うなぎ売りに誘われて

うなぎ2匹

19時過ぎ、上野アメ横を歩く。

いつも昼間の激しい人ごみを見ているので、夜になって一息ついたアメ横は少しだけ見慣れない光景だった。

気が付くと、通り沿いには中華料理の屋台やらケバブ屋台が増え、オリエンタルな雰囲気が出てきている。これも時代の流れなのだろう。魚や乾物、お菓子といった和風なものを売るお店ばかりじゃなくなってきている。しかし、そんな中でも世界各国の軍服を売る「中田商店」は健在で、思わずニヤリとしてしまう。

そんな中、お店の店先で威勢よくものを売っている店員さんがいる。店頭に数名の客がいるので、思わず通りすがりに覗き込むと、売っているのはうなぎだった。テーブルの上には、パックに入ったうなぎがいくつか並んでいた。

「もう閉店するから、安くしてくから持っていって!」

店員さんは、長年培った絶妙な圧力で僕をロックオンし、語りかけてきた。何が売られているのだろう?と、僕はつい近寄りすぎたようだ。

うなぎか・・・土用の丑の日が近いし、買ってもいい、とは思っていた。しかし、一人暮らしだし、たくさんはいらない。ちょっと食べられればいい。

そんなこっちの思惑を店員さんはバッサリとなぎ倒し、畳み掛けるように

「2個で3,000円だけど、2,500円でいいよ!」

と言う。考える暇を与えさせない。それも相手の作戦なのだろう。

うなぎはかなり大きい。ご近所のスーパーでは売っていないサイズだ。これだけデカいのを2匹も買って帰っても、もてあますだけだ。いらんいらん、1パックでさえ多いくらいだ。

「パックごとに値段は違うんですか?」

僕は、頭の中で計算する時間を稼ぐために、質問をする。質問をする時点で、相手の思う壺だということに気づかずに。

「大きいほうが1,500円!」
「小さいほうは?」
「小さいほうは1,200円!」

なるほど、よくみると微妙にサイズが違ううなぎが並んでいる。300円の差があるほどには見えないけれども。

質問しちゃったからには、買わなくちゃいけないという気になってしまった。じゃあ、小さいほうを1パック、ください。

店員さんは僕が指差した方の、小さなうなぎを手にとった後、オーバーにため息をつき、別の大きなうなぎパックをパーンと音を立てて積み重ね、

「しょうがないなあ、2,000円!さっき買っていったお客さんにはナイショね。特別だから!」

と言う。おいちょっと待て、誰が2つ買うと言った?2つで1,200円ならしょうがないといわれる筋合いはあるが、値上がりしてるじゃないか。とはいえ、これまで言ってきた値段よりはぐっと値下がりしているのは間違いない。

2,000円を宣告するや、店員さんはくるっと背を向け、早速2パックをビニール袋につめようとし始めた。お客様の了解も取らずに。

でもむしろ、この「強引な売り方」が心地よかった。壁ドンされて胸ときめく女子の心境というのは、こういうことなのかもしれない。この鮮やかな売りっぷりに苦笑しか出てこない。いいよ、わかったよ。買うよ。

うなぎ2匹にはさほど興味がなかったけど、鮮やかな売りっぷりに感服して言いなりになってみることにした。うなぎ2匹、購入。どうするんだよ、これ。数日はうなぎ三昧になりそうだ。

上野駅への道すがら、ケバブ屋の前を通り過ぎたときに中東人の店員さんが僕の方をポンと叩き、「食べテク?」と声をかけてきた。いらん、いらんぞ。強引な売り方にキュンときたのは事実だけど、さすがにケバブまではもういらない。僕ぁうなぎを食べなくちゃいけないんだ。
「すんません」と曖昧な笑みを浮かべて、店員さんのお誘いには乗らなかった。

うな丼

うなぎはかなり大きい。これを刻んでしまうのはもったいないので、一匹まるごとガツンとご飯の上に乗っけちゃうことにした。巨大うな丼だ。

一瞬、「いや待てよ、ご飯を4合くらい炊いて、握り寿司風に固めて、その上にうなぎ一匹を乗せて、「穴子一本握り」風にしてみてもいか?と思った。しかし、作ったとしてもそれを載せる「づけ台」が我が家にはないので、やめておいた。さすがに食卓の上に載せるのは気がひけるし、平皿の上に載せてしまったら、単なるうな丼の延長でしかない。

で、このうなぎがまるごと乗っかる皿を食器棚から探したら、「ヤマザキ春のパンまつり」で貰った白い磁器皿(たぶん30年くらい前のもの。母親から受け継いだ)しかなかった。「夏のうなぎまつり」に使われることになるとは、ヤマザキとて想像していなかっただろう。

食べてみたが、かなり食べにくい代物だった。酒を振り掛け、フライパンで蒸し焼きにしておいたのだけど、泥臭い。くわえて、皮がゴムのように弾力があって分厚いため、箸で切れない。結局、うなぎにかぶりついて、食いちぎるという食べ方になってしまった。これなら、駄菓子の「かばやきさん太郎」の方が食べやすいくらいだ。

恐るべきことに、うなぎを食べるために途中から「ナイフとフォーク」を使い始めるる羽目に。で、大量のご飯を食べるために、スプーンも投入。おい、箸はどこへ行った?

うまいとかまずいとかよりも、大苦戦を強いられたうなぎだった。これはもう、細かく刻んでひつまぶしにするのが正解だったっぽい。

いろいろな意味で、思い出に残る食べ物だった。

(2017.07.13)

コメント

コメントする

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください