ますゐ全メニュー制覇プロジェクト(その10)
まさか、この連載がPART10になるとは思わなかった。
まさか、全メニュー制覇プロジェクトが第七回目を迎えることになるとは、思わなかった。
まさか、まさか・・・
もういい加減、終わらせてもいいだろ、この企画。いつまで続けるんだ。数百もメニューがあるなら兎も角、飲み物含めて100もない品数だぞ。いくらますゐを愛しているとはいえ、引き際が肝心だ。終わらせるぞ、今度こそ。
今度こそ。
この企画は、回り道の連続だった。注文したけど存在しない、というメニューが潜んでいて、涙に暮れた事が何回あることか。その最たる例が、今回唯一残されたレギュラーメニュー、「牛さしみ」だった。その存在は、お品書きの中では至ってさりげなく記載されている。「さしみ物」という1カテゴリーの中に、魚さしみ、牛たたき、牛さしみと御三家で並んでいる。その御三家の中では一番安く、480円という価格設定がまたさりげない。「魚さしみ」が、「えっ、ますゐで魚?」という驚きを与えると同時に、「時価」という表示に耳目を集めてしまうのい対して、何ともさりげない。
しかし、そのさりげなさがくせ者だった。
思い起こせば第一回目から、牛さしみとの戦いは続いていた。
第一回(冬):品切れであると言われた。
第三回(冬):1月4日という新年営業初日に訪問したため、肉の入荷が無く牛さしみはできないと断られた。 第四回(夏):夏だったため、取り扱っていないと断られた。
第五回(冬):一カ月前から予約を入れて置いたが、当日「お店にないんだから仕方が無いじゃない」と開き直られた。
第六回(夏):夏なので何もできず。全メニュー制覇まであと一品のまま、足踏み。
とまあ、こんなありさまだ。なんとも嫌われたものだ。では今度こそ。1年間・・・本当に丸一年間、待ち続けたんだぞこの時を。腹を立てたりせず、じっと雌伏してきたこの我慢をいよいよ解放すべし。ますゐ全メニュー制覇プロジェクト、ファイナルとして第七回大会の開催だ。
例のごとく、BBSで活発なやりとりが行われた。そのときの模様を転載しておく。
424: 名前:おかでん投稿日:2005/11/29(火)
ますゐ詣で2005冬/エンドレスエンド
[日時]
平成17年12月30日(金曜日)12:00-14:00[場所]
肉のますゐ 食堂部2階お座敷
〒 730-0013 広島県広島市中区八丁堀14-13[趣旨]
ますゐ全メニュー制覇プロジェクトも数えること・・・何回だっけ。忘れた。そんな予想外な長期戦となったこの企画、今度こそ完結させたいところ。残された唯一のアイテムは、「牛さしみ」。このたった一つのアイテムのため、1年間待たされたこの悔しさ、悲しさをこの一日のためにぶつけよ諸君!今回は、唯一残された最終メニューということもあるので、「牛さしみ」を参加人数分手配します。「幻の」牛さしみを食べたのち、各自好きなメニューを食べましょう。
[参加表明]
誰でも参加可能です。ますゐ全メニュー制覇の記事を読んで、面白そう、と思った方はぜひご検討ください。遠方からの参加大歓迎。参加希望者は、このスレッドに「行くよー」と書き込みしてください。[募集期限]
開催規模を把握するためにも12/04までに参加表明してください。「まだスケジュール調整中」の方は、その旨を12/04までに表明してください。[過去の雰囲気]
アワレみ隊(メンバー)企画が発端でしたが、現在は遠方からの参加者も加わり、アワレみ隊BBSのオフ会となっています。目の前に展開される料理群に圧倒され、それだけで盛り上がると思いますので「知らない人ばっかりでちょっと参加しづらい」
ということはないと思います。初参加者歓迎。なお、ますゐ詣で常連者は、内輪受けな話題は避けるようご配慮ください。
