永井食堂

『もつ煮定食(もつ大)』
(群馬県渋川市上白井)

国道17号線沿いにある

いずれ掲載されるかもしれないし、されないかもしれない「へべれけ紀行」コーナー向け企画「紅葉前線捕獲作戦」の旅。その企画立案時、群馬県界隈でお昼ご飯に適した場所がないか、調べまくっていた。その際、見つけたのが今回紹介する「永井食堂」だ。名前からして非常に地味だが、うたい文句はど派手だ。何しろ、「日本一のもつ煮」を自称しているからだ。

日本一のもつ煮ぃ?あんまり想像できない。いや、もつ煮自体は当然よく存じ上げております、はい。何名かで飲み屋に行ったら、大抵誰かが「とりあえずもつ煮。」と注文する。もつ煮は「とりあえずビール」に次ぐ「とりあえず勢力」の一端を担っている。居酒屋文化としては深い縁があるといえよう。

そんな馴染みがあるもつ煮だが、あんまり美味いと思った事はない。とはいえ、嫌いじゃないし、むしろローソンの冷凍もつ煮を買ってきて自宅晩酌用に使うくらいだ。では何が不満かというと、塩辛いということだ。鍋の中で煮詰まったからか、味が濃いし、くどいし、塩辛い。あんまりたくさん食べたいとは思わない。モノによってはもつの臭み消しのための生姜がキツいし。そのような訳で、七味唐辛子との相性抜群で大層結構な料理ではあるとは認めるが、それでもネガティブイメージの方が強いまま今に至る。

そんなもつ煮業界の中で「日本一」と天下統一を宣言されても、消費者としては「どのように美味なのか?」というのがあまり想像できないのであった。従来のもつ煮が濃厚すぎて、自分の脳みそにまで味が染みついてしまっているからだろう。

ただ、驚くべきはこの「日本一」が自薦だけでなく、他薦も数多いということだ。ネットのグルメ口コミサイトを調べてみると、非常に評判がよろしい。さすが日本一を名乗るだけある、それなりの自信があっての行為か。

これは、一度食べてみなければなるまい。ごくり、とつばを飲み込んだ。

でも、その時は行かなかった。持病の痛風が悪化し、プリン体の塊であるモツの摂取を固く禁じられていたからだ。というのはうそで、日曜日はお持ち帰りのみの営業だったからだ。誰が痛風やねん。結局、モツとは全然関係ない欧風田舎料理の店で食事をとったが、これはこれで絶品であったからその旅は大満足のうちに終わった。

さて今回、性懲りもなく群馬に出没する機会を得た。この半年で10万円近く群馬にお金を落としているんじゃないか、と思えるくらい、群馬浸しだ。しかし、これ幸いと、念願の「永井食堂」に行ってみる事にした。

場所は、国道17号線沿い。関越自動車道赤城ICからほど近い。そういえば、この永井食堂を訪問する前日、「大沢食堂」を訪れている。あそこも国道17号線沿いだったな。同じ一本の道路でつながっていると思うと、感慨深い。

その国道17号線だが、群馬の山中ということもあって完全に都市間連絡用の主要幹線道といった面持ち。近隣に巨大なホームセンターやショッピングモールがあるような場所ではない。そんな中、正面に永井食堂が見えてきた。

永井食堂外観

永井食堂。外観はどう見ても高度経済成長時代に作られた山あいのドライブイン。この手のものは、寂れて廃業しているのを時々峠道などに見かけるが、あの雰囲気。このようなお店が日本一を名乗るとは、全くもって意外だ。伝統は重要だが、革新的な発想というのは常に若い世代が作り上げていくものだ。日本一のもつ煮ってのはワカモノによる奇抜なアイディアかと思っていたが、そうではないようだ。

ここに到着したのは朝の10時半頃だったが、広い駐車場はひっきりなしに車が出入りしていた。大型トラックも停めることができるスペースがあるので、長距離ドライバーの立ち寄り地点としても愛されている気配。写真は、偶然車が少ない時を狙ってお店の写真を撮影したものだが、実際はほぼ常に店の前には車が停まっていた。

