あけましておめでとうございます。
2026年の幕開けだ。
例年なら帰省のラッシュに揉まれているところだが、今年は諸事情により、久しぶりに自宅で静かな正月を過ごすことになった。
「たまには家で、自分好みの完璧なお雑煮を作って食おうじゃないか」
そんな殊勝な決意を胸に、キッチンに立つ。
ベースとなる「だし」には一切の妥協を排した。頂き物の立派な厚削り節に、北の果て・礼文島の昆布。
これを贅沢に使い、黄金色のつゆを錬金する。
香りを嗅いだだけで「勝った」と確信するレベルだ。
餅だって、きびだんごで有名な岡山「廣榮堂」の逸品を確保してある。
もはや、マズくなりようがない。普通に作れば、勝ち確の勝負だ。
ここで問題が発生した。
我が家のお雑煮は、金時人参、ほうれん草、ゆり根、そしてメインに「ブリの照焼」が鎮座するのが伝統だ。
なんでも、今は亡き祖父がブリ好きだったから定着したという、地域性もクソもない極めて個人的な家系図的レシピである。
半世紀近く、この「ブリ雑煮」を食べてきた僕にとって、それ以外の選択肢はあり得ない・・・はずだったのだが、あろうことか、ブリを買いそびれた。
冷蔵庫をガサ入れした結果、発見された代打。
それは、魚肉ソーセージだった。ピンク色のアイツ。おつまみや、子供のおやつでおなじみの、あの練り物だ。
「同じ魚介だし、色味も似てるし、なんとかなるんじゃないか?」
迷わず、斜めにスライスして投入。

完成したお雑煮。
見た目だけは、なかなかに整っている。
彩り鮮やかな金時人参に、寄り添う魚肉ソーセージ。
意外と悪くないじゃないか。
そう自分に言い聞かせながら、自慢の黄金だしを一口啜る。
「あけましておめでとうございますっ!!」
魚肉ソーセージの味がだしに色濃く反映され、こちらに新年のご挨拶をぶちかましてくる。
激しくイマイチだ。正確に言うと、せっかくの高級だしが死んでいる。
ちくわなら、安物であってもそれなりの「良いだし」がおつゆに還元されるものだ。しかし、魚肉ソーセージは違った。奴らは、自身の「ケミカルな旨味」をおつゆの中に容赦なく溶出させてくるのだ。
餅(廣榮堂)は、文句なしに美味い。野菜も、出汁の恩恵を受けて素晴らしいポテンシャルを発揮している。ただ、その背後で魚肉ソーセージが「僕たち、ここにいますよ!」と、不協和音を奏で続けているのだ。
新年早々、身をもって「代用品には限界がある」という、あまりにも当たり前の教訓を得ることとなった。
「美味しいお雑煮だった」と、自分を納得させることにする。
だって、だしは最高だったんだから。(ソーセージを入れなければ)
(2026.01.01)

コメント
コメント一覧 (1件)
代用品って意外に難しいですね