上野広小路にある飲食店「梅の花」に弁当の受取のためにでかけたときのことだ。
5階にある「梅の花」に向かっていく途中、同じエレベーターに中国系と思われる二人組が乗り合わせていたのだが、彼らは3階でおりていった。
そこでびっくりしたのが、エレベーターを出てすぐのところがきらびやかだったこと、店員さんがまるでホテルのドアマンのようにエレベーター前に待ち構えていたこと、そして「欢迎光临!(Huānyíng guānglín:中国語で「いらっしゃいませ」の意味)」と大きな声で出迎えたことだ。
それを見た僕は唖然としたまま、エレベーターのドアは閉じられた。
なんだありゃあ。
店員さんの対応を見るに、中国人による中国人向けの飲食店っぽい。いつの間にそんなお店がこのビルにできていたんだ?
だって、これだぞ。「上野鈴乃屋本店ビル」。鈴乃屋って、着物のお店だ。その自社ビル3階以上をテナントとして貸し出しているのだけれど、人形町今半とか梅の花とか、和食系のちょっと渋いお店が入っている印象だ。そういうコンセプトなんだと思っていた。
・・・と、よく見ると美容整形のお店とか、かつらのお店も入っているのか。僕の思い違いかもしれない。
で、先程の3階ですよ。
1フロア全部を使ってお店を展開しているのが、「海底撈火鍋」というお店だった。火鍋なのか!
火鍋屋がこの大きなビルの1フロアを専有するって、すごいことだ。どうなってるんだ一体。しかもこれ、どう見ても中華資本だ。だって、「撈」なんて漢字、日本人で読める人はほぼいないはずだ。発音どころか、意味さえ想像できない。
後で知ったが、このお店の読み方は「かいていろうひなべ」というらしい。
2019年春から始まったコロナ騒動で、飲食店は大打撃を受けた。経営を諦めたり規模縮小を余儀なくされるお店が多い一方で、中国系のお店というのはむしろ勢いづいた印象さえある。不動産賃料が安いときにドン、といい場所を確保できるその資金力と眼力はさすがとしかいいようがない。
調べてみると、20年くらい前に一時期日本で流行った火鍋ブームの頃とはまた違う、独特なお店のようだ。面白そうなので家族で訪れてみることにした。
日本人だったらアウェイ感満載で居心地悪い、というわけではなさそうだ。それも良かった。間口が狭くて薄暗い、穴蔵のようなお店だとすごく居心地が悪いことがあるけれど、ここなら大丈夫。開放感はありそうだ。
エレベーターを降りたら、案の定店員さんが待ち構えていて、「ふぁんいんぐぁんりん!」と挨拶をしてくれた。二度目の目撃なのに、改めてビビってキョドる。このお店、人件費はどうなってるんだ。こういう「もてなし要員を配置できる」のはすごい。たぶん、日本人経営者が考える効率性とかサービスの質というのと、中国人が考えるそれは違うのだろう。
すわ、中国語ができないと会話が成立しないかッ・・・!と身構えたが、僕が日本人だとわかった瞬間、「いらっしゃいませ!」と言語を切り替えて挨拶してくれた。カタコトではなく、しっかりした言葉で意思疎通に問題がない。ほお・・・これはすごい、と感心させられた。
この受付に限らず、接客に係わる店員さんすべてが、日本語の意思疎通に問題がなかったと思う。発音も含めて、だ。
それにしても中に通されてスケール感に圧倒された。なんだこりゃあ。
超巨大なファミレスだ。
ボックス席がずらーっと並んでいて、とんでもなく席数が多い。
想像してみて欲しい、日本にこんなスケールの鍋屋さんがあるか?ということだ。両国のちゃんこ屋でも、全国あちこちにあるしゃぶしゃぶ食べ放題のお店でもなんでも、こんなお店は見たことがない。ちなみに僕、お店のすみっコからこの写真を撮ったんじゃない。真ん中くらいの場所から撮影して、これだ。唖然とさせられた。
天井には、見たことがないようなシャンデリア風の照明が吊り下がっている。照明は画一化されているわけでなく、あちこちで違うデザインのものがぶら下がっている。
聞くところによると、このチェーンは世界最大の火鍋チェーンで、中国本土では高級火鍋店として知られているのだという。この照明も「高級感」の現れ、なのだろうか。日本人のセンスとは違うけれど、それでもとても面白い。だって、鍋のお店でこの照明だぜ!?
