話のネタに滝に打たれる煩悩【高尾山水行道場】

「滝に打たれてみたいんですよ」

ある知人女性からいきなりそう言われ、へえ、と思った。滝に打たれるって、修験道か何かの宗教だろうか?時々、バラエティ番組の罰ゲームなんかで見かける、あのことだろう。あれは特別な許可を取ってから撮影しているはずだが、一般人でも体験することは可能なのだろうか?

「高尾山で、滝に打たれることができるらしいんです。一度行ってみたいな、と思ってるんです」

えっ、もっと山奥深いところにひっそりあると思っていたら、高尾山みたいな交通至便なところで滝行なんてできるのか。それは面食らった。なんでも新しい体験はしてみたいと思うおかでんにとっては、好都合だった。これはタイミングを見計らって、ぜひ行って見たいものだ。

ネットで検索してみたら、確かに高尾山で滝行は可能だった。しかも2カ所の滝で行われているということも判明。なんだ、こんな身近にあの修行ってのは存在していたんだな。もっと遠い世界の話だと思っていた。

ただ、毎日好きな時に滝行ができるというわけではない。やはりちゃんとした指導ができる人が立ち会いのもと、執り行われるものだ。ご縁日、と呼ばれる日がそれぞれの滝に設定されており、その日に滝が解放され指導を仰ぐことができるのだという。

おかでんが選んだ「琵琶瀧」というところは、毎月28日がご縁日。これは平日でも休日でも関係なく毎月この日に滝行指導が行われているのだが、2013年の7月28日は日曜日だった。ちょうど気候も良い時期だし、この日に指導していただくことに決めた。

決定したのは2カ月前の5月のこと。用意周到だ。

ちなみに、滝行の存在を教えて女性に「滝行に行くよ」と告げたら、つまらなそうな顔をして「私、その日横浜の友達の家に行って猫と遊んでくる予定」と素っ気なく告げられた。なんだよそれ。煩悩のかたまりめ。あ、でも女性に声をかけて誘っているおかでんの方が煩悩のかたまりか。

滝行にあたってはいろいろ注意事項があるのだが、その中の一つとして「下着は着用しないか、するとしても白いものに限る」という項目があった。柄物パンツなんぞ履いてるんじゃねえ、というわけだ。なるほどごもっともだ。しかし、白いパンツなんて持ってない。普段履かないよ、そんなもの。しかたがないので、今回のためだけに新しく買う事にした。

調べて見たが、男性用の白いパンツって、ダチョウ倶楽部がギャグとして履くような、年寄り向けの「トランクス」ばっかりだった。もっとカジュアルな、おしゃれっ気のある白パンツってのはなかなか見つからなかった。

結局、AmazonでDVDのパンツを発見し、購入。しかし、いざ実物が届いてみて中身を確認してみたら、白だと思っていたのはグレーだった。しまった!PCの画面でしか見ていなかったので、色を誤認識した!これ、1,200円くらいしたんだけどなあ・・・。まあいいや、普段使いで履こう。

こうなったらやけくそだ。せっかくもう一度白パンツを買い直すんだ、ちょっとありえないくらい派手なヤツを買ってやるぜ。そう腹を据え、改めてネットを検索。ブーメランパンツとか、いろいろ物色。

その結果、選んだのがこちら。

トランクス1

トランクス2

どう考えても、ふざけてるとしか思えない下着。

ホモ用ですやん。

尻が丸出し。

SNSで「こんなパンツ、買いました。」と公開したら、相当反響が大きかった。こんなん買うのはホモか変態かどっちかだろう、と。

いやいや、滝に打たれるために買ったのです。割とマジで。

ほら、ふんどしだって尻丸出しじゃないですか。あれと一緒だと思えば、そんなに違和感ないでしょ。

・・・と取り繕ってみたが、少なくともふんどしは尻の穴はガードされている。しかしこれは尻の穴丸出し。

やっぱりホモ用ですやん。

高尾山口駅

ちょうど一カ月前の6月28日に滝行の予約電話を入れておいた。希望者多数で、受け入れられないとなっては困るからだ。予約はばっちり。そしてパンツもばっちり。

いざ当日、衝撃のパンツをビシッと履いて、いざ高尾山に向けて出陣。

パンツは、ものすごく不安な気持ちになる物だった。今まで、尻が生地によって覆われている事が当たり前だと思っていた。しかしそれが全くない。ズボンの生地が直に当たる。これが、ものすごくスースーした感じがしてソワソワさせられた。

