登場人物(1名)
おかでん:車を手に入れてから週末は外出しっぱなしになってしまい、ますます疲労困憊の度合いを重ねている男。
2002年07月28日(日)
思いたった日が吉日。
この言葉を愛すること早30年近く。考えると、今はいいご時世に産まれ住んでいるものだ。昔だったら、陰陽道だかなんだかで、「今日は北東の方角は縁起が悪いのでとりあえず東に向かって、その後北に行こう」なんて「方違え」なる事をやっていたと聞く。
結局最終的には北東に向かう訳であり、なんだか詭弁っぽいと思うのだが、まあそれが占いの世界って奴だ。深く突っ込んでは行けない。あんまりそういうツッコミをしてると、安倍晴明にのろい殺されるに違いない。
それがいつの間にか、「いい日、旅立ち」とかいうキャッチコピーが日本の余暇生活において当たり前となり、そしておかでんが「あ、今日は天気がいいからちょっくら山登ってくるかぁ」と発作的に山に行くことになるわけだ。
ってなことで、今回も車を転がして山を目指す事にした。
え、前置きが長い?いやすいませんね、別に平安時代にまでさかのぼって話をするこたぁないと、自分自身書いてて思ったんですけど。
さて。
車があるから、どこの山でもすーいすい、と思ったらこれが大間違い。一人で山に登るので、あんまり登山時間が長くかかる山というのはあまり向いていない。8時間、9時間もかかるような山に登って、そのまま平然と車を運転して帰宅できるかどうか。居眠り運転して事故を起こし、山頂よりも高い高いところに逝ってしまう可能性がある。これはさすがにたまらない。
いずれはそういう山にも登るとして、とりあえずは「上り下りで6時間以下の山に登ろう」という事でターゲットを絞り込んでいくと・・・おや、蓼科山発見。標高2,530mと比較的高いし、そこそこのドライブも兼ねるのできっと楽しかろう。では、ここに行くべぇ。
発作的に前日夜、蓼科山にGOサインを出したので準備はほとんどする暇が無かった。おかげで、靴は普段履きのトレッキングシューズのありさま。完全に山をナメてる状態。
というより、最近は頻繁に山に登っているので、あらためてザックの中身をパッキングしなくても、必要なものは全部収まっているんである。これは楽だ。・・・っと、うほっ、ザックの中から使用済みシャツが出てきた。一体いつのだよ、これはっ!
朝、7時半。蓼科山7合目登山口に到着。7合目からの登山ということでやや肩身が狭い。
・・・待て待て待てっ。
おいおかでん、お前は確か大菩薩峠で、「財力にモノをいわせて登山口ギリギリまでタクシーで乗り付け」たあげくに「下から歩いて登ってくる奴は貧乏人」と毒舌を吐いていたではないか。一体今更何を善人ぶった事を言ってるんだ?
いやぁー。
あのときは、タクシーで5000円以上使っちゃって相当ビビっていたってのが真実なんスよ。「俺は金持ちだ」「おまえら貧乏人だ」っていう構図にしておかないと、激しい出費からくる精神的、財政的ダメージを正当化できなかったという。
そもそも、やっぱ山ってのは麓から登ってナンボですよ、ええ。途中から登っちゃ邪道です・・・とか今更ながらこっそり宣言しておこう。でも、やっぱり登り始めるのは7合目なんですけどね。
さてこの7合目、蓼科高原側から見ると「山の裏側」に位置する場所なのだけど、案外車が停まっている。いや、それだけじゃない、観光バスまで停まっているぞ。これは一体なんだ。
その正体は、登山口すぐ脇の集団を見て判明した。
数十名の高校生たち。中に、引率の大人が数名。なるほど、高校生の林間学校で今日は蓼科山登山~。というわけだな。生徒達の「えー、山登りなんて疲れるだけだから行きたくなーい」という声が聞こえてきそうだ。
こんな奴らに登山道を塞がれてはたまらんので、ウォーミングアップもそこそこに出発することにする。それ、さっさと登山口で記念撮影を・・・あっ、林間学校の連中、行動開始しだしたぞ?こっちに向かってくる!
と、焦ったためにろくでもない写真に仕上がってしまった。「7合目」という文字は見えるけど、見切れてしまっていて何の山なのかさっぱりわからないし、おかでんはおかでんで迫り来る林間学校生に焦ってしまい、体が半身のへっぴり腰になってしまっている。とほほ・・・。
再度写真を撮り直す余裕もなく、最高スピードで山道に突入。5分ほどわっせわっせと登って、生徒たちを引き離したところであらためて写真撮影。今度は、画面左の木に「→蓼科山頂」と書かれている看板があるので、記念になるでしょ。
・・・ととと、そうこうしているうちに、また生徒達が接近中。逃げろ!逃げろ!
