たつ吉(01)

2000年02月15日
【店舗数:029】【そば食:051】
広島県広島市猫屋町

たぬき、もり

蕎麦不毛の地というのは、ある。そばの産地だったら、蕎麦が美味いかというと確実にそれは違う。多分、雑穀扱いだったそばが、「蕎麦切り」という食文化としてそこそこの地位を身につけたのは関東甲信越のローカルルールからだろう。そばの産地でも、蕎麦がイマイチ、イマニ、イマサンなところは確実に、ある。

広島は隠れたそばの産地だ。もちろん、北海道や茨城、長野といったそばの大生産地と比べれば微々たるものだけど、それでも「西日本で一番のそば生産量」を誇る豊平町を抱えている。そして、忘れちゃいけない、おかでんの出身地でもある。

東京に息子を出したら、エラそうな顔をして「蕎麦ってのはネ」なんて蘊蓄を語る人間になっちまった、という「息子の教育を間違った」的がっかりムードを親から感じつつ、「広島の蕎麦、オラが地元の蕎麦」っつーものを無視するわけにはいくまい。ということで、今回は広島に高飛びして、江戸前文化の華の一つである蕎麦がどのように地方に伝播したのか見極めちゃろう、ということにした。

実はこの日、出張を滅多にしないおかでんにしては珍しく広島に仕事があり、実家に帰省していたのであった。日付を見てもらえば分かるとおり、小淵沢アワレみ隊ツアーから直接だ。小淵沢でそば打ち体験をしたその足で名古屋経由で広島に移動だ。そしてその翌日には早速蕎麦食べようってんだからつくづくそば食いだ。

前日夜、おかでん父に「広島の蕎麦屋とは?」とヒアリングしてみた。いわく「蕎麦だけで満足するって人は少ないなあ。だいたいご飯モノとセットになっていて、蕎麦屋でお酒を飲んでつまみをつまんで、最後に蕎麦で締めるという食べ方はほとんどないよ」とのこと。そういえば、広島の蕎麦屋っておむすびやかやくご飯がセットメニューになっているパターンが多い。もちろん単品でももりそばやかけそばは注文できるけど、セットの方がお品書きの中で「うちの店はこれで勝負しとるもんね」と主役級で居座っていたような。

しかし、僕がバイブルとしている「ソバ屋で憩う―悦楽の名店ガイド101 (新潮文庫)」には、一店舗だけ、広島の蕎麦屋が紹介されていたのだ。それが、今回訪問したお店「たつ吉」であった。蕎麦屋でお酒を楽しんで蕎麦食べて、を活動の基本としているソ連がわざわざ紹介しているくらいだから、きっと江戸前な蕎麦を出してくれるに違いない。ならばぜひお手合わせ願おう、というわけだ。

たつ吉外観

繁華街からちょっと離れたところにある、住宅地と商業地の雑居地域。その路地にいきなりこの蕎麦屋はあった。決して分かりにくい場所にあるわけではないけど、「今日ちょっと蕎麦でも食ってくか」とぶらぶらしていて発見されるような場所ではない。

しかし、明らかに回りの建物と雰囲気が違う。蕎麦屋独特のぴーんと張りつめた空気が漂っているのだ。この雰囲気、決して出前をやっているような蕎麦屋にはあり得ない。む、むむむ。これは手強そうだ。

店を訪れたのは14時過ぎで、お客は誰もいなかった。ぴーんとした雰囲気だったこともあって、思わず「ごめんください」と言いながら暖簾をくぐった。スーツを着た男が「ごめんください」と低姿勢で入ってくるのだから、店主は一瞬セールスの人かと思ったかもしれない。

入ってすぐ目の前に石臼製粉マシーンが鎮座し、圧倒させられる。入口には騒がしい子供は入店禁止の但し書きと本日は北海道幌加内産の蕎麦粉を使っているとの表示があり、もうこの時点でお情けを受けながら蕎麦を食べさせて頂こうという卑屈な気分になってしまう。しかも、店内は板敷きになっていて土足禁止。玄関で靴を脱いで入店する事になるので、土下座しちゃおうかと思ってしまった。これしきで動揺するようでは、まだまだ甘いと分かりつつも・・・。

メニューは、丁寧に描かれた図柄で様々な商品が紹介されている。店主の一途さが伺えてうれしくなる。でも、しょせんセットばっかりじゃないか、と思ってメニューの裏を返すとそこには単品料理のお品書きがずらり。お酒のつまみとしてはひととおりそろっていて、嗚呼これからお客さんと打ち合わせが無ければ今からでも酒もってこい!という気分になる。しかし、さすがに遠路出張しておいて酔っぱらって商談ぶち壊しじゃ会社クビなのでぐっと堪える。ああ、しんどい。