落ち着け、落ち着くんだ。女性でTバック履いている人だって、同じような感覚なんだ。オレだけが特別ってわけじゃないんだ。

でも繰り返すが、Tバックはやっぱり尻の穴はガードされてるわけで、このパンツはといえば・・・。

痴漢にあったらどうしよう、なんて思いながら、若干内股気味で電車に乗り継ぎ高尾山口へ。

京王線高尾山口駅

10:00
京王線高尾山口駅に到着。

滝行は11時から開始なのだが、30分前には受付をするように、との指示があったので、早めに到着している。ここから琵琶瀧までは少し歩かないといけない。

夏休みの日曜日、ということもあり、ハイキング客がたくさん訪れていた。駅前は人でいっぱい。でも、ここに変態趣味なパンツを履いた人がいることには誰も気がついていない。当たり前だ。

6号路

10:09
今回目指す「琵琶瀧」は、6号路の途中にある。

高尾山は登山道がたくさん存在し、1号~6号とナンバリングされている。そのうち、6号路は沢沿いを進む道で、自然豊かな登山道となっている。ああ、そういえば道中に滝があったな。あそこで滝行、やってたのか。知らなかった。

ケーブルカーやリフト乗り場に群がる人たちを後目に、6号路を進む。

高尾山琵琶瀧水行道場の石碑

10:12
あ。確かに。

舗装された道路から、未舗装の登山道に切り替わる境目のところに、石柱が立っていた。そこには、「高尾山琵琶瀧水行道場」の文字が。

これからおかでんはここで煩悩を全て消し去ってきますよ、と気持ちを新たにする。ケツの穴をきゅっと締めて。

琵琶瀧

10:23
しばらく沢沿いの登山道を進んでいったら、前方に建物が見えてきた。琵琶瀧に到着だ。

そうか、ここに建物が建っていたのは、修行する人のためのものだったんだな。中には立ち入る事ができない建物なので、何だろうこれはと思ってはいたのだが。

滝には修行者以外立ち入り禁止

10:23
滝の入口には柵が設けられており、中には入れないようになっていた。そりゃそうだ、柵がなけりゃ、物珍しさにずかずか入ってくる人が後を絶たないだろう。何しろここは天下の高尾山。そんじょそこらの山とは桁が違う人の数。

中には、「うひょー、修行しようぜ、シュギョウ」とかいって、勝手に滝に突撃するバカもいるだろうし。

あくまでもここは神聖な修行の場だということを忘れてはいかん、ということだ。単に滝に打たれるだけで悟りの境地に立てるんだったら、おうちのシャワーでも浴びてろバカ、って話だもんな。ありがたい場所で滝に打たれるからこそ、意味があるのだろう。

ちなみに、「修行者の撮影は、堅くお断り致します」という掲示があった。神社仏閣内で、仏像の撮影などしちゃいけない事ってのはあるけど、修行者も撮影してはダメなんだな。修行の効果が薄れる?魂をカメラに抜き取られる?

この奥に琵琶瀧がある

10:39
柵の奧はこんな感じ。

滝は、少しだけ姿を見せている。滝壺は、ここからは見えない。だから、修行している様子は外部の人からは見えないようになっている。

しめ縄が張ってあり、ここから先が結界であることを示してある。でも、しめ縄ってもともと神道の発想なわけだけど、この修行場は真言宗智山派の管轄。神仏習合というわけだ。

こころを静かにしよう

10:23

心がみだれると ものの姿は ゆがんでみえる
心を静かに澄ませば 誰でもものの姿を 素直にとらえられる
心のふるさと祈りのお山 高尾山琵琶瀧水行道場

だ、そうだ。

いかんな、「滝行?面白そう!そんな刺激的な体験、一度やってみたかったんだ!」という動機で参加しているおかでんは、既に「心がみだれまくり」なわけで。でも、滝に打たれたら少しはそんな騒がしい心境が覆されるかもしれん。

