝ご飯を頼む。

お茶やコーヒーを出すお店なのに、唐突に朝粥がある、というのが不思議な組み合わせだ。

16品のおかず、麩のお味噌汁、そしてお粥で合計18皿。暖かいお茶か冷たいお茶付き。1,800円(税込み1,944円)

メニューを見ると、季節や仕入れ状況によってメニューが変わるのではなく、固定されたおかずが提供されるらしい。

ほかに、750円で「築地のお寺の朝ごはん」という焼き鮭をメインとした和食と、「京都産あられと宇治抹茶の和グラノーラ~カプチーノ風(ホットミルク添え)」850円、という二種類の朝ご飯が用意されている。

朝粥

これが築地本願寺「Tsumugi」の「18品の朝ごはん」。

届けられたお盆を見て、思わず「へへへっ」と苦笑し、連れと顔を見合わせてしまう。いやあ、壮観だ。

これと似た光景は、ホテルの朝ビュッフェでついつい「全メニュー制覇だ!」と息巻いたとき、だが、あれとこれとは全く違う。何しろ、盛り付けが断然こちらの方が美しい。形のそろった小皿に、整然と並ぶ。

このイベントに声をかけたある人(女性)は、「朝からこんなに食べられない」と写真を見て言っていた。そんなんだから身体が弱いんだ、朝飯をガンガン食え!と思ったが、もちろんそれは冗談だ。たくさん料理が並んでいるのは事実だけど、あくまでも「おかゆさんを食べるための、塩っ気」に過ぎない。一つ一つの量は、もちろん少ない。

「おかず16品?ということは16回お粥を食べることができる、っていうことですね!?」

なんて早とちりをしてはいかん。

朝粥アップ

「18」という数字は、親鸞聖人ゆかりの数字らしい。とはいえ、これだけずらりと並ぶ料理が精進料理なのかというと、そうではなかった。

手前に見える白いのは、カブを薄切りにして甘酢に浸けたものだと思って食べてみたら、タコだった。生タコ。メニュー名は「タコの塩麹和え」だって。

その横には、「鴨の山椒焼き」がある。一応四つ足動物はないので、たとえ殺生を伴うものであっても食べても構わないのだろう。さすがに牛や豚といった食材を使った料理は出てこなかった。

小皿を持ち上げると、お盆に敷いてある紙に料理名が印刷されていることに気がついた。・・・それに気がついたのは、食後だったけど。お皿を持ち上げる機会が殆どなかったので、気がつかなかった。

塩っ気が全くないお粥と、塩っ気が強めにチューニングされているおかず。これをどううまいこと口の中で按分すればいいのか、結構悩んだ。というか、正解は見つけられなかった。

「じゃこ山椒をお粥の上にぱらぱらとふりかけて、その塩気でお粥を食べる」なんていう食べ方なら、ホテルのビュッフェなどでいくらでも経験はある。しかし、たとえば鴨の山椒焼きのような塊を相手に、しゃばしゃばして味のないおかゆさんをどうやって食べれば良いのやら。

京都じゃこういうお粥が当たり前だというのは知っていたけど、僕自身よく考えると「すでに塩気があるお粥」ばかりを食べてきた人生だった。この歳にして、食べ慣れなくて結構難儀した。

難儀しているうちに食事終了。お粥は一回おかわりした。

料理は丁寧に作って盛り付けていると思うし、これくらいのお値段になって当然だと思う。リピーターになるか?と言われると、一回体験したからもういいや、というのが正直なところ。面白い物好きな人にこのお店を紹介するために訪れる、ということはきっと今後あると思うけど、そのときはグラノーラを食べると思う。

この料理、下ごしらえから提供から皿洗いまで、手間暇がものすごくかかる。客が殺到しても困るし、客が来なくても困るメニューだ。もしこの記事を読んで興味を持った人がいれば、早めにお店に行くことをお勧めする。こんな面倒なメニュー、いつ中止にしてもおかしくないからだ。

一度は実物を拝んでみたい、そんなありがたい朝ご飯。それが築地の朝ごはん。

(2017.12.22)