朝10時半って、もつを食べる時間ではないと思うのだが、美味いものには腹時計も何も関係がないようだ。

「おなか空いたねー」なんて会話しつつドライブしている最中、たまたまこのお店を発見したとしたら恐らくそのままスルーしていたと思う。まずい親子丼とかへろへろの蕎麦・うどんとかしかメニューにありません、という雰囲気だから。でも今やネットで情報収集できるから、わざわざこのお店のためにこの地にたどり着く。時代は確実に変わった。そして、情報弱者と情報強者の格差が生まれつつある。

雪に包まれる看板

1月中旬訪問ということもあり、山の北側斜面には雪が張り付いていた。

幹線道路なので融雪・除雪は頻繁にされるとは思うが、1月から3月にかけてこのお店を訪問する場合はスタッドレスタイヤなどの準備をしておいた方が無難だと思う。

お品書き一覧

お店は、横幅が広く奥行きが無い建物。そのため、ずらりと一列にカウンター席が並んでいるだけのシンプルな構成だ。席数は20くらいはあると思うが、既に半分以上が埋まっていた。昼時になると満席となり、ひょっとしたら行列ができるかもしれない。こんな山中に行列ができる店があったら相当びっくりな光景だ。

もつ煮一筋でやっているのかと思ったが、さすがに「食堂」と名乗っているだけあってそれ以外のメニューも存在した。メニューをざっと挙げると、

・もつ煮定食 ・もつ煮定食(もつ大) ・目玉焼定食 ・納豆定食 ・もつ煮 ・ラーメン ・目玉焼 ・おしんこ ・納豆 ・おひたし ・奴 ・ビール(大ビン) ・日本酒(医一合)

となっていた。もつ煮定食590円、もつ煮定食(もつ大)で770円。もつ煮なのにそれなりに値段がするんである。ラーメンが320円で食べられる事を考えると、もつの分際にしちゃやるじゃねぇか、という価格設定。それなりに手間暇をかけているということか。

ちなみに納豆定食490円、目玉焼定食540円。あれ・・・ラーメンと比べると、全般的に定食の値段が高い。シンプルな目玉焼きが540円で、手間暇かかるもつ煮が590円。50円しか差が無いのは涙を誘う。値段の付け方が微妙。

ホワイトボードにもお品書き

ホワイトボードもあり、「本日のおすすめ」なんて書いてある。

厚揚げハンバーグセット(ミニもつ付き)680円、ジャンボコロッケ定食680円(食べる価値あり)など。

食べる価値有り、と日本一のもつ煮屋が言うくらいだから、このジャンボコロッケはきっと日本でも有数のコロッケなんだろう。気にはなるが、このお店に来てコロッケ食べる気はしない。その証拠に、来店客は全員がもつ煮定食を食べていた。まるで、このお店にはもつ煮しか置いていないかのように。

私も、「もつ、大。」と一言注文。それで店員さんに話は通じる。男は黙ってもつ煮だ。

お米も自慢のようだ

壁には「もつ煮は日本一 米も日本一」という張り紙と共に、「川場村こしひかり雪ほたか」のポスターが貼ってあった。知らない銘柄だ。

確かに、もつ煮は単体では料理として成立しづらいものだ。酒か、どんぶり飯が欲しい。いくらもつ煮単体が美味くても、ご飯がまずいと魅力半減だ。最強のタッグを組むために、米の日本一を選んだということか。で、雪ほたかって何?

