飯能河原日帰りBBQ大会1

肉のためなら死ねるか?

日 時:1995年(平成7年) 3月(詳細不明)
場 所:埼玉県飯能市入間川河川敷 通称「飯能河原」
参 加:おかでん、ジーニアス、蛋白質(以上3名)

1995年のアワレみ隊は、春の日帰りバーベキューからシーズンを迎えた。

当時は、「4泊程度、離島で天幕合宿」という夏
季強化合宿をメインに据え、「春に2回、秋に2回飯能河原またはそれに類する近場で合宿」という方針を打ち立てていた。

しかし、天幕合宿シーズンが始まる前に、できることはやってしまおうと思い立ち、日帰りのバーベキュー大会を飯能河原で実施することにした。

集まったのは関東組のジーニアスと蛋白質。キャンプ用品を持ち合わせていないジーニアスは今回のような日帰りイベントにのみ参加できる。よって、「アワレみ隊」として活動開始してから初参加。

蛋白質とジーニアス

バーベキューのみの日帰りイベントなので、運び込む荷物は少ない。しかし、ベランダに野ざらしにされているキャンプ用品のうち、必要なものだけ抽出してトートバッグに詰めるのは結構面倒で、むしろ手間がかかった。いつも誇らしげにその存在感をアピールしている、ツーマントルランタンは今回は自宅待機。おっと、お玉(愛称:バルパンサー)は今回はお休みだ。調理器具だからといって全部持っていくわけにはいかん。仕分けが面倒。

われわれがバーベキュー会場として腰を据えたのは、これまで天幕を張ってきた場所。すなわち、メインの河原からしばらく下流に下った、孤立した河原。今回は日帰りだから買い出しやトイレの便利が良いメイン会場に陣取ればよかったのだが、いつもの修正。「人が近くにいるとうざったいよな」とか言いながら、敢えてKO-KO-U、すなわち孤高な場所がわが陣地となった。

いったん荷物を下ろしたところで、買い出し、薪の調達、水汲みと作業を行う。

バーベキュー中

バーベキュー。

当時は「炭火を使う」という発想が全くなく、「男らしく調理は薪で調理だよな」と胸を張っていた。だから、網焼きのバーベキューであっても、当然直火だ。そんなわけで、われわれがやっているのは、まさに「焼肉」、すなわち肉を炙りまくりだった。火が直接肉に当たるので、すぐに肉が縮む。そして肉が高熱にさらされて網にへばりつく。油を少々塗ったくらいじゃ、焼け石に水ならぬ焼け網に油だ。

同様に、にんじんは火が通るより早く黒焦げになり、その他野菜も圧倒的火力を前に壊滅状態であった。かといって、火力を抑えようと薪を散らばらすと、とたんに火がおぼつかない状態になるのでなかなかそうもいかない。

・・・ここで大きな勘違いをしている。「火がおぼつかない状態」とはすなわち炭状態になっているわけであり、実は遠赤外線で調理ができるナイスタイミングだ。しかし、われわれは「火がメラメラと熾っている時こそ、調理が成立する」と思い込んでいたので、「火が弱まったぞ!それ、薪を追加だ」なんてやって、結局肉や野菜をすすだらけ、焦げだらけに仕上げてしまったのだった。

結局こういう時は、「生でも食べられる」キャベツがなんだか重宝されちゃった。半玉のキャベツをばらしたら相当な量になったということもあり、肉を食べているんだか半ナマのキャベツを食べているんだかわからないバーベキューに。

トピックだけあげると失敗したバーベキュー大会のようだが、実際は野外の料理ということで相当満足度が高いイベントになった。空腹は最大のスパイス、という言葉があるが、二番目のスパイスは「屋外で食べる事」なんじゃあるまいか。3月ということでまだ肌寒い季節だが、ちょうどお日柄もよく楽しかった。天幕合宿となると、メンバー集めから日程調整からあれこれ面倒だけど、日帰りバーベキューだったら気軽にできる。今後もこの形のバーベキューをやっていきたいものだ。