壁にはなぜかクリスマスリースが。いやさすがにそれはあんまりだろう、もう季節がずいぶんずれているぞ?と思って近づいて確認したけど、しっかり「Merry Christmas」と書いてあった。おう。あんまりこだわりはないようだ。
店内全体は青を基調としたカラーリングになっているのも独特だ。
そして、四人がけのボックスシートだけでなく、二人がけのボックスシートがあるというのも面白い。その場合、向かい合って座るのではなく、並んで座ることになる。
いちいち日本ではあまりお目にかからない文法なので、見るものすべてが気になる。ワクワクする。
あと、このお店の特徴は「鍋が四角い」ということだ。
IHコンロが机に埋め込まれていて、店員さんがここに鍋をガポッとはめる。うん、丸い鍋よりも効率的だ。食べる側にとっても、四角い鍋のほうが具が入れやすくて便利。大賛成だ。こういう鍋屋を待っていた!と心底思う。
ほら、火炎太鼓みたいな形をした火鍋、あれって食べにくいよね。葉物野菜をはじめとする具が全然入らないから。
小さいビニール袋が渡されて、これはマスク入れなのだそうだ。ほかにも女性には髪留めゴムやクリップがもらえる親切さ。
赤い包み紙はなんだろう。お手拭きにしては小さい気がするが・・・と思って店員さんに聞いてみたら、「メガネ拭きだ」という。もう、笑っちゃうしかないな。汁がメガネに飛び散った時のことまで考えてくれているのか。
しかも、鍋が煮えるまでの間用、ということでスナック菓子まで振る舞われる過剰サービス。すげえな、ホント。
食べてみたら、とんがりコーンみたいな味がした。詳細は不明だけど、とうもろこしを使ったスナックらしい。
鍋がやってきた。
僕らは大人2名(+ベビーフードを食べる幼児1名)だ。にもかかわらず、遠慮のないボリュームのつゆを用意してくれた。これは肉や野菜が渋滞しなくて済む!ありがたい!
ちなみに、中の仕切りは変更ができる。このバットみたいな鍋で1つの味だけを堪能することもできるし、四分割して四色鍋にすることもできる。
食材がずらずらと運ばれてきた。きれいに盛り付けてある。
そうか、最近鍋といえば食べ放題のお店にしか行ってなかったので、今回みたいに食べ切りタイプのお店はすごく久しぶりだ。
しいたけやもやしといった馴染みある食材がある一方で、中には見慣れないものもある。謎の白身魚とか、山くらげとか。
そして、もっとテンションが上がるのが、つけだれは「たれバー」になっていて、自分で取ってきてくださいという仕組みだ。
「ごまだれ」「しょうゆだれ」「ポン酢だれ」程度で済む話ではない。見ろ!この「たれバー」のスペックを!
恐るべき品揃えで、目が泳いでしまう。
調味液だけでなく、薬味、香味野菜、いろいろなものがある。
もうだめだー。こんなに種類があると、選ぶことができなくなる。
「キノコたれ」だけでも気になるのに、これにすりごまを足して、セロリもちょっと入れて、なんてやっていると無限に組み合わせが出来てしまう。きりがない。
「味の素」や「砂糖」もたれバーの中にある、というのが素晴らしかった。さすが中国。
最上段には、ライチやフルーツポンチなどの果物、サラダや枝豆も置いてある。目移りして本当に困る。
結果的に、3種類のたれを作った。
この写真を見て、いかに僕が「うおおお」と温度感高くトッピングをしたかがわかろうものだ。見よ!これが50歳手前の人間のやることだ!煩悩は捨てないぞ!
