東京には小規模なアートギャラリーがたくさんある。美術にあまり興味がない人だと、「美術とは美術館や博物館でお金を払って観賞するもの」という認識だと思うが、アートギャラリーを巡っていると、まさに今現在芸術作品が生み出され、消費されていくという様を目の当たりにすることができる。
僕がアートを面白いと感じるようになったのは、まさにこういうアートギャラリーがあったからで、そういったものに触れるまでアートとは「教科書の中に出てくるようなもの」だった。そして、「知識をひけらかしたい人たち、金を持っている人たちの鼻持ちならない趣味」だとも思っていた。「なんでも鑑定団」は面白い番組だしアートに対する入口としてとても良いものだが、一方で「知識が無いと手を出してはいけない世界」という誤解を与えてしまってもいる。
アートギャラリーの数だけそこに商売が存在するわけで、日本でも美術品の流通があるのだな、ということを知らされる。ラッセンとかアンディ・ウォーホルのコピー品とか、そんなのしか流通していないわけではない。また、当たり前だけど書画骨董のような既に死んだ作家のものしか流通していないわけでもない。
ただし、そのアートギャラリーというのがくせものだ。大通りの目抜き通りにバーンとお店を構えている、なんていう例はほとんどなく、外観ではそれとわからない場所にあることが多い。売り物がうりものだけに、「通りすがりの人にふらっと寄ってもらって買ってもらう」というビジネスモデルではない。安くて数十万、高くて数百万円というプライスだからだ。だから、「わざわざやってくる人にだけ場所がわかればいい」という考えなのだろう。
そんなわけで、僕のアートギャラリー巡りは、美術鑑賞という観点よりもむしろ「未開の地探検」というオリエンテーリングの要素が強い。東京のイベント情報サイトで得た美術展情報をもとに、まだ見ぬアートギャラリーを探し求める。今回はその一部の様子をお伝えしようと思う。
東京の湾岸エリアにある東雲。りんかい線の駅から下りた北側は辰巳エリアのマンション群がにょきにょきと立ち並ぶ一方で、南側は倉庫街になっている。この中にギャラリーがあるという。
いやな予感がしていた。この地に思い出があるからだ。以前もここを訪れ、夜だったということもあってギャラリーを発見できず、すごすご退散した。こんなところにギャラリーがあるとは思えない。
で、今回もまた、スマホのGoogleMapは同じ場所を指し示していた。目の前には、大きな倉庫。もともと何に使われていたものだろうか?武骨な建物で、事務所として使われているとさえ思えない。
前回訪れた時は、この建物の前で立ち尽くしたんだった。
大きな荷物を運び入れたり出したりしていたのであろう、とても大きな扉。大きな扉は少しだけ開けられている。
イヤだなあ、入りたくないなあと思う。不法侵入だ!とか騒ぎになるのはイヤだし。まさか番犬に追いかけられるといった展開にはならないと思うけど。
「アートギャラリーがここにあると思いまして・・・」
「はあ?こんな建物にあるわけないでしょうが!何言ってるの?警察!」
ってなりそうだ。
ちらりと開いた扉の奥には、「TOLOT」というロゴが書いてあるが、これがますます不安にさせる。僕が探し求めているギャラリーの名前と違うからだ。何その便器メーカーのような名前。
僕がアート情報を入手しているサイトは、時々地図が間違えていることがあるので油断がならない。今回も、間違えている可能性はある。
おそるおそる中に入ってみる。まさか、センサーで感知されて自動的に狙撃されるようなことはあるまい。
そうやって決死の覚悟で中に入ったのに、その心意気をあざ笑うかのように、二階に続く階段。これを上に上がれというの?いやだなぁ。ますます「うっかり来ちゃいました」感が演出できないじゃないか。これで中の人に捕まったら、なんて言い訳すれば良いのやら。
思わず、忍び足で階段を登る。カンカンと高らかに靴の音を立てて歩いたら、見つかりそうだ。
二階に上がってみると、そこはだだっ広いスペースだった。
うわあ・・・なんだこれは。