[最小催行人数]
一人。誰も参加者が居なかったとしても、一人でも食いまくります。人数制限の上限は特になしです。[予算]
自分が注文し、食べたものを支払うのが基本です。胃袋のサイズによって、予算は代わります。ステーキ食べたり、すき焼き食べたりすれば金額は跳ね上がりますが、サービストンカツを基本としてビール1本、あと何か1-2品追加したとして、おおむね
2000円-3000円といったところでしょうか。※注意
自分が何を注文したのか、ちゃんと覚えてください。毎回お会計が混乱します。[集合方法]
12時ちょうどに乾杯をします。11時45分にお店の前に酒豪、違った、集合、12時に乾杯という段取りにします。毎年、料理選びに難航して、入店から20分経っても注文品が全く決まっていない・・・という展開になっています。事前に当サイトで予習しておいて、自分が食らう獲物をロックオンしておいてください。以上
そして、人数がそれなりに集まってきたので、お店に予約を入れたのだった。
450: 名前:おかでん投稿日:2005/12/11(日)
ますゐ予約完了!とりあえず10名で座敷を押さえてもらいました。あと、牛肉さしみを10人前。今のところ、暫定参加表明を含めて11名が見込まれていますが、不参加者発生の事も考慮してとりあえず10名分。応対してくださったおばちゃんとのやりとり
「そちらに牛さしみってメニューにありますよね。ぜひ食べたいんですよ。予約をお願いしてよろしいですか?」
「わかりました。人数分でよろしいですか?」
この会話にびびる。人数分、牛さしみを食べる団体なんて滅多にいないのだけど、人数分ですか?って聞かれるとは。アワレみ隊だと察知されてる?
「今年はぜひ牛さしみ食べていってくださいねー」
今年は?今年は、って何だ。昨年との比較ですか(笑)。ばれてるー
僕が「予約しても食べられない事があったものですから、ぜひ今年は食べたい」と強くお願いしたところ、「無いときもありますからねぇ」という前置きののち、「もし入荷できない時は事前に電話でご連絡しますから」というありがたいお話を頂いた。良かった。
当初、「参詣日3日前にリコンファームの電話をかけて、牛さしみの手配状況を確認する」と息巻いていたけど、店員さんが「無いなら連絡する」と仰って頂けるならやめておこう。「電話が無かった、ということは牛さしみが入荷してるに違いない!」「いやでも、やっぱり入荷してないかもしれない。ますゐを侮ってはいかん」というドキドキ感に包まれながら、入店してみようと思う。
さあ、参加予定者のみなさん。いまのうちから体調管理は万全に。あと3週間弱ですよ。
ますゐ全メニュー制覇プロジェクトファイナル・・・となるか。
がぜん盛り上がる一同。この勝負、勝ったも同然、という雰囲気になってきた。何だかお祭り騒ぎだ。広島のグルメ情報をまとめている「快食.com」にもこの話題が取り上げられ、ますますのりのりな感じに。そんな中、悲報が舞い込んできた。
476: 名前:おかでん投稿日:2005/12/26(月)
ますゐマニア垂涎!来たぞ、ますゐマジック!・・・「エンドレスエンド」は真実となりにけり。
えー、結論から申し上げますと、牛肉さしみは12月30日、提供できませんです、はい。年内営業最終日ということもあり、肉の入荷が無いから、とのこと。さしみである故、数日前に入荷したものを「お取り置き」しておくことができず、当日入荷が無い日に訪問する限りは提供できないんだそうで。
・・・道理で、毎回食べ損なうわけだ。ますゐ詣では盆と正月に行われているわけだけど、
盆:夏だから無い
正月:年末も年始も、肉の入荷が無い日に開催しとるってなわけで・・・。