ああ、汗拭き用のタオルすら用意できてないよ。一体なんでこんなに焦ってるんだ?
それにしても、生徒達は元気いっぱい。遠くからでも、わいわい騒いでいるのが聞こえてくる。そういえば、おかでんも高校の遠足で山に登ったときは、大声で歌を歌っていたよなあ。あれ、もう10年以上も前なんだよなあ・・・
はっ、いかんいかん、なんか急に老け込んできてしまった。げほげほ。
しばらく登っていくと、土の道からザレて小石が浮いている、白い地面に変わってきた。
普段履きのトレッキングシューズだと、グリップが弱く時々ずるっと滑る。
40分経過。ザンゲ坂という名前が付いている地点。
この時点で、おかでんは蓼科山の標高が2,200m程度しかないと勘違いをしていた。だから、手元の標高計では既に山頂に着いているはずなのに、一向にその気配が無い事に非常にご立腹。抗議の座り込みを実施。
ごそごそ。手元の地図を確認。
うわっ、標高2,530m?すいません、まだまだここは山の中腹でした・・・。
あらためてザンゲをするおかでんであった。
それにしても、標高差700m近くを100分で登るだけあって、結構ハードな登りが続く。しかも、石がゴロゴロしている地面のため、一歩一歩のペースが毎回乱れる。これが、相当疲労を招く。
休んではすすみ、休んではすすみの繰り返し。
ザンゲ坂を、「もう許してくださぁい」と言いながら登っていくと、急に開放的な場所に出た。蓼科山の稜線だ。非常になだらかな稜線で、広場みたいになっている。
そこに、山小屋の蓼科山荘があった。
まだ朝8時過ぎなので、人はほとんど出入りしていない。
しかし、僕は見逃さなかった。
「生ビール」。
しゃきーーん。な、生をここで飲めるんですか、それ本当ですかお代官様!
しばらくその場に立ちつくし、「生ビール」という文字と泡がもくもくと出ているジョッキの絵を睨み付けてしまった。
ま、後にしよう、今はまだ早い、ということで気持ちを落ち着かせて何とか横を通過。ふう、危ないところだった。
なんとなく、自らがイヌの「待て」の訓練を受けているような気がしてきた。
蓼科山荘から眺めた、蓼科山頂。なだらかな山肌だ。
いやあ、なだらかだから後は楽だねっ、と一瞬思ったのだが、それは甘い認識だという事をすぐに思い知らされた。
フィールドアスレチックですか、ここは。
大きな石がごろんごろんと地面に突き刺さっていて、歩きにくいったらありゃしない。階段状になっているようで、なっていない。しかも場所によっては、よじ登らなければいけないような大きい石もある。
最初は、「ち・よ・こ・れ・い・と」とか「ぐ・り・こ」なんて口ずさみながらぽんぽんと石の上を渡り歩いていたのだが、すぐに息が上がってしまった。
そりゃーそうだよなあ、さっき「山頂はなだらか」なんて思ったんだけど、そういう山頂を木々の上に仰ぎ見る事ができるっつーことは・・・標高差がまだまだありまっせ、という事じゃないか。ぐは。
途中、別の林間学校生に追いついた。岩場を、抜きつ抜かれつ状態で一緒に登っていったが、やっぱり若いってすごいね。おかでん自身、まだまだ若いつもりでいたのだけど、岩場をよじ登る時の高校生どもの瞬発力といったら。しかも、ぺらぺらしゃべり、大笑いしながらだ。普段山になんか登らないはずであり、すなわち現時点で疲労困憊しているはずであり、その横を颯爽とブチぬくのがおかでん兄貴その人、というシナリオを想定していたので、相当ショックを受けてしまった。
そ、そうなのか。俺はもう歳なのか。道理で最近、思うようにペースが上がらないと思ったよ。ああ、君たちその岩場は危ないよ・・・って、あれれ?あっけなく登ってくれるじゃないかぁ。若いっていいねえ。ごほごほ。
またもや、遠い目をしてしまうおかでんであった。
しかし、こっちだって意地がある。しょせん彼らは若いだけであり、体力も技術もない奴らだ。それ、格の違いを見せつけてやらあ!