わからない事があったらすぐネットで調べられるのが今の良いところ。何でも群馬県川場村産の銘柄で、2006年の「全国お米まつりinしずおか2006」における品評会「お米日本一コンテスト」において、見事優良賞を獲得したのだという。なるほど、だから日本一だというわけなのか。それにしても、群馬という土地は稲作に向かず、小麦粉生産が主流だと思っていたのだがブランド米が育ちつつあるんだな。勉強になりました。

ただ、余計な事まで知識を入れてしまった。この「お米日本一コンテスト」、優良賞はあくまでもグランプリではないということ。これより格上の賞として、「最優秀賞」「優秀賞」があった。日本一、ではなかったのだった。あと、2007年以降の活躍については情報が得られず、その後どうなっているのかが気になるところではある。

もつ煮定食(もつ大)

しばらくして、自分のテーブルにもつ煮定食(もつ大)が運ばれてきた。値段がもつ煮にしては高いのは、その量を見れば納得だ。もつ煮は深い器にみっちりと詰まっているし、ご飯もどんぶり飯だ。とても量が多い。

実際、注文している人たちのうち、「ご飯少なめで」と注文する人が結構いた。男でももてあまし気味の量というわけだ。中には強者の常連さんがいて、「ご飯半分の多め」というややこしい注文をしている人がいた。

もつ煮(大)

さて、「日本一」と名乗るもつ煮と対面。

まずは汁をすすってみる。・・・美味い。なんだ、これ?もちろん味噌味なのだが、何か違う。違う表現で形容できそうな気がするが、最後まで結局思いつかなかった。普通のもつ煮の範疇ながら、一歩前へ踏み込んでいる感じがする。何がそうさせているのだろう。味は濃すぎず、尖った部分もなく、まろやか。ああ、もつ煮ってこんなにおいしかったんだ、と再認識させられた。

もつそのものはもう何も言うことはあるまい。日本一を名乗る以上、しっかりと下処理してあるのが想像できていたからだ。その想像に違わず、臭みが一切無く、妙に固いこともなく、歯でさっくりと切れるよく煮込まれた上品なものだった。今まで食べてきたもつはなんだったんだ、と思う。変なものを食べさせられていたんではないか、と言いたくなるくらい、従来のもつとこのもつとでは違う。

具は至ってシンプル。もつと、こんにゃくしか入っていない。もつ煮では定番である人参すら入っていない。具の原材料費は格安と言ってよかろう。ただし、この味にするためには相当念入りにもつを洗って、下ゆでして、臭み抜きをしているはず。食材費よりも工賃の方が高い料理だと思う。

これは、本当に素晴らしい。おかげで、どんどん食が進んだ。今までのもつ煮では、煮詰まった味噌の辛さを緩和させるために酒を飲んだりご飯を食べる、という食べ方だった。しかしこの料理に関しては、もつ煮がご飯を求めており、ご飯がもつ煮を求めていて、さらにその二つをこの私が欲しているというどろどろの三角関係を演じているのであった。食べ出したらとまらない、とまらない。

既に唐辛子はもつ煮の中に含まれているようで、辛さは最初から備わっている。だから、卓上の一味を振りかける必要は特にない。ただ、お好みにあわせてよりホットにするも良しだ。

方や、日本一のもつ煮店からこいつも日本一と持ち上げられた「川場村こしひかり 雪ほたか」だが、確かに美味い。ただ、日本一うまいかどうかは分からなかった。それは、汁物であるもつ煮に合うよう、水分を少なめに、固めに炊きあげてあったからだ(この手法は天丼店や牛丼店でも用いられている)。若干ぱさついた感じのご飯は大変にもつ煮に合ったが、ふっくらと炊いた時のポテンシャルまでは未知数だった。

巨大冷蔵庫

私が座っていたカウンター席の正面に、巨大な冷蔵庫があった。中には、びっちりとレンガのようなものが埋められている。何かと思ったら、お持ち帰り用のもつ煮で、「もつっ子」という。3人前で1,070円。量が多いとはいえ、千円札一枚出してまだ足りない金額のもつを買って帰る人なんているんかね・・・と驚くやら感心するやら。

しかし、その驚きは実体験をもって納得へと変わった。いやもう、次から次へとお持ち帰り客がやってくるのですよ。ひっきりなし、という言葉がまさに当てはまる。近くに大規模都市どころか集落もない店なのに、何なのだこのお客は。

早い時間だったせいからか、お店で食事をする客よりもお持ち帰りの客の方が多かった。みんな、「3つ」などとまとめ買いしていく。自分のすぐそばを、千円札や万札が飛び交う。中には6つも買っている人が居たが、もつ煮パーティーでも開く気だろうか。用途を問いただしてみたかった。