参加者のみなさん!今回は「ザ・ファイナル」ではありません。記念式典もありません。夏に引き続き、ぐだぐだの「単なるますゐで宴会」に決定です。ご了承くださいませ・・・。
ちなみに、牛肉さしみが提供されるのは、10月から5月くらいの間だそうです。
電話で応対してくれたおばちゃん、非常に気の毒がっていたなあ。「えっ!わざわざ東京から!」なんて言って。こりゃ、どうしたもんかな。誰か広島のお友達が冬の間に挙式でもしてくれんもんかな。
牛さしみが無いのだとすると、何のために遠路はるばるみんなが広島に集結するのだか、わからなくなってしまう。そういうことは早く言ってくれよー、と思うが今となっては後の祭り。既に開催4日前だ。各自、飛行機や新幹線のチケットを押さえてしまっている。今回は、初参加3名を含む総勢12名で、なおかつ「わざわざこれだけのために日帰りで埼玉から」であるとか、「わざわざこれだけのために2泊で鳥取から」という強者も含まれていた。そういう「こちら側の事情」なんて完全にお構いなしで、ますゐは常にますゐであり続けた。いやー、この2年越しの仕打ち、強烈だな。僕ら、そんなに嗜虐しがいがあるのかね。
ただ、唯一の救いだったのは、どうやら裏メニューで、「特上ロース」の上のランクの肉を使った寿き焼き/しゃぶしゃぶがあるらしい、という事だった。裏メニュー発見!逃がすものか、牛さしみの敵は裏メニューで晴らそうじゃないか。
477: 名前:おかでん投稿日:2005/12/26(月)
ますゐのおばちゃんに、うわさの「特上よりさらに上の寿き焼き」について確認してみたよ。実際、存在するそうだ。お値段、2,800円。
ますゐ物価の中では、かなーり高いお値段だ。でも、おばちゃんいわく「とろけますよぉ」と言っていた。なぬー、特上で既にとろけまくっておるというのに、これ以上とろけるとは何事か!けしからん!食べ尽くしてやる!
とりあえず、お願いしておきました。肉のお取り置きを。できるかどうかはわからないけど、もしお取り置きできたらラッキー、くらいの認識で当日を迎えるつもり。
「でも、そんな肉があったら、参加者のうち半分くらいはそれを食べそうな気がします。6人前とか確保ってできます?」
って聴いてみたら、
「わからないですけど、調理場にそう伝えておきますね」
ってことでした。
少なくとも、オレは食う。他のやつが食わなかったら、オレが6人前食う。(ただし入荷していれば)「特特上寿き焼き」希望の方は本スレに参戦表明をせよ。
でもな、そういう裏メニューがあるんだったら、「牛さしみ」もレギュラーメニューから外したらどうなんだね。あのレギュラーメニュー、食べたくても食べられないものが3つもあるんだからなぁ。予約制の「魚さしみ」、冬限定の「カキフライ」、冬でもなかなか手に入らない「牛さしみ」。フェイントかけすぎ。お客さんがこれらの品を注文したら、「すいませんねぇ、今日は入荷がないんで」って回答するのが楽しみなんだろうか?
ま、どっちにせよ頭の回路を切り替えよう。当日は、「幻のすげぇ肉」ですき焼きを食べよう、という会に趣旨替えだ。年末だし、わーっと食べてわーっと盛り上がろうじゃないか。
2005年12月30日(金)
そんなわけで、12月30日11時30分、肉のますゐ前。
羽田空港から空路広島へ、そして直接ますゐに到着した。我ながらカッコイイ!と思う。そして、ますゐを食べ終わったら広島を離脱。うわ、交通費もったいねぇ。
でも、今回は他にも数名同様の人がいるんだから凄いの一言。ますゐ、ぜひこういうファンが居ることを理解して牛さしみを用意してもらいたかったんだが。でも、少々のリクエストには動じないのが老舗の老舗たるゆえん。
年末最終営業日ということもあってか、精肉部はお客さんでごった返していた。店の前には、セルシオが止まっている。・・・セルシオに乗って、ますゐで肉を買うのか。すげーな。
