上野の裏手に、「上野桜木町」と呼ばれる一角がある。
場所としては、JR山手線の鶯谷駅や東京メトロ千代田線の根津駅が近い。いわゆる「谷根千」エリアの端っこにあたる場所だ。
ここに、浄名院(じょうみょういん)というお寺がある。
境内には、お地蔵さんがずらーーっと並んでいて、その光景がまるで墓地のように見える。ちょっと独特な雰囲気をまとったお寺だ。

この浄名院は、「へちま加持祈祷(かじきとう)」で知られている。
浄名院から坂を少し下ったところには、明治の俳人・正岡子規が晩年を過ごした家がある。今でも「子規庵」という名前で保存されており、当時の面影を残している。
正岡子規は結核を患い、その後、脊椎カリエスを併発して31歳という若さで亡くなった。
その子規が生前、頼りにしていたのが「へちま水」だ。へちまのつるを切って瓶に差しておくと、じわじわと水が溜まる。これがへちま水で、咳止めや病封じに効くと信じられていた。
子規の最期の句――いわゆる「絶筆三句」には、すべてへちまが詠み込まれている。
それほどまでに、彼がへちまに頼っていたことがうかがえる。
浄名院には、そのへちまにまつわる「へちま地蔵尊」が祀られている。
僕はてっきり「子規ゆかりのお寺」なのだと思っていたが、実はそうではない。
子規の死後、へちまの薬効にあやかろうという信仰が広まり、この地にへちま地蔵尊が祀られ、へちま加持祈祷が行われるようになったという。
僕の知人に、慢性的な咳に悩まされている人がいる。
その人のために、毎年十五夜の日に行われる「へちま供養」で、へちまのお守りを授かるのが僕の恒例行事になっている。
ただ、十五夜は土日とは関係なく巡ってくるうえ、毎年日にちが変わる。
うっかりしていると浄名院に行きそびれるので、カレンダーにしっかり十五夜の日をメモしておかないといけない。
しかも、浄名院はアクセスがあまり便利ではない。だから、どうしても行けない年もある。
さらに厄介なのは、浄名院には神社でいう「社務所」のようなものがないことだ。
つまり、普段の日に訪れてもお守りを買うことができない。
へちまのお守りを授かるには、年に一度、十五夜の日を狙って行くしかないのだ。

十五夜の日になると、浄名院の境内にはテントと長机が並び、そこでお守りが授与される。
僕がへちまの形をしたキーホルダー型お守り(800円)を買おうとすると、「ご祈祷はなさらないんですか?」と声をかけられた。確かに、3,500円を納めれば本堂に上がって祈祷を受けることができる。キーホルダーを買うのと比べても、そこまで割高には感じない。
とはいえ、今回は形あるものを手渡したい気持ちが強く、いつものようにキーホルダーだけを選んだ。
正岡子規はへちま水を飲んでいたが、病魔には勝てず早くに逝ってしまった。「それなら薬効なんてないじゃないか」と言ってしまえばそれまでだし、「子規も頼ったへちま水」などと口にすれば、むしろ縁起が悪い気もする。このお守りを渡すときは、言葉の選び方に少し気を遣う必要がある。
今年は、その知人とは別の、入院中の方にも同じへちまのお守りを買った。病が少しでも癒えるようにと願い、お見舞いに行き枕元へ置かせてもらった。
その時点ですでに息が苦しそうだったが、お渡ししてから一日も経たぬうちに、その方は静かに息を引き取られた。
お守りというものは、やはり現実をひっくり返す力までは持たない。無常を思いながら、葬儀の席に立った。
その方の辞世の句を聞けなかったのが、心残りだ。

先日、ふと立ち寄ってみたところ、境内の外壁にお守りの自販機が設置されているのを見つけた。なんとも現代的な風景だが、これなら十五夜を逃しても、へちまのお守りを授かることができる。少し拍子抜けしながらも、どこか安心した。
(2025.10.06)

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