保田漁港・ばんやの魅力(その2)
前回の胃袋至上主義宣言では、千葉県鋸南町保田にある「ばんや」という保田漁協直営食堂の紹介をした。結構反響はあって、「ぜひ食べに行きたいと思います」というメールがいきなり来たりもした。
(注:メールというのは常に「いきなり」届けられるものであって、このような表現は単なるブンガク的誇張表現に過ぎません。よく小説にある「静寂をうち破るかのように、突然電話のベルがけたたましく鳴り響いた」という表現も同様。電話のベルは常に突然鳴るものだ。「もうすぐ鳴りますよ」という予兆を示してくれる電話機なんて、世の中には存在しない)
webで「ばんや」「保田漁港」を検索してみると、確かにヒットすることはする。しかし、あまり写真入りでその料理のスバラシさを紹介しているサイトってのは存在しないようだ。ヒットした大半が、クルーザーの所有者の航海記録だったりする。どうやら、保田漁港というのは江ノ島方面に船を停泊している船乗りたちの格好の立ち寄り地になっているらしい。
とてもいいお店なので、本来であれば隠蔽しておくべきなのかもしれない。これ以上お客さんが増えると、待ち行列ができたり早々に品切れするメニューが出てきたりする可能性が高い。でも、まあしょせんこの零細webサイトでネタにしたって問題はないだろうし、そもそも新ネタを書く暇が無いために保田ネタを出さざるを得ないという台所事情がある。今回も、ばんや紀行の紹介なんである。
前回紹介したのは、実はばんやに行こう行こうと仲間を誘っていたからだった。あのページを見てもらい、「ぜひばんやに行きたい!」という気にさせる。そういう宣伝広告が最大の目的だった。だから、文章の最後が「どうです?行ってみたくなったでしょ?」という、おかでんの文章にしては珍しい締めくくり方になっている訳だ。つまり、このお誘いは「不特定多数」に向けたものというよりも、限定された人間に向けて発せられていた物だったということ。
その甲斐あってか、誘惑は成功。今回、保田漁港へはおかでんを含めて3名で突撃となったのであった。
時は、2003年2月16日。荒天。
今回は、そのとき食べた料理を紹介しましょう。
昨年12月に訪問した時は、メニューボードいっぱいに料理が紹介されていたのだが、この日は荒天ということもあってかメニューボードには空欄が目立った。3人は、めいめい勝手にメニューを見ながら注文した。
まず、出てきたのはブリの大トロ握り。
ブリにトロがあるという事自体初めて聞いたのだが、見た目は普通のブリなので一同「?」。ちょっと赤い色が強いかな、という気はする。しかし、マグロの大トロのように見るからに脂が乗っているようには見えない。
しかし。
一口食べると・・・うわ、ブリのくせにとろけるよママ!
これには驚いた。もちろん、マグロみたいにふわーっと溶けるわけではないが、ブリの脂が口の中に濃密なうまみが広がる。
せっかくの大きな切り身なのだが、にぎり寿司が型くずれしないようにハフハフいいながら口の中に押し込んでしまい、あっというまに咀嚼。ああ、もったいない。
ブリでもったいないと思ったのはこれが初めて。
がやってきた。机にごとん、と置かれたときは一体何の料理だか分からなかった。
握り拳大の、武骨なかき揚げがごろんごろんと4個。いやはや、でかい。
中は、玉葱とイカの切り身がびっしり。
イカは柔らかく、噛めば簡単に歯がすっと通り、うまみが口の中に広がる。幸せな味だ。
鮮度が落ちて堅いイカでやると、こうはいかない。「なにくそ、えいっ」と前歯でイカと格闘しなくちゃいけないから。
またイカか!バランスってものを考えろよなあ。
とかいいつつ、3人は目の前のスルメイカ一本刺しに釘付け。
何が「一本刺し」なのかと名称をいぶかしんでいたのだが、なるほどイカソーメン状の刺身が長い長い。この形状から「一本刺し」となったようだ。
鮮度の良いイカである証拠として、向こうが透けて見える。そして、あめ色に怪しく輝く表面、食べるとねっとり・もっちりとした食感、さらに口の中に広がる甘み。ああ、至福の時よ。
脇の小鉢には、イカの身を細かく刻んだものをイカワタに和えた物だった。塩辛のように塩辛くはない。これがまた、卒倒するくらい旨い。どれくらい旨いって、一口食べるたびに「うひひひ」と笑ってしまうくらいだ。酒の肴としては100点満点を進呈したいうまさだ。酒!酒持ってこい!