店頭に張られている「ますゐ特製焼き豚」の張り紙は今日も健在。
しかし、その奥にある銀トレイの上には、既に跡形も無くなっていた。11時半で売り切れたんだろうか。それともまだ今日の分は入荷していないのだろうか。いつか、この焼き豚を食べないといかんな。広島土産として今後検討してみよう。
あんまり今まで意識した事が無かったんだが、ますゐ食堂部入り口にある看板。
何だか怪しい牛らしき顔が怖い。心霊写真みたいだ。
このお店は、あくまでも「寿き焼き」「ステーキ」「水炊き」のお店であるらしい。あれっ、水炊き?しゃぶしゃぶではなく、水炊きがここに記されているのは非常に違和感を感じる。昔は水炊きが看板メニューだったのだろうか。
われわれが愛してやまない「ますゐソース」がかかっている料理がどこにも書かれていない、というのが興味深い。このお店を語る上で、まずはますゐソースを抜きに語れないのだが、お店側としてはそういう認識ではなさそうだ。
今回は、初参加の方が3名いらっしゃるということだったので集合時間より相当早めに到着していた。おかげで暇だ。あらためて、じっくりと店頭の食品サンプルを見物してみる。
むむぅ、寿き焼きのサンプルがおいてあるのだけど、何だかすごいディスプレイだな。赤くたぎる炭火がくべられたおくどさんみたいなものの上に、鉄鍋がセットされているぞ。こんな大げさな寿き焼き、見たことがないんですが。
今でこそガスホースが壁から伸びていて、ガスコンロで調理をするようになったが、開店当初はそのようなものがなくてこういう炭火で調理していたのかもしれない。
今回は、「特上ロースのさらに上」の寿き焼きを食べることが目標。ちょうど、お店のサンプル脇に値段表があったので写真を撮影してしまった。並のすき焼きが1,200円からスタートして、今回目標の「特上のさらに上」は2,800円。2倍以上の価格差だ。一体どんな奴が出てくるのだろうか?
食堂部の入り口に、メニューの張り紙がしてあって思わず「すわ、さらに新メニュー登場か!?」とドキッとしてしまった。
しかし、これは既に今年の夏に食べたもの。クリア済みだった。
この後、入店時に「ミニサラダ」と書かれた張り紙を発見して「あれ?ミニサラダって食べたっけ?」と首をひねったのだが、誰かが「ミニサラダは食べているよ」と回答したのでなるほどそうだったっけ、と納得した。しかしこれが伏兵で、実はミニサラダは前回までに食べていない未制覇メニューだった。うっかりミス。
次回は、食べ残しメニューとして「ミニサラダ」が追加。
まだ正午にもなっていない時間だというのに、食堂部にはひっきりなしに人が出入りしていた。出てくる、ということは恐らく11時過ぎには早速入店して、ますゐの美食を堪能したということだ。気が早い人がとても多い。
広島という地方都市ならではの光景なのが、自転車で乗り付けて、店内に入っていく人がちらほらいたということだ。広島一の繁華街にあるというのに、このざっくばらんさ。やっぱ、ちょっと小さめの都市っていいもんだね。自転車でどこへでも行ける。通勤もできちゃう。
その自転車が、セルシオの横に停めてあってなかなか面白いと思った。
その路駐セルシオだが、驚いた事に精肉部から出てきたおばあちゃんのものだった。あんまり金持ちそうには見えないんだけど・・・と思ったら、さらに驚いた。おばあちゃんが車の横に来ると、さっきまでうろついていたおっちゃんが急にポケットから白手袋を取り出して装着し、そのおばあちゃんのためにドアを開けたのだった。えっ、運転手付きっすか!
運転手付きのセレブまでもが、ますゐで肉を買う。あっ、ひょっとしたらおばあちゃん自身がセレブなのではなく、あくまでも「召使い」なのかもしれない。召使いが、ご主人様用に今晩の食材を買いに来た・・・?