瀧行の受付

10:24
修行の場と登山道を挟んだところに、水行道場の受付があった。

既にこの時間にして、受付のために並ぶ人の姿が多数。やっぱり、こんな希有な体験、そうそうできるもんじゃない。今日はお日柄が良いこともあるし、修行希望の人は大勢いるのだろう。

ちなみに、修行の最中に人数を数えたところ、男性12名、女性12名の合計24名だった。

修行中にこんな事やってる時点で煩悩の塊だが、許せ。

料金表

10:40
受付を行う。

やっぱり、受付の方に対しては合唱して一礼したほうがいいだろうか、とか余計なことを考えるあたり、まだまだ煩悩にまみれている。そんなん、気にしないで普通にしてればいい。

水行道場は無料で利用できるというわけではない。細かく料金が設定されていてちょっと困惑する。

でも、初めての人は、おとなしく「入瀧指導料 3,000円」を払えばよい。その中にもろもろの必要経費が含まれている。行衣のレンタルも可能。

経験をつんでくると、わざわざ初心者と一緒に入瀧するまでもない、という段階になってくるので、そうなれば自分で線香やらお清めの塩やらを用意するようになる。また、マイ行衣を買ったりもするようになる。ちなみに行衣を買うと5,000円。制服じゃないんだから、琵琶瀧で買った行衣を着用していないと入瀧できない、ということはないと思う。でも、さすがに宗派が違う「南無阿弥陀仏」なんて書かれた行衣(そんなのがあるのかどうかは知らん)を着て瀧に突撃、というのはちとお行儀が悪いと思う。道場破りだ!出会え!といわれても仕方がない。

受付の奥が行者の控室
10:31
ここの建物は3つ分かれていた。

受付や待ち合い場所がある1つめ、行衣が干してある2つめ、そして修行をする人が着替えたりする3つめ。

まずは2つめの建物に向かい、行衣を選ぶ。

どれを選んでも一緒だろう、と思っていたが、結構ばらばらで選択に困る。出自が違うのか、背中や襟に書かれている文字がそもそも違うし、その文字がにじんでしまい行衣がどす黒くなってしまっている。不潔なわけはないのだが、到底美しいものではない。

行衣を一つ選ぶ

10:32
しばらく躊躇した挙句、ひとつ選んだ。

こういうところで、煩悩度合いを神仏からはかられているような気がするけど、許せ。まだこちらは瀧に全く打たれていない身だ。今この時点で悟りの境地に達していたら、そもそも瀧に打たれる必然性がない。

これから僕も行者

10:37
3番目の建物に行き、着替える。

この建物は、真ん中に間仕切りがあり、奥の方が女性脱衣スペース、手前が男性脱衣スペースになっていた。通路は筒抜けになっている。

通路を歩く際、うっかり奥で女性が着替えている様子が見えたりしないだろうか、とかここでも邪念が我が身を焦がす。

おかでん39歳独身、順調に煩悩っぷりを発揮しております。

ざっくり周囲を見渡すと、個人参加という人もいることはいたが、仲間でわいわいしているグループが多かった。2名ないし数名程度の規模で、連れ立って参加しているというパターンが多いようだ。やっぱり、単身こういう企画に飛び込むってのはよっぽど思いつめたか、よっぽど物好きかのどっちかなのだろうか。

ちなみにこの日、カップルでの参加はゼロ。そんな充実したヤツは瀧とは無縁ということか。

行衣の背中

10:38
着替え終わったところで、せっかくなので記念撮影。

「写真を撮るっていう行為も、煩悩だよなあ」

と苦笑いしながら、セルフタイマーで己が姿を撮影。でも、そんなこと言い出したら世の中すべてが煩悩だ。気に病むな、煩悩に鈍感になることこそが悟りの境地なのかもしれんぞ?