・・・と言いかかったのだが、今日は車を運転してばんやに来ているため、同行している二人に「やめなさい」と押さえ込まれてしまった。うぐぅ。
ちなみに、おかでんほどお酒を飲まない二人は、イカワタを嘗めて「ふーん」と一言。それほどおいしく感じなかったらしい。ふっ、甘いな、これが旨く感じるようにならなくちゃ、真の大人とは言えないぜ。
とか考えていると、同行者の一人がこう言った。
「おかでん君って、結構おじさんっぽい料理が好きなんだね」
何を言うか!
タコブツ。何もこんなに盛らなくても、というくらい盛られて出てきた。一体何十個盛られて居るんだ、これ?
タコブツといえば、赤提灯のメニューとしてもなじみ深いものだ。しかし、見た目は全く一緒でも、ここのタコブツはさすがに全然別物だった。
真っ赤な表面とは裏腹に、中身は半生。写真だと断面が真っ白に見えるけど、実際は半透明状態だった。噛むと、非常に柔らかい。表面だけがちょっと堅く、あとは「あれよあれよ」と歯が通る。ゴムのような回転寿司のタコとは大違いなんである。
口の中でじんわりと広がるうまみと甘み。タコの甘みというのは案外強いのだなと、初めて知った。
アジのたたきがやってきた。
ネギと一緒に叩かれており、ネギの青みがアジの生臭さを消し、非常にさわやかに食べることができた。
というより、新鮮だからだろうか、アジ自体の生臭さはほとんど感じられなかった。
しんみりと美味だったが、さてお酒も飲めない状態でこれをどうやっておいしく食べれば良いのだろう?しばし悩む。
ここで、「ご飯セット」を注文しようか、とも思ったのだが、後でにぎり寿司を頼みたかったのでぐっと我慢。その結果、ひたすら魚料理ばかりを食べる羽目に。
隣の二人は、ご飯セットを早々に頼んで、ご飯でたたきを食べていた。ああ羨ましい。ああいう割り切り方ができればどんなに良いことか。
悶々としながら、ふと似たシチュエーションがあるな、という事に思い当たった。焼き肉屋におけるご飯とビールの関係。
肉を食べるからには、ぜひ豪快にビールを飲みたい。ごくごく、ぷはぁ。ああ極楽。
しかし、それはそれで美味なのだが、一緒に食べている友人はご飯を頼み、白米の上に肉をちょこんと載っけて、はふはふと食べている。う、羨ましい。しかし、ご飯を頼んでしまうとビールが飲めない。ビールとご飯、どっちが重要なんだお前は。ええと、ええと・・・やっぱりビール!
結果的には満足しているつもりなんだけど、でもやっぱり「白米で焼き肉を食べたい」という願いはここ最近、強く持つようになっております。はい。
おっと話が脱線した。
・・・誰だ!?こんなに大量のアジを頼んだやつは。
またもやアジだという事自体追及したいところだが、6匹も小アジの唐揚げが出てきて一体誰が食べるのよ。一人2匹ずつだぜ、いくら「小アジ」と言ったって、全長15センチ近くある代物。
え?これで300円、なの?