「あなた、判ってるわよね、お肉はますゐで買うのよ。もし変なお店で肉を買ってきたら承知しないから」
「もちろんでございます奥様、最上級のロース肉を買って参ります」
なんて会話をしていたんだろうか。どきどき。
普段、われわれが通される2階お座敷は奥の席だ。われわれは「隔離部屋」と呼んでいるのだが、この騒がしい面子で飲み食いをするのであれば奥の方が塩梅よろしかろう。よく、社員旅行などの団体旅行に参加すると、通された部屋は角部屋だった、みたいなもんだ。団体=騒がしい=隅っこの部屋だと影響範囲が狭く、回りに迷惑をかけない、という構図。
しかし、今回は2階下駄箱をあがってすぐの部屋、仲居さんが料理を運ぶために待機しているすぐ脇の部屋に通された。ただそれだけの事なのに、一同「おおおお」と驚きの声をあげる。
「これはどうしたことか。2階にやってきたお客さん全てに見られるような場所に、われわれが通されるなんて」
「精進した甲斐があったな」
「精進してたか?」
「おばちゃん達にロックオンされたな、さては。気を付けないと」
「何をだ?」
今回初参加のぜうじ氏。
事前学習ばっちりで、既に頭の中には本日の舞台でどのような立ち居振る舞いをするのが良いのかをシミュレーションしてきたようだ。
「お酒全制覇します」
と高らかに宣言し、お店の人に「ええと、特級酒と一級酒と二級酒と・・・」と矢継ぎ早にオーダーを繰り出していた。周囲から「おおおー」と尊敬の歓声があがる。
一般的な場所でこのような事をすると、大抵「変な奴だ」と思われるが、ますゐ詣での席上に於いてはむしろ「素晴らしいお方だ」となる。
「いやー、今日夜もここで友達と宴会する予定なんですよ」
「えっ、一日2回、ますゐ?それなのに、そんなにお酒飲んじゃっていいの?」
まずはますゐ特製のお酒をぐいっと飲るぜうじ氏。
えーい一気にいっちゃえ、ということで特級、一級、二級のお銚子をまとめてぐいっと・・・やるポーズをとる。
もちろん撮影用だが、ますゐ詣での席ではこのような「ヤラセ写真」が大変に映える。
さて、そんなぜうじ氏を暖かく見守りつつ、われわれは生ビールで乾杯(一部、ウーロン茶の人あり)。喉を潤した後、早速お店のおばちゃん・・・かと思ったら今回はお姉ちゃんだった・・・と交渉開始。
「ええと、すいません。このお店に、すき焼きやしゃぶしゃぶで、特上のさらに上があるって聞いたことがあるんですけど。本当ですか?」
「ええ、ありますよ。上特特、って言うんですけどね」
「上特特!」
おおおーと唸る一同。そして、口々に「上特特」「上特特」とささやきあった。変な空間だ。
「予想外だったな、特上の字面がひっくり返った上に、特が二個付いたぞ」
予想外な反撃にあったわれわれは一瞬、ひるむ。ええと、何を交渉してるんだっけ。あ、思い出した。その上特特を注文するんだっけ。
結局、3つのすき焼き用鍋にそれぞれ3人前ずつ、ということで9人前をセットしてもらうことになった。援軍でやってきたおばちゃん店員(毎回僕らを出迎えてくれる、古参兵な方)は何度こちらが説明しても、今お座敷にいる人数分を用意しようとするので、僕が一生懸命状況を説明しなくちゃいけなかった。「いや、人数分なくっても良いんですって。ちょっとずつすき焼きを食べて、あとは単品であれこれ頼むつもりですから!」と何度説明したことか。どうやら、このお店ですき焼きを食べる人というのは、すき焼きだけを食べて「あーおいしかった」と言って終わりというパターンなのだろう。その点、われわれは「すき焼きもいいけど、もちろんその後にはサービストンカツ食べないと」っていう連中ばっかり。ちょっと一般的ではない食べ方なんだろうな。
厨房に確認してもらったら、9人分ちゃんと上特特の肉を用意してもらえるという。年内最終営業日なのでちょっと危惧していたのだが、良かった。
あ、そうか。年内最後だからこそ、いい肉があるのかもしれない。一家がそろう年末年始に、「じゃあちょっといい肉ですき焼きでもやろうか」というニーズはあるはず。精肉部に行けば、いい肉を入荷していても何らおかしくない。逆にいいタイミングだったのかもしれない。