ただ、鍋のつけダレとしては大失敗だった。味が濃くなりすぎたからだ。調子にのって山椒油を多めに入れたら、マジで口がしびれて後悔した。
このお店のシステマチックさは、日本にない発想ですごく面白い。
僕らが食べている隣の席は二人がけボックスシートなのだけど、お冷のポットがテーブルに固定できるようになっていた。ご丁寧に、ポットの取っ手部分がひっかからないような造作になっている。これはとてもありがたい。
鍋を食べる時、どうしてもテーブルの上がお皿でいっぱいになってしまう。一方で喉が渇く。お冷をその都度店員さんにお願いしたり、またはドリンクバーに取りにいくのは面倒だ。それを解決してくれるのが、まさにこのポット置きだ。
あと、テーブルの側面に引き出しが備え付けられていて、お客さんにサービス提供するために必要なものは一通りこの中に揃っているようだった。つまり、お客さんがくる度に奥から皿やらおしぼりやらを持ってくるんじゃなく、テーブル単位で補充されている、といわけだ。
これ、備品在庫がものすごく多くなって経営上は効率が悪いと思う。でも、サッとお客さんにサービス提供できるスピード感はすばらしく、真似できるなら日本のお店でも真似して欲しいものだ。
一番驚いたのが写真左側に写っている、通路側にある戸棚だ。観音開きになる普通の戸棚で、たぶん店員さんが使うダスターとか消毒液とか、そういうものが入っているのだろう・・・と最初は思っていた。
しかし、しばらく様子を見ていたら、下膳した皿をこの戸棚にどんどんしまう。えええ?どういうこと?そして店員さんは涼しい顔をして、また別の客の接客に向かっていく。
まさか、回転寿司のスシローみたいに「食べ終わった皿を穴に入れると、皿は自動回収される」という仕組みがあるのだろうか。そんなバカな。だって、どう見ても普通の戸棚だ。あの中にベルトコンベアやエレベーターが仕込まれているとは到底思えない。
どういうことなのかと思って観察していたら、しばらくしたら別の店員さんが奥から現れて、戸を開けて中の汚れ物を回収していった。へえええ。
つまり、接客担当はひたすら接客に注力する。汚れたお皿とかを厨房に運ぶのは裏方の担当、と完全な分業制になっているのだった。よく考えたものだ。
日本のお店でよくある「下膳口・返却口」が厨房の傍らにあるわけでもない。汚れ物は極力お客様の目に留まらないよう、一旦戸棚に隠すというのがすごい。
食べ放題ではないので、余力をもってデザートを食べることができた。
うん、このお店はいい。
たれの組み合わせがたくさんあるし、火鍋そのもののスープも種類が多い。あれこれ試してみたくなるお店だ。
お手洗いに行ってみて、さらに笑ってしまった。
ここまで気合入れて作りますか、という内容。なんかもう、ギラギラしてるんですけど。
男性用洗面所であっても、ダイソンのヘアドライヤーが置いてあったり、至れり尽くせりだ。
あと、トイレついでに店内を散策してみたら、ネイルサロンと子どもが遊べるスペースもあった。両方とも無料で使えるらしい。あいにくネイルサロンはこの日閉まっていたけど、キッズスペースは親子で使わせてもらった。キッズスペースがある火鍋店!スケール感が想像のはるか上を行っている。
店員さんが気を利かせてくれて、弊息子タケのためにスナック菓子を1袋お土産でくれた。我々がお通しとして食べたものだ。「CRISPY CRUST」と書いてある。
この黒と赤の袋のデザインもまた、日本にはないセンス。良い食事の思い出になった。
びっくりに次ぐびっくり体験のお店。1度といわず、遠くないうちにまた訪れたいと思った。
(2020.03.27)
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