安い。安すぎる。1匹50円だって。笑っちゃうな。
注文した人間も、まさか300円でこれだけ出てくるとは思っていなかったのだろう。これはもう仕方がない。ならば、全員責任を持って食べなくては。
ってことで、強制的に各自の小皿に2匹ずつ放りこんで、「はいこれノルマね」と宣言。「ええー」と不満の声が挙がったが、知ったことか。頼んだ以上は食べなくちゃ。
またアジだよ。ちょっと!アジ料理だけで3品って一体何なんだ。誰か、メンバーの中に熱烈なアジファンがいたらしい。
今度は、アジのなめろう。
房総半島の名物ですな。アジのたたきに味噌、ショウガ、ネギなどを混ぜた料理。あまりに旨くて皿まで嘗めた、という事から「なめろう」という名前が付いたらしい。ちなみに、これを焼くと「さんが」という料理になる。京都パープルサンガの「さんが」ですね。・・・って、うそですようそ。
しかし、アジが新鮮だからそのその風味を味わってもらおうとしたのか、味噌の量が少なかった。味はアジのたたきとほとんど変わらず。3人とも顔を見合わせ「ええと、どっちがどっちだったっけ?」と言い出す始末。
ネギがぴりっと引き締めていた「アジのたたき」の方がおいしいかも、という意見で3人一致。でも、この料理はこの料理で非常に旨かったのは事実。まったりとした味わいは、アジのたたきにはない良さ。
ここまで食べ進んで、インターバル。それほど大食な人間が集まったわけでもないので、この時点でやや食傷気味。しかも、出る料理出る料理がお魚ばっかり。最初は天国でも、度が過ぎるとうんざりしてくる。
でも、「せっかくだから金目鯛のにぎり寿司が食べたい!」と同行者の一人が叫び、さらに追加注文と相成った。第二ラウンドスタート。
まずは、金目鯛のにぎり(2カン)と、ヒラメのにぎり。
金目鯛のにぎりはあまり馴染みがない料理だが、実は非常においしい。ただし、弾力が強く・・・強すぎて・・・かみ切るのに一苦労。いや、前言撤回。かみ切れません!一息ににぎり寿司を飲み込むしか!
ばんや名物、朝採れ850寿司。これで850円。今日も絶好調。これを食べたかったから、さっきまでご飯セットを自粛していたんだから。うひひ。
太刀魚×2、わらさ×2、穴子×2、金目鯛×2、烏賊×1の合計9カン。これにみそ汁がつく。
あっ、さっきまで「おなかいっぱーい」って言ってた奴がつまみ食いしてる!
ラスト。・・・って、まだ食べるのか。
注文の時、「お時間がかかります」って言われていたことをすっかり忘れていた。「いやあおいしかったねえ」とくつろいでいる時に、どかんっとやってきたのがこれ。
稚鰤(わらさ)のカマ焼き。
わらさ、といえばブリの稚魚ですな。
という認識で既に間違っている。正確に言えば、ブリの幼魚。小さい奴かと思っていたのだが、後で図鑑を調べてみると3キロから7キロもあるでかい魚であることが判明。そりゃ、カマだってでかい訳だ。みよ、この肉厚なカマを。
カマといえば、堅い部分をよけつつ、箸をたくみに操作してわずかな肉をこそげ落とす・・・というイメージがあったのだが、これは全然違う。みっしりと肉がついている。これだと、骨をはずすのが嫌いで魚嫌いになったお子さまも安心して食べられるってもんだ。焼き上がったばかりなので、身を崩すとじゅわっとDHA満載の脂と共に湯気が立つ。
味についてはもう語るまでもあるまい。涙が出るほどの絶品。もうご飯がないと生き地獄。お願いですお代官様、ご飯をわれわれに与えてください!な味だった。
しかし、非常にも胃袋はもうぱんぱん。ご飯を追加注文したって、食べられるはずがない。ああ。
とまあ、こんな感じで豪快に飲み食いをしたんである。
最後、お会計。写真に写っている料理と、ご飯セット1つ、ビール大ビン1本で、しめて税込み8000円弱。や、安い。
一人あたま、2700円程度。もちろん、お昼ご飯代としては高いのだが、このクオリティとボリュームを考えれば誰も文句は無いはずだ。いや、今回もばんやには頭が下がりました。
春になったら、魚の種類も変わってくるはず。そのときには再度訪問したいものだ。
(つづく)
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