ずしずし。
あっという間にぶち抜いてやった。ふー、ふー、参ったか。ふー。あああ・・・疲れた・・・。がっくし。
あほなオーバーペースに相当くらくらきながらも、ようやく開放的なところに到着。おや、真っ正面に見えるは蓼科山頂ヒュッテですな。
素早く、「生ビール」が無いか確認してみたが、残念ながら売られていなかった。缶ビールだけだった。うむむ。
はーい、蓼科山頂ですー。
お疲れさまでした。
ってちょっと待て、まだ山頂は先じゃないか。
何ださっきの看板。先走り過ぎだっつーの。
山頂はだだっ広い岩場の広場になっているようだ。
「↑山頂」と岩肌に書かれた黄色ペンキに導かれて、山頂に向かっていく。
お待たせでした。今度こそ蓼科山山頂に到着。
標高2,530m。
あたりは岩場だらけで、平行移動するのもなかなか面倒。
さて、山頂に着いたからには、標識の前で記念撮影を・・・と思ったのだが。おい、林間学校の若者達よ。山頂周辺にたむろするのはやめい!
標識周辺では、今や生徒達がおやつタイムの真っ盛りきゃははは!なんて大笑いしながら、山頂に立つ喜びをかみしめていた・・・いや、違うな、山頂に立つことを喜んでいるというより、単に友達とおしゃべりを楽しんでいるって感じだ。
無理矢理生徒達の間に分け入って写真撮影をしても良かったのだが、いかんせんこっちは独り身の「セルフタイマー写真」野郎だ。生徒達から「うわぁ、このオッサン一人で記念撮影やってるぜ?キモっ」なんて思われたら、代々続くおかでん家の末代までの恥。結局、ちょっと離れたところでこっそりと撮影しておきました。
おかでんの頭上左上になにやらシミみたいなものが写っているけど、これが未確認飛行物体として後ほど世を騒がせた・・・すいません、うそです。
実は、サイコミュで動く、メガ粒子砲搭載の・・・すいません、これもうそです。
トンボです、とんぼ。蓼科山頂は、トンボの群れが大量に飛び回っていました。標高2500mオーバーという空気の薄いところで飛び回る事ができるのだから、相当の心肺能力を持っているに違いない。このトンボが下界に降りてきたら、マッハ2くらいで突っ走るに違いない。人類は、絶対にこのトンボを下界に出さないように厳格に自然環境を守って行かなくてはならないだろう。
さすがに夏なので、時間が経つと共にどんどんガスが上がって来だした。おかげで下界を見渡すことができない。
今日も暑くなりそうだ。
南を見ると、八ヶ岳連峰がひょこひょこと雲の合間から顔を出していた。
広い山頂の傍らに、神社があった。とりあえず、お賽銭を出して、無事登頂のお礼。
普通、これぞ山頂!というところにほこらはあるべきものだし、実際一般的な山はみんなそうだ。しかし、この山に限っては、山頂を明け渡してしまっている。なぜだ。
・・・神様も、林間学校の生徒達が山頂を占拠するのがうっとおしかったのかもしれない。
ガスがどんどん登ってきた。
さっきまで見えた北アルプスの山々が、ガスに隠れていく。雲がなければ、完膚無きまでの絶景のはずだが・・・。
こちらは、ほんの少し山が見える。恐らく浅間山だ。
山頂を振り返ったところ。
林間学校生が「バナナの皮を簡単に剥く方法って知ってる?」なんて会話をしていた。
空中には、またもや未確認飛行トンボが。
さて、これを忘れちゃいけません、ビールですビール。
山頂登頂記念ということで、やっぱり一献いっときましょうや。
下界で買っておいた500mlのビールを鞄から取り出す。
いや、ここでいきなり「ぷしゅ」とやってしまっては芸がない。まずは、前菜として周囲の風景をじっくりと鑑賞しなくては。
ゆっくりと、眺める。決してあわててはいけない。がっついてビールを飲むなんて、最高に格好が悪い。
・・・よし、OK。では。
ぷしゅ。
しゅわしゅわしゅわ・・・あああっ、ビールが泡になってこぼれていく!