白衣なんて着込むのは、2001年のアワレみ隊お遍路以来だ。

背中には、「高尾山琵琶瀧 南無大聖不動明王」と書かれていた。

「南無大聖不動明王」というのがこの地におけるもっとも良く使うお経で、「なむだいしょうふどうみょうおう」と読む。不動明王が祀られているからだという。

流しで手を洗う

11時、脱衣所兼待合所となっている建物でブリーフィングが始まった。

男女のスペースを仕切っている壁の前に導師となる方(どういう呼称が正しいのか、わからないのでとりあえずここでは「導師」と呼ぶ)が立ち、男の方女の方を交互に見やりながら説明を開始した。

この説明はとても長く、何分かかったかは覚えていないが、軽く30分は超えたと思う。

当初、

「じゃあ滝に行きましょう」→「では滝に打たれます。こちらの指示に従って、順番どおりやりましょう」→「はい、お疲れ様でした」

とさっくり1時間足らずで終わるものだとばかり思っていた。だから、「12時には終わるだろうな。その後どうしようかな?山の中腹まで登って、『ビアマウント』で飯食って帰ってもいいかな」とかあれこれその後の予定を考えていた。でもとんでもない、12時なんかじゃ、滝に入ることすらできない。その時間ではまだ前振りの段階だ。

導師の方は、何度も重ねて「体調が悪い、と思ったら遠慮せずに言ってください」と注意喚起していた。仲間とノリでやってきて、仲間の手前上引くに引けずに体調が悪いまま滝に打たれ、案の定倒れたという事例が過去にあったらしい。体調が悪いまま滝に打たれるというのは自殺行為に等しい。

あと、「修行であるという自覚をもち、笑顔を見せないように。修行を登山道から見ている人もたくさんいるので、そういう人たちに自分が修行している姿を見せるのも修行のひとつである」といわれたのも印象深い。確かにそうだ。仲間と私語を交わして笑っているような光景、どこの宗教でも流派でも見たことがない。笑顔と修行というのは相反するものだと思う。

他にもいろいろ、一連の段取りや印の結び方など習った。合掌ひとつするにしても、不動明王をあらわす印を結ぶ必要がある。ちょっとややこしい指の絡め方で、それを覚えるだけでもみんな必死だ。覚えなくちゃいけないことはたくさんある。まず、「南無大聖不動明王」という聞き慣れないお経を完璧にスラスラと唱えられないといけないし。ミスしたら大変にみっともない。

説明が終わったところで、男女別れての行動となった。人数が多いため、一度に全員が滝行というわけにはいかない。

まず、男性陣が瀧の手前にあるお堂に集合。実際に瀧に打たれる前に、不動明王と弘法大師にお経とお香をささげた。その後、入れ替わりに女性陣がお堂に入るのだが、その間男性陣は柵の中、瀧の付近の掃除をおおせつかった。地面はコンクリートで固めてあり、さほど汚れてはいないのだが、落ち葉が少々落ちている。それを掃き集め、おけに汲んだ水で流し、きれいにしていく。この間、もちろん無言。

ちなみに、修行中は手をぶらぶらさせるのは禁止。掃除道具を手にしていないのなら、手を腰のところに置き、「金剛拳」と呼ばれる指の形をとり続けることになる。

15分ほど掃除を続けたところで、女性陣が導師とともにお堂から出てきたので、引き続き男性陣は瀧へと向かうことになる。今度は女性陣が掃除の番となるのだが、既に男性陣が場をきれいにしてしまっているので、やることが殆どなくてむしろ難儀していた。

女性たちの様子をこのとき初めて見たのだが、中には若い女性も混じっていて少し驚いた。こういうのは、「息子がグレて困ってます」とか、「持病が快癒しますように」みたいな悩みを抱える中高年女性が来る場所なのかと思ったが、若い人も来るのかと。

で、その若い女性だが、気合が入っているらしく下着を一切着用していなかったようだ。掃除をしているうちに、だんだん行衣の胸元が緩んできて、その都度直すしぐさが煩悩おかでん、気になって気になってもう。あわよくばその豊満な胸が見えちゃったりするんじゃないか、みたいな期待感まで持ってしまって、お前滝にそのまま流されてしまえ状態。