とりあえずご飯付きのセットものを食べる気はしなかったので、かけともりを食べることにした。えっと、かけ、かけ、かけ・・・かけが無い。普通、「温かい蕎麦」というジャンルの中で先頭を切って出てくる料理がかけなのだが、なぜかそこには「たぬき」が我が物顔で居座っているではないか。この店では「かけそば」というものは貧相だからダメだと判断を下したのかどうかは知らないが、取り扱っていないらしい。ここら辺がやはり広島風とでも言うべきか。関西のうどん文化圏の影響を受けているのかもしれない。しゃーないので、たぬきともりを注文。

店はきれいであり、これなら女性でも安心して入ることができる。今現在はお客が自分一人しかいない関係でちょっと緊張してしまうが、あと数名お客さんがやってくれば激しくくつろげる空間になるだろう。ぜひ夜にお伺いしたいものだ。もちろんお酒を添えて。

蕎麦屋で二品頼んだら、順番関係なくどかどかっと同時に蕎麦を持ってくる店がある。これは、片方を食べている間にもう片方の麺が延びてしまうので配慮が足りない店のやり方。正しいやり方は、「どちらをお持ちしますか?」と聞き、順番に持ってくる、これに限る。

たつ吉店内

この店の場合、ちゃんとこちらの希望通りたぬきそばを持ってきて、食べ終わった頃を見計らってもりそばを持ってきてくれた。ちゃんとお客の状況を見ている証拠だ。いくらお客が一人しかいないとはいえ、そこそこ広い店でそこまでやるのは立派だ。(この時、店員さんは店主ただ一人だった)

たぬきそば・・・うむ、考えてみればこの料理を食べるのは生まれて初めてかもしれない。実物を目の前にしてちょっと動揺してしまった。何しろ、半分には天かす、半分には万能ネギが浮いているのだから。不思議な光景だ。青いネギという時点で、ここが関西食文化圏であることを思い知らされる。東京では決してお目にかかれない。見た目で動揺してしまうなんて、まだまだ若造たる証拠。さっそく食べてみよう。

む、むむむ。

最初から分かっていたし、頭ではシミュレーションできていたがつゆの味は関西風。当たり前だ。当たり前なんだけど、なんだろうこの違和感は?関東風のちょっと刺激的な感じさえうける辛いつゆに慣れてしまうと、この味はなんとなく頼りない印象を受けてしまった。全てを包み込んでくれるようなまったり感。そのまったり感に抱かれているうちに肝心の蕎麦を忘れてしまいそうだ。

もちろん、おかでんは広島育ちなのでこの関西風のだしマンセーな味覚を持っている。だけど、だけど、ことそばに限っていうとどうも口にあわない。すっかり関東風の味付けに慣れてしまったらしい。今まで「つゆは関西風に限る」と十把一絡げで関東風つゆをけなしてきただけに、この事実は衝撃だった。うそーん、関東風いけてるやん。

動揺しつつも、後から来たもりそばに手を伸ばす。ここも展開されるは関西風ワールドで、薬味として大根おろし、わさび、そして万能ネギだった。ああ、ここも青々とした葱が。

つゆに葱を投入してみたが、関東の白ネギと違ってあっさりまったり。葱投入しましたァ、というインパクトが無く、それはそれでいいような残念なような。

つゆはやっぱり関西風。関東のかっらい汁になれてしまうと、このつゆはいやだ。口に含んだ瞬間は辛いんだけど、飲み込んだ後にはだし独特の甘み、うま味がふわぁんと広がる。うーん、うーん。汁の方に気を取られてそばの味が半分わからなくなってしまった。

そばは、繊細な味わい。ほのかにそばの香りはするのだが、それほど強くはない。嗚呼、ダメだ。小淵沢でおいしい蕎麦を食べて、自分自身の評価基準、価値観が高くなってしまったばかりなので、まっとうな評価は下せない。

結局、関西風そばのリハビリを完了させないことには、このお店が美味いのかまずいのかコメントしようがないや。しょせんそばなんて言ってられない、こりゃ全然別物の世界ですよ。ラーメンがとんこつ味としょうゆ味どっちがお好き?なんていうのと次元が違う。

思えばこのそば食い人種の連載、第一発目を飾ったのは京都タワー地下の蕎麦屋だったっけ。当然この蕎麦は関西風だったわけだけど、今回ほどの混乱は無かった。ということは、この一カ月の間に確実に関東風蕎麦に洗脳されてしまったということなのだろう。ああ、こうして味覚というのは形成されていくのだねお母さん!

できれば、夜にお邪魔したいお店だ。お酒をゆっくりと飲みながら、ぼんやりと天井をみつつそばを食べるってのがきっと幸せに違いない。