階段を登ったところに、大きな現代アート的なモニュメントが飾ってあったので、「あ、どうやらここはギャラリーということで間違いなさそうだ」ということがわかった。しかし、まだこの場は心を許してくれない。なんなのこの光景。映画の中のシーンみたいだ。
白いキューブ状のマテリアルが左右4つずつで合計8個。以上。あとは、高い高い吹き抜けの天井。
白い物体には、何かを示す案内表示はない。また、看板も出ていない。そしてこの建物には人の気配が無い。さあいよいよ気まずいところにやってきたぞ。
ゆっくりと、足音を殺しながら歩いていく。白いキューブとキューブの狭間に、ガラスの扉があり、キューブの中に入れるようだ。しかし、奥は真っ暗で今は使われていないらしい空間もある。逆に、明かりはついていて、その奥に作品が飾られているのが見える場所もある。しかしどこにもそれが何のギャラリーか、表示がない。いくらなんでも隠れ家すぎる。
目指していたギャラリーは、ちゃんと明かりがついていたし、ガラス戸のところに小さく、本当に小さくギャラリー名が書かれていたのでそれとわかった。
安心して中に入って作品を鑑賞したが、もうこの外観がすごすぎて、作品そのものの印象は全く残っていない。
後で調べたら、この「TOLOT」というのは「コンテンポラリー・アート&フォトの巨大サイト」として営業しているらしい。印刷製本工場の二階、400坪に8個のキューブを立て、そこに3つのアートギャラリーが入居しているということだ。僕がこれまで数多く見てきたギャラリーの中で、一番どぎもを抜かれた場所だ。
同じ日、東雲駅からりんかい線に乗って渋谷に行った。渋谷ヒカリエの裏手に、NANZUKAというギャラリーがあり、そこに行ってみることにしたからだ。
住所そのものはすぐにわかった。GoogleMapさまさまだ。
しかし・・・困惑させられるなぁ。雑居ビルの地下にあるらしいのだけど、地下に下りる階段の先は真っ暗だぞ?先ほどに引き続いて、「入っちゃいけないところに入ってしまうのではないか」というヒヤヒヤ感を感じつつ、そろりそろりと潜る。
あった。暗闇に光る、ギャラリー。
こういうところでギャラリーを営んで、果たして儲かるのか心配になる。でも、「大して儲からない」からこそ、こういう場所で営んでいるのかもしれない。作品が一つ売れたら数十万円になるかもしれないが、スーパーの大根みたいにどんどん売れるというわけではない。そんな中で場所代を払い、利益を上げるとなるとかなり大変だ。そうなると、「わかる人だけがわかる」場所、ということになるのかもしれない。
一方、別の日だけど、僕がビビって中に入れなかったギャラリーについても紹介しておく。
こちらは錦糸町南口から歩いて十数分のところ。繁華街、JRAのWINSを通り過ぎてどんどん町は静かになっていく。この地に新しくギャラリーができたということで行ってみたのだが・・・
あー、これはいかんやつや。外観からさっぱりギャラリーの気配が感じられない。いや、まさにそういう場所こそギャラリーの居場所だったりするのだけど。
隣に西濃運輸のトラックターミナルがあったりするような場所だ。この建物ももともとそういう倉庫的な使われ方をされていたっぽい。この建物の3階にギャラリーがあると聞いているのだが。
入口はおそらくここなのだが、さあて、どこにも看板が出ていない。せめて看板くらいは出そうよ、ラミネート加工したA3の紙1枚でもいいから。これで中に入る、っていうのはかなりのモンだぞ。
さすがにこの階段を3階まで登っていく勇気はなく、折角錦糸町まで来ておきながらここでUターンして帰った。まあ、町歩きとしては十分楽しかったからこれでいいや、と自分に言い聞かせる。
そんなわけで、「わざわざそのギャラリーに行くだけのために外出」するというのはちょっと荷がおもいけど、何かのついでにギャラリー巡りも組み合わせると、案外面白いものだ。新しい町、新しいアートとの出逢いがそこにはある。
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