順番がやってきたので、自分も前の人の見よう見まねでお作法をやる。あっちでお祈りしてこっちで体清めてお経となえて、と、やらなきゃいけない段取りはいっぱい。既にあっぷあっぷだ。トチったら電気ショック、みたいな罰はないものの、こういうのは様式美の世界でもあり、うん百年もの歴史を経た、ちゃんと意味のある行為だ。完璧に一つ一つの所作をこなしてこそ修行だ。

夏とはいえ、日が差さない谷なので、行衣一枚だと結構冷える。ましてや、水を頭からかぶって待機しているとなおさらだ。冬だとさらに厳しいだろう、と思ったら、後で道場の方に話を聞いてみたら「冬の方がむしろ楽だ」という。そんな馬鹿な、と反論したら、「冬場の方が、外気と水温の温度差が少なく、滝に打たれたときのダメージが少ない」のだそうだ。なるほど、そういうことか。でも、滝に打たれる以前の段階で寒さに耐えかねそうだが。まさか、尿意を催して、神聖なる滝でオシッコしちゃうわけにはいかんだろうし。

滝に打たれるときは、導師がそばについてくれる。この人が「あ、この修行者はやばいな」と判断したら、即中止となる。ライフセーバーみたいな役割でもある。既に段取りは教えてある、ということで、現場で手取り足取りは教えてくれない。でも、修行者は既にいろいろなお作法にあっぷあっぷであり、頭が真っ白になりかかっている。なんとか冷静を保ちつつ、一つ一つこなしていく。

平べったい石の上に腰をかけるのだが、不動明王のお姿を模するということで、半分あぐらをかいた格好になる。頭のてっぺんから滝の水をかぶるということはしない。背中に沿って水流を当てる、といった感じにする。これは、自然の水なので、上流から石が降ってこないとも限らないからだ。脳天に石が直撃したら、極楽浄土に確実にいけてしまうだろう。即身成仏・・・なのかな、この場合も。当たり前だけど安全第一。それがこの滝行のおきて。

いざ自分の番になり、滝に身を任せる。思ったより水流は強くなく、体が押しつぶされる感はない。でも、あれやってこれやって、その次がこれだから、という段取りで頭がいっぱいであり、間違えないようにするので精いっぱいだった。あと、「南無大聖不動明王」を連呼する際、ろれつが回らなくならないよう、声が上ずらないようにするのも必死。大きな声を出すので、まだお掃除中の女性たちにも聞こえる。「あの人、甲高いうわずった声で何叫んでるのかわけがわからなかったわよねクスクス」なんて笑われたらいやなので、できるだけデスボイス風に。・・・ということを滝に打たれながら考えている時点でお前は修行百回の刑。一回だけじゃ生ぬるい。

無事段取りを終え開放されるとほっとする。ここでついつい気が抜けてしまいがちだが、滝の外で「無事行が終わりました」と報告のお経を唱えることを忘れてはいけない。

このお経も終わったところで、滝の近くにある簡易な脱衣所で行衣を着替え、行衣を脱水機にかけたのちに滝場を去ることになる。ここまでひたすら無言。

うどんのお接待を受ける

13:43
ブリーフィングが行われた、最初の脱衣所に戻って身支度を整える。終わり次第三々五々解散、ということなので、順番が早かった人は既に帰っている。

おかでんは、替えのパンツを持ってきてはいたのだが、「まあいいか、体拭いたし、ケツはもともとパンツの生地なんてないし」と履き替えることなく、そのままズボンをはいた。こういうところが気楽だ。

受付がある建物では、煮込みうどんと赤飯の炊き出しが行われていた。ご縁日に毎月ここで滝行を行っている常連さんたちが、ボランティアで行っているのだという。寸志を納めることでいただくことができるのだが、冷えた体にこのうどんがとてつもなく美味かった。具たくさん、麺たくさん。というか、丼からあふれそうだ。

ここで気がついた。おかでん、ズボンの前が三角形に濡れて黒くなっていることに。そうだ!ケツは確かにパンツの生地はないので、タオルでケツを拭けばズボンをはいても大丈夫だけど、前面はちゃんと生地があるんだった。当たり前だけど。で、それは濡れたままなわけで、そんな状態でズボンをはけば、そりゃあズボンの前はV字型に濡れるよな。

これは恥ずかしい!