そんなわけで、このお店の営業時間は変則的だ。定休日無しで営業しているが、土曜日の14時以降と日曜日終日はこのもつっ子の販売のみとなる。飲食店としての営業はストップだ。観光客がやってくるであろう土日の営業を潰すのはもったいないと思うが、それでも十分にやっていけるし効率が良いのだろう。

もつっ子ビニール袋
もつっ子

そんな雰囲気に圧倒されてしまい、自分もお土産用としてもつっ子を購入してしまった。しかも二つも。さすがに赤城まで訪れることはそう滅多にない。ここで買っておかなかったら、次回いつこの味を楽しめるか、全くわからない。だから・・・と、ぶつぶつ言いながら自己正当化。「自分へのご褒美」というスイーツ(笑)な発想で、もつっ子を購入。後悔はしていない。

もつっ子を買った事によって、副次的にメリットがあった。パッケージの裏に、原材料が記載されていたからだ。食べながら「何が従来のものと違うんだろう?」と首をひねっていた正体が、これで分かる。
それによると、

豚肉(白もつ)、こんにゃく、味噌(小麦・大豆を含む)、七味唐辛子、にんにく、砂糖、ごま、牛乳、調味料(アミノ酸等)

という記載だった。なるほど、おかでんが嫌っていた「煮詰まってどろどろの塩辛い」風味が無かったのは、牛乳が用いられていたからだったのか。非常に納得。この牛乳のおかげで、コクと風味が出たというわけだな。

とりあえず今後しばらくはこのもつっ子三昧な生活を自宅で送ることにするが、それが終わったら自分でももつ煮を作ってみよう。その際には牛乳を忘れずに。

(2009.01.15食)

【後日談】

帰宅後、早速もつっ子を試してみた。

袋の記載によると、この袋ごと5分ほど湯煎すべし、と書かれている。そうか、雪平鍋などに取り分けてから加熱すると、味が変わってしまうもんな。湯煎で正解だと思う。

わくわくしながら、袋をお湯から引き上げる。あっつぅ。さっきまで粘土のように固かったもつっ子だったが、加熱されたことにより完全に液状化していた。熱いので指先でつまむようにして、封を切って中身を器に注ぐ。

・・・汁ばっかりが出てくる。当然だ、重い具は袋の底だ。

とはいえ、一度に三人前を食らうほどのガッツがあるわけでもなく、結局袋にスプーンをねじこみながら具をサルベージ。なんとか一人前のもつ煮を器の中に作り上げた。

食べてみる。

んー、微妙。確かに店で食べたもつ煮なのだが、何かが違う気がする。違う要素など何もないのだが、全くの別物のような気がしてならない。やはり、店の雰囲気があってこそあの美味さは成立するのだろう。

ご飯にかぶりついてみる。これも違う。こちらは完全に自ら招いたミス。もつ煮には水少なめに炊いた米こそが合うのに、その真逆である水多めのむっちりした米に炊けてしまった。あまりもつっ子と相性がよくない。しかも、よせばいいのに雑穀七種類のブレンド米で炊いたので、ますます相性悪し。やはりシンプルな白米でないと、駄目だ。

翌日、袋に残っていたもつっ子を食べる。味が濃くなっており、往年の美味さは消えていた。

結局、永井食堂のもつ煮を最も旨く食すには、家ではなく直接お店に出向くしかなさそうだ、という結論に至った。もつっ子も良いものだが、理想を高く抱きすぎると失望する。もちろん、その失望の原因は己にあり、永井食堂のせいではないのだが。

当初は、「日本一のもつ煮を食べてきたよ。凄くおいしかったからお土産でもつっ子買ってきたよ」と知人にお土産として一袋あげるつもりだった。しかし、あげなくて正解だったと思う。いきなりもつっ子を自宅で食べても、「ふーん。まあおいしいんじゃないの」程度で終わっていたはずだ。もつっ子を食べて良いのは、お店で実際に食べて感動してから、だと思う。

(2009.01.16)

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