そうだった、うっかりしていた。高地になると、気圧が低くなるのでビールは泡が出やすくなるのだった。しかも、ぬるくなっている上にさっきまでずっと揺すられていたのだから。
慌てて缶に口をつける。
いっつも後になって気づくのだが、「いやあ、では山に乾杯」なんて余裕をかましながらぐいっと飲むつもりなのに、毎回毎回「あわわわわ、泡が!」って言いながらあわててごくりと飲んでるんだよなあ。頭で描いていた「理想型」と全く違ってやんの。
朝9時でビールっつーのも如何なものか、という気もするが。まあ、一仕事終えたら、全ての労働者はビールを飲む権利と義務があるんよ、きっとそうよ。がはは。
調子に乗って、先日ようやく買った携帯電話の実力を確かめちゃる!と、山頂から実家の母親に電話してみた。おお、快適に繋がる繋がる。
久々に母親と電話でしゃべったが、さすがにこの時間からお酒を飲んでます、ということは内緒にしておいた。
しばらく山頂でうだうだしてアルコールを抜いてから、下山開始。
見下ろすと、生ビールを売っていた蓼科山荘がある。
あそこまで下りて、そこから90度左に曲がって一気に高度を下げていく。
さすがに、朝10時近くなると登山客がものすごい事になっていた。オッチャン・オバチャンを中心に、団体やら個人登山やら、もう選り取りみどり。ただし、唯一共通点があるとすれば、若い人がほとんど居ないって事だったりする。
「こんにちはー」「お疲れさまでーす」と通り過ぎる人にあいさつをしながら下山していくと、一人のおばちゃんから
「あら、あなたさっき私達追い抜いていった人でしょ?もう下山なの?早いわねー。私、イイ男の顔は覚えて居るんで、あなたの顔もしっかりと覚えているのよ。うふふ」
と言われた。ううむ。
山に登っていると、もう30歳近い僕であっても、「若い人間」に分類される。その結果、オバチャンからは羨望のまなざしで見られる事もある。 これって、喜んでいいんだろうかどうなんだろうか。ううむ。
生ビール小屋まで退却完了。
先ほどとは打って変わって、たくさんの登山者が山小屋前の広場でくつろいでいた。一体どこから沸いてきたんだ、アンタらは!?
で。そんなことはどうでもいいわけで。
生ビール、どうすんのよ。
「おかでん名人、長考に入りました」
やめた。やめときます。
あまりにこの場の雰囲気が、週末のハイキングでウキウキるんるん、ヤッホーヤッホーな感じだったから。もう少しストイックな山に行くと、百戦錬磨のオッチャン達がガハハハと笑いながら、酒盛りをやっていたりする。でも、ここはなんとなくそういう雰囲気じゃない。そんな中で、ビールぐいぐいやるのは、ちょっと気が引けるというか、よい子のみんなは絶対マネしちゃ駄目だよ!by正義のヒーローみたいな。
ま、1時間前にぬるいビールとはいえ、ぐいっといっぱいやっちまったのでビールそのものへの欲求はうせてしまったというのが事実。
さて、後は急な坂をズンドコズンドコと下りていくだけ。
しかし、タウンユースのトレッキングシューズなので、足下がずるずる滑る滑る。一度は、柔道の受け身練習みたいに豪快に尻餅をついてしまった。周囲の人の視線が痛い。オバチャンから「あらあら大丈夫ゥ?」なんて心配される。
「いやあ、大丈夫っすよ」
と、尻をぱんぱん叩きながら立ち上がると、「あら若い人って凄いのねえ」と、「若い」という理由で全てを解決してしまい一人納得していた。
さらにしばらく下りていく途中、もう一度ずるっと滑ってしまい、ぎりぎりのところで踏みとどまった。そのときにすれ違っていたオバチャンが、「あらー、大丈夫?」と気を遣ってくれる。そして、追い打ちをかけるように「あたしに見とれていたから滑ったんでしょ?駄目よ、ちゃんと前を見なくちゃ。うふ」
あまりに強烈なギャグで、僕は天を仰いでその場に直立不動になってしまった。
そのため、またずるっ。
オバチャン「あらあら、図星だったの?照れなくてもいいのに」
面白すぎます、おばちゃん!!!
さて、そんなこんなのハプニングがありつつ、7合目登山口まで下山してみたら・・・うわ、何だこの車の数は。
いつの間にか、空き地に車がいっぱい停まっていた。そりゃそうだわな、あれだけの登山者を山に飲み込んだんだから、車だってたくさんあるよな。
蓼科山に登るときは、駐車場に気をつけましょう。朝11時でこんな感じになっとります。
しっかし、不愉快なのは観光バスで。暑いもんだから、アイドリングしっぱなしでクーラーかけまくり。おかげで排ガスでっぱなし。環境破壊だから、やめれ。
恐らく、林間学校の生徒を運んできたバスだろう。
駐車場から蓼科山頂を臨む。
なだらかな山に見えるけど、あそこまで1時間半で一気に登らないといけないので結構キツかったです。
車にたどり着いた後、水分補給。
やっぱり、ビールよりも水の方がオイシイや・・・と、酒飲みにあるまじき感想を抱きつつ、そのことは決して口にしちゃいけないな、口にしたら勝ち負けで言ったら負けだな、と意味不明な誓いをたてた。
この後、同じく日本百名山になっている美ヶ原も踏破してこようかと思案したが、案外距離があったのでやめ。そのまま帰宅することにした。
帰りは、高速道路を使わないで下道を移動。
途中、群馬県と長野県の県境に近いところにある、「西下仁田温泉荒船の湯」で汗を流した。
風呂上がりはやっぱりビールでしょう・・・あれ、車運転しなくちゃいけないんだっけ。
泣く泣く、何も飲み食いしないで車に戻る。
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