ズボン全体が濡れているならまだしも、前の部分だけくっきりV字に濡れているのはちょっと言い訳がしづらい。「滝に打たれてたんで」と言ったって、じゃあなんで尻は濡れてないの、と聞かれたらどう答えればいいの僕。

そんな事態に気がついたおかでんはモジモジとしてしまい、うどんをゆっくりゆっくり食べながらズボンが、パンツが乾くのをひたすら待つしかないのだった。

そうこうしているうちに、女性陣もめいめい行を終えて戻ってきた。彼女たちもうどんを食べ始めたので、いろいろ話を聞かせてもらった。

例の、「胸元ちらり」の若い女性とあれこれ話をする。下心丸出しじゃないかオッサン、とか言うな外野。黙ってろ。どうして滝に打たれるなんて事を?と聞こうとしたら、先に向こうのほうから同じ質問をしてきたので驚いた。

「どうして男性お一人なのに滝に打たれようと思われたんですか?」
「え?いや、それはむしろこっちのせりふ。何であなたのような若い女性が、滝行のような罰ゲームみたいなことに興味を持ったのか、気になってたんですよ」
「女性って、スピリチュアルなものが好きなんですよ。そういう雑誌とか読んでいると、結構紹介されていますよ、滝行のことが。それで興味を持ったので友達と参加したんです」
「ああ、それでか。友達のほうもスピリチュアルには興味がある?」
「いえ、私のほうはそれほどでも」

その人の連れである女性は、笑いながら首を横に振った。

「神社とかそういうのは好きなんですけどね」

なかなかかわいい子だったので、もう少しいろいろ話をしてみた。幸い、「うどんが余ってるんで、食べていってくださいね」とおすすめされたので、うどんを3杯もおかわりしつつ。(ちなみに、その女性も3杯平らげた。たいしたもんだ)
しかし、この女性、ただものではなかった。

神とか神話とかが好き、という話がでたので、「好きな神様とか嫌いな神様とかいますか?」と冗談で聞いてみたら、とうとうと語りだしたからだ。本当に「あの神様はこういうところが好きではない」とか「日本書紀に出てきた○○は・・・」と語るのだ。うわ、このひとガチもんでスピリチュアルな人だ。

しまいには、「先ほど雷がなったけど、あれはナントカのカミが天から降臨された合図だ」とか、「滝に打たれている間、ナントカの姿が見えた」とかだんだん常人では理解しがたい展開に。

あわよくば仲良くなろうと思っていたおかでんであったが、この話で気持ちが萎えた。この人とは住んでいる世界が違う、と思ったからだ。きっと既に修行なんて必要のない、悟りの境地に達しているにちげぇねぇだ。

結局この仲良し二人組とは、道場の人に「そろそろ食べるのをやめて終わりにしてくれませんか」とたしなめられるまで、話し続け食べ続けたが、そのまま道場の前でお別れした。このまま山の上に登って、薬王院におまいりしようかと思っている、といっていたので、今日の体験を報告しにいったのかもしれない。

さて、このように修行の動機付けからして煩悩まみれだったおかでんは、修行の最中から修行の後までひたすら俗におぼれ続けた。こういう己の「俗」を再認識する、という意味ではとても良い体験だったと思う。そう、まだ「修行」の域には達していない。今回だけでは、ただの「体験」だ。

他の行者さんとも話をしたのだが、1回2回じゃ、お作法を追いかけるので精いっぱいで、自分の内面を見つめなおすだとか、自然と一体化するといったことは到底できない。やはり何度か通って、スムーズに一連の所作をこなせるようになりたいものだ。

今回一回に留まらず、機会をみつけてまた訪れたいと思う。そのときは、少しはチャラついた感じではなく、もう少し落ち着いた気持ちで。