待つことしばし、上特特寿き焼き(2,800円)が到着した。お皿が運ばれてくる方向を見たいような、見たくないような、そんなちょっと不思議な気持ち。好きな女の子の前では、あえて好きではないような振りをする、みたいなものか。
机の上にごとり、と置かれた皿に一同の視線が集中する。もし、肉に痛覚があって言葉をしゃべる事ができるのであれば、絶対に「視線が痛い!こっち見ンな!」と叫んだだろう。
でた!これがますゐ最上級の肉!一同が「うわああああああああ・・・・」と吐息を漏らしてしまった。美しいものを見たとき、人は思わず嘆息する。今、われわれが声を発しているのは、ミラノのファッションショーで、美しいモデルが、美しい服を身にまとって神々しいまでのオーラを発しているのを見るのと同じ。肉だって、モデルだって、美しいものは美しい。
それにしてもこのサシの入り方!「おい、溶けるぞこれは」「溶けるねえ」「肉の形、残らないんじゃないか?」「火をちょっと通したらすぐに食べないと」一同、早くも喜びの陰に不安まじりの声が出る。この幸せは本物なのか?夢ではないのか?という現実に対する不安、なのだろう。
しばらく、誰しもが肉を愛おしく見つめていたが、おばちゃんがやってきて肉を鍋に入れようとし始めたので、一同は慌てた。
「いかん!早く写真を撮っておかないと、鍋の中に入っちゃうではないか!」
鍋に入れられて調理されることがさも「悪」かのような物言いだが、でもその言葉に一同納得し、あわてて鞄からカメラをとりだすのであった。
しばらく、お肉の撮影会だ。
知らない人が見たら、どこかの畜産業組合の寄り合いか、それともグルメ雑誌の取材と勘違いしたかもしれない。・・・グルメ雑誌の取材で、こんなに大勢の人がカメラ撮影するはずなどないのだが。
写真を見てのとおり、全然ビールが減っていない。もう、ビールどころじゃないんである。肉にしか、意識が回らない状態。肉が液体なら、ビール代わりに飲みたいくらいだ。
慣れた手つきで、おばちゃん・おねーちゃんが肉を鍋に投入。「じうー」という音がし、上から回しかけられた割り下が香ばしいにおいを発する。
「あんまり火を通しちゃ、いけないんですよね?」
「そうですね」
「色が変わった、くらいで食べちゃった方がいいんですかね?」
「そうですね、火が通ったくらいで食べるのが丁度良いです」
店員さんを捕まえて、答えが判っている質問をあえて繰り出してしまった。この肉を前にして、なんだか無性に(料理を提供してくれたお店の)店員さんとコミュニケーションをとりたかったのだな。
毎回、お酒が体中を巡る前からバカ話で盛り上がるわれわれ「ますゐ信者」だったが、今回ばかりはそうもいかぬ。何しろ、食べ時を逃すわけにはいかないからだ。一同、神妙な顔をして「来るべき時」を待つ。お酒もあまり進まず、喉を通るのは生唾ばかりだ。
「えーと、一つの鍋に4人がいるわけで、肉の枚数は・・・一枚、二枚、9枚か。じゃあ、一人2枚ね。あと残ったやつは、どうしようか」
「じゃんけん?」
「いや、こうしよう。大岡裁きでいこう。箸で肉の両端をつかんで、お互い引っ張り合うの」
「それで、ちぎれた部分を食べるの?」
「バカモン!ちぎれるまで肉を引っ張るような奴は肉に対して愛情が足りぬ。『これ以上引っ張ったら肉が不憫』と思ってぱっと箸を話した者が、真の肉思いな人ということでその人に肉をあげちゃう」
「なんじゃそりゃあ」
でも、本当に真剣に「肉の配分」について議論したのは事実だ。そうかぁ、一人2枚っきりかぁ。ああ、渇望感がますます僕らの期待を高めさせる。
今回初参加のゴルファー氏とその義弟フクシマ氏。ゴルファー氏はBBS上で
私とてまだ君たちがバブバブ言ってる頃からますゐに通っております
とカミングアウトする、われわれの大先輩だ。↑の文章を見よ!ますゐに長年通い詰めているという誇りと、自信がみなぎっているではないか。お客さんにそういう気持ちにさせるのが、老舗・ますゐの魅力だ。
さて、誰かが号令をかけたわけではなかったのだが、「じゃあもうそろそろ」というかけ声とともに、一斉にみんな箸を鍋にのばした。
しばらく無言の時間。
その後、「うっっまぁぁぁぁぁ」「あぁぁぁぁぁ」「おぉぉぉぉぉぉぅ」という、男性の野太いあえぎ声が室内に暑苦しく充満した。
「すごいね、全く抵抗感ないぞこの肉は」「甘いねえ。肉そのものがすごく甘いねぇ」「たまらんなあ」
一同、うっとりした目つきでコメントを発する。コメントせずにはおれないのであった。なんとしても、今自分がエクスピリエンスしてることを言語として表現し、共有したい。そんな気持ちだったわけだ。
しばらくは、一同恍惚の表情を浮かべながら寿き焼きとの一時を過ごした。妖しい魅力に満ちあふれ、まるで不倫の恋みたいだ。
寿き焼きが一段落したところで、めいめい別オーダーを開始した。店員さんに紙と鉛筆を借り、各自の要望をとりまとめる。
念のために、連敗街道まっしぐら、の牛肉さしみについて聞いてみた。
「あのー、念のために聞いてみますが、今日は牛肉さしみないですよね?」
「あー、ないわねぇ。今日みたいに忙しい時は用意できないんですよ」
「えっ?忙しい時には無いんですか?じゃあ、忙しくないときだったら、あるんですか?」
おばちゃん、無言で首を縦に振る。なんだ、それは。
情報が錯綜してきたぞ。以前僕が電話口で聞いた話は、「新鮮な肉でないと駄目なので、肉の入荷がある日だけしか対応できない」という事だった。しかし、今目の前にいるおばちゃんは「忙しい時は駄目」なのだという。どっちが正しいんだろう?
恐らく、前者の方が正しいのではないか。「忙しい時は駄目」って、飲食店としてはイマイチ理由になっていないような気がするから。もし、「忙しい時は駄目」というのが真なら、牛肉さしみを食べるためにはお店に事前お伺いを立てないといけないことになる。「あの、もしもし、今日はお忙しいですか?」って。
さて、気分を新たに、いろいろみなさん注文しているようで。こちらは上タンシチューだ。「上」が付く料理を頼めば、鉄板に載せられて出てくるというますゐのお約束をちゃんと踏襲している。これを注文したのは、タンシチュー初体験の一平氏だったが、その怪しいのっぺりとした料理を前に「えええっ、これがタン?」と呻いていた。いや、それ以前にだ、「これがシチュー?」って驚きがあると思うんだが。シチューじゃなくて、ますゐソースじゃん。
ちなみにこちらが普通のタンシチュー。
上とノーマルの違いを見比べるには丁度良い。
肉質が違う・・・のかな?よく分からない。ソースでこってりと覆われているので、タン本体の違いはわからなかった。でも、子供でも判る「上」と「ノーマル」の違い、それは「鉄板」。
これで価格差200円。さて、200円の違いがわかるかどうか。ますゐソースを前に、全ての食材は貧富の差なく平等だ。
こちらでは、特ランチと上ランチを並べて観察する人あり。
左が特ランチ、右が上ランチだ。
微妙に違っているのがわかる。ハムの種類が違うし、特の方はハンバーグ付きだ。
「なるほど、今頃になって気づいたが、ランチのカツって牛カツだったんだな」
思いこみで、今まではトンカツが乗っているものだとばかり思っていたのに、今更といえば今更だが気づいた事実。
相変わらずあちこちでは写真撮影会が繰り広げられていた。
普通、こういう宴会の席での写真撮影とは、みんながニコヤカな顔をしている「人物の写真」を撮るのが一般的だ。グラスを手にして、お茶目な顔をしてみたり、ピースサインをしてみたり。
それが、この集団になると、人物写真なんぞほとんど撮影せず、ひたすら料理写真だからすてきだ。アンタら最高だ。
カツカレーを注文する人数名。
出てきた瞬間、「何だこれは」と思わず声をあげてしまうゴルファー氏。ますゐ歴は長いのだが、カツカレーを食するのは初めてだという。
どう見ても、ますゐソースがかかっているだけに見えるカレー。一口スプーンですくって食べてみたゴルファー氏、「カレーか?」と疑問形の言葉を投げかけていた。
そして、メンバーの大半が注文したサービストンカツライス付き。350円という廉価なお値段は現在も健在。
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